何者にもなれない
私は何者になりたいのだろうか。
その疑問は昔から思っていたが、今になってもその答えにたどり着けていない。
漠然としたその何かは掴めることができず、モヤモヤとなり今も私を縛り付けていた。
「先輩は好きな人とかいい人っていないんですかぁ?」
あるときそんなことを聞いてきた後輩がいた。当時の私はその時なんて答えたのだろうか。
居るといったのか、はたまた好きな人はいるけどとお茶を濁したのか。いないと言ったのか、はたまたよくあるような仕事がと言ったのか。
当時はそんな適当な、でもある程度の話題提供のようなことを言ったはずだった。後輩も「ええー、先輩つまんなーい!」と言いながらも「私は~」と続けて会話を途切れさせることがなく、休憩が終わるまで続いた記憶があった。
こんな私にも話しかけてくれてた可愛い後輩であったが、少し前に付き合っていた彼とついに入籍し、そのまま結婚式を挙げ幸せそうな顔を浮かべていた。
後輩と彼は、幼馴染で高校の時から付き合っていたらしい。確かに後輩はとても可愛かった。そんな後輩と並んでも引けを取らないような男でいたいと彼は努力を続けていた。時に見ているこっちが痛々しく思うようなことをしていたり、後輩が何かあったとき守れるようにと体を鍛え、法律を学んだりしていた。そんな彼の姿を見ていた後輩もそんな彼に相応しくなるようにといつも努力をしていた。彼が勉強を頑張ると自分もと寝る間を惜しんで勉強をしたり、彼が自分を磨き出した時も、ファンション雑誌等をいっぱい買ってきて、また美容室などの人に必死に頼み込み何がいいのかをどうしたらいいのかを取り組んでいった。
そんな後輩と彼の努力を見てきたからこそ私はその光景を見て静かに涙を流していた。涙で前が見えなくなっても私は拍手を止めることができなかった。何が私をそこまで突き動かしたのかわからず、それでも皆が拍手を止めるまで止まることはなかった。
結婚式はつつがなく終わった。
可愛らしくもでも純白に輝いて綺麗な後輩は蕩けるような笑みを浮かべたかと思うと涙で顔をくしゃくしゃにしたりと大忙しだった。
それから一週間ほどが経ち、落ち着いてきたようで後輩が会社に戻ってきた。別に結婚しただけであるので戻ってくることはさして問題があるわけではなかったのだが、少し浮ついていた。
新婚生活はどうだやちゃんとやれてる?といったような質問が後輩に飛んだりしていたが、持ち前のコミュニケーション能力を持って対応していた。
そんなこんなで昼休憩の時間になり、私は席を立ち会社の中に併設されている社員食堂へと歩こうとした。
「あ、先輩! 今日一緒にお昼食べませんかっ?」
そう言って後輩が私に歩み寄ってきた。私はそれに固まっていると後輩は、私の右腕を掴み、早く早く! と急かすように引っ張っていこうとする。流石に突然こんなことをしてくる後輩を怒るべく、私は
「ちょっと待って! 私はまだ行くなんて行ってないでしょっ? それに食べる人なんて貴女にはいっぱい居るんじゃないの?」
「いけず~、一緒に食べましょうよ~。私先輩と一緒にお昼食べたいんですぅ!」
その言葉でまた固まってしまった私を好機と見たのか、後輩は私を逃がさないように腕を組んで引っ張っていった。
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「先輩はちゃんと前に進んでいますか?」
一緒に食べたいと言っていた後輩に屋上にある休憩スペースに無理やり連れてこられた私だったが、いつものように私から喋りかける話題がなく静かに食べていた。そんな私を見ながら後輩は切り出しづらそうにしていたが意を決して質問をしてきた。
最初突然のことだったためポカーンと口を開けていた私だったが、いつも以上に真剣に私を見つめる後輩の姿を見て、おふざけで聞いているわけではないと理解した。ただ理解することしかできなかった。
「ねえ、先輩? 先輩は自分の心に正直?
いつも周りに気遣って周りが求めている回答ばっかりしているけど、ちゃんとそこに自分の感情はあるの?
……私はね、先輩に前を向いて生きて欲しいの。先輩は、ううんお姉ちゃんは私のヒーローだった。いつも私を守ってくれて、自分が傷ついててもいつだって私を勇気づけてくれた。私が好きな人と付き合うためにいろんなことをしてくれたよね? 私知ってたんだよ? お姉ちゃんも彼のこと好きなこと。私に譲ってくれたんだよね?
だけど、だけどね? 私は一緒に戦いたかったのっ。いつでも私の前を歩いて私を導いてくれた私のヒーローと一緒に、正々堂々と。私が勝ってもお姉ちゃんが勝ってもどっちだってよかった! 負けるのは確かに悔しいよ? 本当に彼が好きなんだから。でも私はあのヒーローと戦ったんだと。戦って負けたんだと。そう思えたほうがよかったの…」
後輩、ううん、妹である佳奈ちゃんは涙を目にいっぱい貯め、そうしてボロボロと落としていく。そんな佳奈ちゃんのそんな姿を見て私はちゃんと考える。可愛い後輩であり、妹が自分なんかのために泣いているのだから。
「私はね、佳奈ちゃん。確かに拓也のことが好きだったわ、愛してたわ。でもね。それ以上に私はあなたのことが大切だったの。
私はね、自分がとっても嫌いなの。無能で何をやっても失敗ばっかり。溜めやすくてそれで壊れて、いついなくなってもいいなって。
さっき聞いたよね、前を向いてるって? もちろん前なんて向いてるわけないよ? 下も向いているわけでもないけど、そこに停滞してるの。鎖が雁字搦めになってるみたいにね。
心が壊れて、自分を見つめ直してこんなクソみたいな私に何が残ってるのかって。それが佳奈ちゃん貴女だった。ほかは何もなかったの。」
薄々気がついていたのだろう。私が居なくなると言った時に涙の気配が一瞬なくなり、ハッと息を飲も音が聞こえた。
嫌だったのだこんな嫌な思いを吐き出すのが。誰もが嫌な気持ちにしかならないのだから。
まだ泣いている佳奈ちゃんの背中を自分なりに優しく撫でる。
「…お姉ちゃんが危うくなったのは知ってたの。でもいつか戻るから、また元通りになるってそう思ってた。あの私のお姉ちゃんで私のヒーローなんだからって。そんな勝手なこと思ってた。」
落ち着いたからかちょっとずつ、ポツリと私に言ってくる。私が「佳奈ちゃん…」というと肩を抑えてた手を掴んできた。
「お姉ちゃんにとって私が救いで重しになっていたんだね…」
そんなことを妹に言わせたかったわけじゃない。でも何も言えなかった。何も言えなかったのだ。
そうなんだろうと心の奥底では分かっていたのだろう。だから言葉が出てこなかった。
「私はお姉ちゃんをたぶん救えない。だからもう少しだけ待ってて。私には救えなくてもきっと救う人が現れてくれるから!」
俯いてしまった私にそう言い放ち佳奈ちゃんは私から手を離した。感じていた手の温もりがなくなり、残念に思うも私は顔を上げることができなかった。
ただぐるぐるとなんでバレたんだろうと、負の感情が渦を巻いていた。
そんな私を見ていたのだろう。今度は優しく頭を撫でてくれた。
「いつもお姉ちゃんがやってくれていたこれを私がお姉ちゃんにやる日が来るなんてなぁ」
そう優しい声で私を包み込んだ。「大丈夫、大丈夫」そう何度も言いながら。
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私は自分が嫌いだ、大嫌いだ。居なくなりたいとさえ思っている。
そんな私にはそんな自分を曲げてでも生きがいとなっていることがある。
それは後輩で妹の佳奈ちゃんだ。彼女が生きている限りは私も生き続ける。佳奈ちゃんが要らないといえばいつだって消える覚悟は出来ているというほどに。必要だと言われれば何をしてでも役目を果たす覚悟もある。たとえそこらへんのおじさんと寝て来いというのなら完遂するだろう。痴女のように生きろと言われてもそうするだろう。
それほど私は彼女を愛している。ただの依存だとわかっている。いけないことなんてことは誰よりも理解している。
でも駄目なのだ。それほどまでに私は壊れて彼女の駒となるしかもうないのだから。
私が自由にできることは何もない。佳奈ちゃんが言ってくれるから私は動けるのだ。今までも、これからも。
私を愛さないで、そんなこと言われると壊れて切ったそれが今度は消えちゃうから。
私を求めないで、私は貴女が求めると全てを投げ売って何も残らなくて貴女が悲しむから。
私を手放して、貴女の重しになってしまうから。
でも私を愛して、私は貴女がいないと生きていけないのだから
私を求めて、私が貴女を守るから。
私を手放さないで、私には貴女しかいないのだから
そんな自分勝手で、矛盾だらけの私は何者になれるのだろうか。
昔も今も自分が何もない。
貴女だけの特別な人? それは拓也がなるのだろう。私は貴女にとってただの血を分けた姉妹であってそれ以下でもそれ以上でもない。
貴女の玩具? 貴女はそんなことは望みはしないでしょう。いつだって貴女は優しいのだから。
私は未だにその答えが出せない。
見つけることなんてできないのでしょう。私は何もないのだから。
貴女が言っていたけどでもね、私は救われるべき人間じゃないのだから。救われたくないの。