6-4 対象04
そうなるだろうな、と。
自分の肌に傷の一つもつけられないで地に落ちた弾丸の軽い音を、柾は聞いていた。
この場にいたのは二人だけではなかった。
元々この移動する車の中にいたのは柾と考一郎の二人――ではない。その車を運転するための人員が、必ず一人は存在していたはずだった。
そして、車を進行態の火球が襲ったとき、その衝撃は全て柾が無意識のうちに遮断してしまったから、その運転手も生きている。
背中に銃撃を受けたはずなのに、痛みすら生じない。
面倒だな、と柾は思う。このまま攻撃され続ければ、反撃して殺してしまいたいという欲求も出てくる。それなら最初の火球からの防御対象をもっと狭く取って、その一人だけ先に死んでおいてもらうべきだった――そんな思考が自分の中で自然に形成されていることに気付いて、ゾッとしようとして、できない。
器が人間のそれではないと気付いてから。
心も、人間のそれから離れつつあるように思えて。
しかもそれが、ごく自然なこととしか感じられない――。
「動くな!!」
ゆっくりと、柾は振り向く。
自分への攻撃手段を持たない人間が威勢のいいことを、と思いながら。
しかし、その脅しの手段とそれを行った人間が誰なのかは、あまり予想していなかったから。
「……おい」
「動くな、って言ったでしょ。耳ついてないの……?」
少しだけ、目を見開いて、それを見た。
前川花。
彼女が、考一郎の頭に、拳銃を突きつけていた。
ぎりり、とそのこめかみに銃口を捻じりこんで。
「勝手に満足して手放して……この星にはあんたたち以外の人間も生きてるってこと、わかってないわけ? 家族ごっこはやめろって、散々言ったでしょ」
「……花。やめろ。無意味だ」
「無意味なわけないでしょ。そこのブラコン相手に」
考一郎が言うのを、大声で切って捨てて。
彼女は燃えるような瞳で柾を見つめながら言う。
「話をシンプルにしてあげる。このボンクラの命が惜しかったら、〈光の気配〉の飼い犬になりなさい」
「……惜しくなかったら?」
「殺す」
バン、と大きく銃声が響いた。
しかしそれは、脅しのための一発。
考一郎の額のすれすれを通過していって、僅かな傷を残すだけだった。
「悪いけど、私はこいつみたいにいい加減な気持ちでやってないから。十何年もこの組織にいて、地球が――人間が、へらへら笑って生易しい気持ちで生きられるほど強い生き物じゃないってこと、ちゃんとわかってる。残酷になる準備はできてるし、必死になるだけの理由もある」
「柾。いい。問題があったのはこちらの対応だ。お前が何かを譲歩する必要はない」
それでも落ち着いた口調で語り掛ける考一郎に、前川は眉間に皺を寄せて舌打ちを一つ――けれど、すぐにそれに嫌味も吐いた。
「そうだね。そうやって、物わかりのいいこと言ってくれてた方が同情心も引きやすいか。――――ほら! どうする弟くん。優しいお兄ちゃんがこんなこと言ってたら絆されてきた?」
柾は、そんな二人の姿を見て。
溜息を吐きながら。
「……何。なに二人で勝手に盛り上がってんの?」
「余裕ぶりたいなら好きにすれば?」
すかさず前川が言う。
「データは取れてるから。あなたには刷り込みと時間共有による感情変化の機能がついてる。いくら強がったって、考一郎が死ぬってなったら気が気じゃないでしょ?」
「花、」
「黙ってて!! ……で、どうするの。適当な言葉でも並べて誤魔化してみ――」
「こうする」
解法はシンプルだった。
柾は、その場からまるで動かなかった。
指一本すらも動かさなかった。
けれどもう、それだけでも魔法は――魔法と呼ばれていた何かは、完成してしまう。
前川が持つ拳銃を急激に変形させて、とても元の殺傷能力を保てないような状態にさせることもできるし。
局所的な突風を生んで、彼女を転ばせることもできるし。
「……拳銃くらいで勝てるんだったら、そもそもこんなことになってないよな」
地面から拘束具を生やして、その場に留め置くこともできる。
前川は立ち上がろうとしていた。
当然、それを許すような構造には、柾はそれを組み上げていない。
代わりに、考一郎に向かって小さな鍵を放り投げた。
「……あ」
「ちゃんとキャッチしてくれよ」
それは考一郎の身体に当たって地面に落ちる。
それを指差して、柾は、
「それが手枷足枷の鍵だから。俺がいなくなったら、それで解いてやって」
「……ああ。わかった」
「あのさ」
「なんだ」
「俺がいなくなっても、大丈夫なの」
ああ、と考一郎は頷く。
嘘だということは、もうわかっていたけれど。
「何とかするさ」
「……じゃあ、いいけど」
前川は、気付けば何も話さなくなっていた。
自分にできることはもう何もないと自覚したのかもしれない――ダンジョンに帰るためにとその横を通り過ぎようとしたときだけに、一言、ぽつりと。
「――何とかなるわけない」
柾が聞いていようと聞いていまいと、という声だった。
「虎の子の対象04をこんな形で失って、しかも向こうの感情を尊重して放流しますだなんて――背任どころの話じゃない。殺される」
止まるべきなのか、と柾は迷った。
けれど、足は勝手に前を向く。
それを動かしているのが、冷淡なのか、恐怖なのかもわからないまま。
前川の声だけを、耳に残して。
「対象04――飼い慣らされた宇宙生物。
……人間ぶって、悩んだふりなんかしてるなよ」
そうなんだろうな、とは。
何となく、わかっていた。




