4-2 便利なグッズ
『サボり癖?』
とは浅沢から来たメッセージ。
イエス、と柾は答えようとした。
が、どうも携帯を持っている手が疲れてきてしまったので、途中で諦めてパタリ、とベッドの上にそれを置いてしまった。
平日の昼。
ものすごい筋肉痛で、寝込んでいた。
「……いってー……」
呟けば、こほ、と柾は小さく咳き込んだりもする。
朝に一度トイレに立ったきり、何も飲んでいないのだ。
全く動き出す気力が湧かない。
たとえるなら両手に10kgのダンベルを持ちながらフルマラソンを走り切った翌日のようなくたびれ方。途方もない疲労。それが彼の身体を著しく蝕んでいる。酷い風邪を引いたときのように身体は熱を持っているし、頭も何となくぼうっとしているし、とにかくつらい。端的に言ってひどい。そういうコンディション。
あの〈DPS〉って、やっぱりなんか怪しい副作用があるんじゃないか。
レべル7とかに上げたせいで、こんなことになってるんじゃないか。
天井をぼんやり眺めながらそういうことを訊きたい気分になってはいるけれど、しかしそれより以前――浅沢からの安否確認を兼ねたメッセージが届くよりも先に、兄からの伝言が携帯に届いている。
今日は〈光の気配〉の会議に出てくる。
晩飯も要らない。身体を休めておけ。
ゆえに、訊くべき相手を捕まえることもできず。
ただ静かな家の中で、黙々と時計の針だけが進み続けていた。
浮かんでくるのは、取り留めのないこと。
〈光の気配〉の会議って何をするんだろう、やっぱり兄貴が真ん中に立たされてその周りに偉そうな中年老年が座って、うだうだ文句を言われるような形式なのかなとか。
そもそも休めって言ってる日に晩飯は要らないって、どっちかと言えば晩飯はこっちで用意するくらいのことを言ってくれてもいいんじゃないか、とか。
まあでも実際問題食欲があるかと言われればないし、気を遣わなくてよくなるだけで全然いいか、とか。
ていうか、浅沢からのメッセージに既読付けちゃったし、返さないのも悪いよな、とか。
「お」
と思っていたら、続けてもう一度通知音が鳴った。
寝返りを打ってそれを確認すると、こんなことが書いてある。
『もしかしてナナスミと付き合ってる?』
十秒くらい、それを眺めていた。
それからものすごく億劫な気持ちで返信しようとして、やっぱり身体を動かす気力が起きなくて、ダメもとで音声認識で返信できないかなと喋りかけてみたらどういうわけか反応してくれたので、それで答えてみる。
『いいえ』
『マジ?』『隠してるとかじゃなくて?』
『うん』
『でも今日、ナナスミ珍しく学校来て、お前いないって聞いたら超つまんなそうにして早退してったよ』『隠してるとかじゃなくて?』
『俺は隠し事のない男……』
数分後に『それもそうか』と返信が来る。
日頃の誠実な振る舞いのおかげで疑われるところが全くないな、と柾は自分で自分に満足した。
それから、七澄のことを考えた。
たぶん何か話したいことがあったのだろうな、と思って。
いきなり学校に来た……というのは別にそこに籍を置いているのだからいつ来たって勝手だろうということで置いておいて。
自分がいないことがわかったから早退したというのは、おそらく自分との接触が目的だった可能性が高い。そしてここまでの流れを考えれば、用件は例のダンジョンのことだろう。それ以外には考えられない。
重要な伝達事項だったら嫌だな、と思いつつ。
しかし自分からメッセージを送るのも億劫になるくらいには身体もダルかったので。
気力が湧いてくるのを待ちながら、しばらく目を瞑る――、
ぴんぽん、とインターホンが鳴ったのは、だから、それからどれくらい後のことだったのか最初はよくわからなかった。
「ん――……?」
閉じていた目をゆっくりと開く。
寝ぼけて聞こえた音だったろうか、と意識をはっきりさせてから考えようとして、しかしもう一度鳴ったインターフォンのおかげでその手間も省ける。
来客だった。
兄が通販で頼んだものの配達が来たのだろうか、と思った。
再配達も手間だろうからと動き出そうとして――やはり、動けない。
というか、ひと眠りしたはずなのにさらに体調が悪くなった気がする。以前に一度だけ四十度超えの熱を出したことがあるが、そのときの感覚にかなり近づいてきている。立ち上がれば目眩でぶっ倒れるか、棚にでも顔をぶつけて鼻血を撒き散らす羽目になりそうだった。
だから、諦めた。
そのままベッドの上で横たわっていることにした。
すると今度は、インターフォンの代わりに携帯が鳴った。
寝返りを打とうとして、打てなくて、よく考えたら〈DPS〉って、と考えて。
「……目の前まで、来れない?」
そうはならないだろうと思ったが、そうなった。
視界の端の方で携帯に足が生えた。ちょうど〈DPS〉に最初に取り付かれたときと同じような動き。六本足でカサカサ動いて、柾の顔を跨ぐようにして覆い被さってきて、目の前に画面を持ってきてくれた。
「……さんきゅ。あ、ちょい離れて。ピントが……」
便利だし、ちょっとかわいいかも、と柾は思った。
結構キモいことにはキモいけれど。
〈DPS〉のサポートのおかげで、熱に浮かされた視界の真ん中に携帯の画面が来てくれる。
通話の画面だった。
七澄京子、と書かれている。
「……繋げて」
言えば、親切にも〈DPS〉が対応してくれる。
『おいっすー。生きてる?』
「……まあ、何とか」
死にかけてるじゃん、と七澄は言って、
『今どこにいる? 家にいない?』
「いや、家……あ、もしかして」
『そうそう。来てるんだけど。居留守だった?』
いや、と柾は低い声で応える。
「しんどくて動けない……」
『え』
驚いた声で、
『大丈夫? 家族……てかお兄さんは?』
「今日いない」
『勝手に家入っちゃっていい?』
「鍵……」
ああいや、と柾は考え直して、
「開けられるかも。ちょっと待ってて」
そう七澄に告げてから、再び携帯をその視界に捉え直した。
通話のための道具ではなく。
「……家の鍵、開けられたりしない?」
色々と便利なグッズと化してくれた、生活の供として。
〈DPS〉の頭……つまり、携帯の上部が天井の方を向く。
宙に飛ぶ羽虫を今捕まえようとしているカエルのような仕草。
ガチャン、と一階で音がして。
『あ、開いた』と七澄の声が聞こえてきて。
これで自分の役目は終わりだ、というように〈DPS〉はその両足を畳んで、何の変哲もない携帯の形の戻って、柾の枕の横に座り直した。
さんきゅ、ともう一度柾は言った。