7-1 個体名
その人型が持っていた剣は、鋏の形をしていた。
二対の剣が途中で大ネジで留められている――刃は研ぎ澄まされ、いかなる動物も確かに、その狭間に置かれればその胴を両断されるだろうというくらいには大きい。
何となく。
そのとき、柾は思った。おそらく、これはこれで効率的な武器なのだろうな、と。
自分のような肌の硬い生き物を相手にするとき、下手に片刃の剣を使うよりも、しっかり固定して間に挟めるなら、鋏の方がおそらくその刃を通しやすい。包丁よりもキッチン鋏の方が使いやすい場面に幾度か遭遇した……人間として暮らしている頃は。
しかし当然、そう易々と刃の餌食になるわけがない。
人型が飛び掛かってくる。
それに合わせて、まずは挨拶代わりにと雷を幾らか飛ばしてやる。
「――ふうん、」
人型はそれを弾いた。迎撃に使われたのは、氷の弾丸。
竜も獣も火を使っていた――それを鑑みると、何となく不思議な気がした。人こそ火に近しいような気がしたが、どうやらこの宇宙生物は、攻撃手段としては氷の方が優れていると判断したらしい。
その理由は、次に一歩を動こうとした瞬間に分かる。
「お、」
がちり、と一瞬。
柾の足が、氷漬けになって留められた。
なるほど、と納得した。
変に炎や雷を吐いて相手にぴょんぴょん飛び回らせるより、一瞬でも動きを止めて、その瞬間に一撃必殺を叩きこんでやろうと、そう考えたらしい。
火を出そうかと思った。
あるいは雷でも光でもいい。どちらかを出せば、簡単にこの氷は溶けて消える。
けれど、そこまですることはない、とも考えた。
人型の鋏が、柾の首を射程に入れる。
そしてシャキン、と閉じられる。
閉じられようとする。
その間のところに、金属を生み出してつっかえ棒をした。
人型の身体は見た目よりもずっと力が強い。今回は精々が2mそこそこの体形ではあるが、竜、獣、人、と進行態は徐々にその力を増している。ビルの支柱の一本に手をかけてその場から引き抜くくらいのことは簡単に成しうるだろうという程度の力が、その小さな身体には込められている。
だから、人型はそのまま膂力で金属棒を叩き切ろうとしていた。
その間に、柾は別の攻撃手段を用意している。
降り注ぐ大鋸の生成。
鋏を見ていたら、こういうのもわかりやすいか、と考えた。
丸鋸がギロチンのように落ちてくるイメージ――当然、回転すれば回転するほどにその威力は増す。ほんの一瞬、人型は死角からの攻撃に退避を遅らせ、触れ合った鋸と鋏から暗闇を照らす青い火花が幾つも散った。
いい判断だ、と柾は思う。
攻撃の成功に拘らず、引き際を間違えない。ひょっとすると、この身体に関する感覚が復元する前だったらもっと手こずって、あるいは手傷を負うくらいのことはあったかもしれない。
けれど、今。
柾は、氷漬けにされた足を一歩も動かさないままでも、まるで余裕を取り崩していない。
風と雷を、幾らか飛ばした。
それに対応するための氷弾を人型が生成している間に、再び頭上に丸鋸を作り出して落とした。
何度もそんなやり取りが続いていく。
人型は後退を繰り返し――しかし、どうも決め手はその大鋏と決めているらしい。何度も懸命に、こちらに近づいてこようとする。
サイキックでは勝てないと、わかっているのだろう。
魔法と呼ばれていた――誤魔化されていた力。外つ星の出身である一部の宇宙生物が使える力。サイキック。対峙する者同士の間に、その隔絶した差があるのを感じ取っているのだろう。だから人型は、遠距離戦を嫌がっている。万に一つの勝ち目すら消えてしまうことを、嫌がっている。
逃げるなら、逃がしてやってもいいのに。
そこまでの知能がないのか、それとも何らかの命令を達成することしか頭にないのか。
流石にそれは、柾の感覚でもわからないから。
トドメを刺してやるか、とサイキックの手を緩めた。
そのことについてどのくらいこの人型は真剣に考えたのだろう――単純に攻撃の手が緩んだのを隙と捉えたか、それとも誘いとわかっていてもここにしか勝機はないと賭けに出たのか、あるいはそれ以外、特殊な思考回路から導き出された行動であるのか。
何にしろ、人型は再び飛び掛かってきた。
馬鹿なやつ、と舌の上で呟いた。
足先から凍り付く。その場から逃さないためにと人型の使ったサイキック。
特に身動きが取れなくて困ることもないから、そのまま受けてやる。
大鋏が、柾の首に飛びついてくる。
その刃を、両手でガシリと掴まえた。
「ギ……ギギ……」
人型が呻く。
肩から背中にかけての筋肉が肥大しているのが見て取れる。足先の氷の温度がやや外気と交わったのを見れば、サイキックによる力を念動に集中させてまで、この鋏を閉じてやろうという気概が見える。
けれど、それは閉じない。
単純に、力が足りていないから。
ギィイイイイ、と軋む音を立てて大鋏は、人型の思惑とは反対に、開いていく。
柾は、サイキックを使っていない。単純に、生物としての力。ほとんど無敵のサイキック能力とは別に保持している、物理的なポテンシャル。
この星を丸めて人の形に変えたのとほとんど変わらないような、濃縮された、純粋な力。
「ア……ギ……」
鋏が開き切る。
反対に、持ち手を握ったままの人型の腕は閉じられて、ぴったりとついている。
飛びのく気配を感じた。
だから、ここでようやく、柾はサイキックを使った。
熱。
火や雷、光に変えるまでもない。純粋な熱。刃が沸騰する。その勢いで人型の手のひらが溶けて、皮膚が鋏と癒着する。
逃げられないと悟ったらしい人型が叫ぶ。
一方で柾は、ただ、静かに。
開き切った鋏の間――刃だけをその手から離さないようにしながら、歩いていく。
人型が身体を離そうとする。肘を突っ張って、顔を背けて、どうにかこの場所から逃れようとする。
その身体に、手を触れて。
青い光が、一瞬だけ、パッと光る。
手を離せば、それで大きな音を立てて人型が崩れ落ちていくから。
殺し合いが終わったことは、誰の目にもわかったのだと思う。
「……あ、終わった?」
「一応」
「圧勝だったね」
蝶に殺される鳥はいない、と。
言おうかと思ったが、やめておいた。
ととと、と七澄が軽い足取りでやってくる。
余熱で怪我なんかされてもつまらないから、と柾はその僅かな時間の間に、この場所に残ったサイキックによる温度変化を打ち消して。
「それじゃあ、終わりすか」
傍に立って、七澄が言う。
ああ、と柾は頷いて、
「あとはコアモンスターを殺したら、それで」
「長かった?」
「短かった」
「人それぞれだね」
考え方は、と彼女が言うのに、人じゃない、と彼は返して。
人型が守っていた場所へと、近付いていく。
それは、肉の繭だった。
わかりやすく悪趣味。赤黒く、胎動する繭。その中心でモンスターは胎児のように身体を丸めている。
この種の生き物のことを、知識として柾は、思い出していた。
宇宙の強種――自分と肩を並べるほどの、この世唯二の生物。
その小間使い。使い走り。手下。この地球に、派遣されてきた斥候。
テレポーテーションのサイキックが使えるという特殊性だけがその生物の存続を担保している。その他には大した力のない、移動のためだけに利用される生き物。たとえば、ついこの間まで自分が使っていた、移動用の金属ワイヤーとアンカー。その、アンカー部分に当たり、かつワイヤーとしてのサイキックを保持する存在。
脆弱な生き物だ。
引き寄せ――自分のいる場所に他の物体を引き寄せる力についてはある程度の操作性があるが、一方で指定した座標へと自らジャンプする能力は著しく低い。天敵に遭遇して苦し紛れにジャンプした先が己の生息可能な環境ではない――そんなことも、日常的に発生しうる。
だから、最初のジャンプでは強種は――本当に強靭な、あの宇宙生物はついてこない。柾の元の形と肩を並べるほどの強大な存在は、そんな博打をしない。
ランダムにいくつもこの種を飛ばして――生き残った種から引き寄せられるのを待つ。
この生き物は一度のジャンプでその大半の力を使い切ってしまう。
ダンジョン……つまり巣穴を構築して、回復に努めなければならない。そしてこの生き物はときに、サイキックの行使のために最も重要な精神波の供給を、ジャンプ先の複雑性の高い生物に頼る戦略を取ることがある。その柔軟な可融合性を以てする、しかし不可逆の合体によって。
地球における、その戦略の初動成功確率は100%。
高度の複雑性を持つ生物は、必ず自己破壊欲求を持つために。
そして、この肉の繭は、その精神波の供給源。コアモンスターと呼ばれる存在の在処。
この星に落ちてきた移動用生物が、最初に接触し、交渉に成功した生物が、その中に繋げられている。
人間。
その個体名を、柾は知っている。
「七澄さ」
「うん」
「サイキックの才能あるよ。こんなに成長速度が速いパターン、初めて見た」
「やっぱり?」
なんとなく気付いてたんだ、と。
隣で、彼女は笑う。
「なんかぐにゃぐにゃやってたら、自分のコピーみたいなの作れたあたりでさ」
「アストラル体形成、って言うこともある」
へえ、と彼女は頷いて。
柾と一緒に、繭の中を見た。
本物の、七澄京子――融合によりコアモンスターと化した彼女が眠っているのを。
サイキックによって生み出された、七澄京子の意識体が、見上げている。
柾はRPGをやったことがあるから知っているが。
ラスボスは、殺さないといけない。
この世界を守るために。




