私、実は魔法使いなんですよ。
やあやあ、こんばんは。
このところクソ暑い日が続いておりますが、お加減はいかがでしょうか。
こんなに暑いとですね、フル装備での外出がきついんですよ。
黒い衣服というのは、どうして熱を集めてしまうのでしょうかね。
もういっそのこと白い服に身を包もうかと思ってるんですけどね、そうすると、黒い体も黒い顔も相当目立っちゃうんですよ。なので時折、冷たいアイスなどを頬張りましてね、頑張っている次第でございます、ええ。
ああ、わたくしですか。
わたくしは、黒い人などと呼ばれているんですけどね。いささか、その呼び方には…苦言を申し立てたいと思っておる次第であります。
実は、わたくしはですね。
魔法使い、なんですよ。
現代の世界にも、魔法使いというものはしっかり存在しているのですよ、はい。
わたくしは、思考の中で希望を明確化し、現実にイメージを持ってくることができるのです。頭の中のイメージを現実に持ってくる際に必要なのが、いわゆる呪文ですね。何もない空間から何かを出したり、身を宙に浮かせてみたり、物質を謎の空間にしまい込んでみたり。それは、魔法と言って、通用する事象でございましょう?
なにやら訝し気な表情をなさるのですね。
フウム、人というのは、自らの知らぬ何かを受け入れる際にまず疑ってかかるもの、でしたね。なるほど。…それでは、お一つ、わたくしの魔法をお見せしようではありませんか。
ウンダラホメカメ、ドヒャーン!
あなたに、予知夢を見る魔法をかけました。今晩、あなたは予知夢を見ますよ。必ずあなたに起こる、未来の出来事をあなたは夢で見ることになります。
予知夢、見たことありますか?ずいぶんはっきりとした、現実と見分けのつかない夢ですね。それはあたかも…未来の自分の記憶が、過去の自分に飛んできたような印象を残します。まあね、時間を飛び越える魔法を送り込んだってのが…予知夢の実態だったりするわけなんですけれどもね。そこら辺の話は、魔法使いにてんで興味のない人には、つまんない話でしょうからね、自重させていただきますとも。説教うんちく押し付けマンにはなりたくないのですよ、はい。
今晩の夢は、必ず予知夢になりますから、覚悟して眠りについてくださいね。
あなたが予知夢を見ることは…たった今、決定されたのです。
…あなたは予知夢を見る魔法をかけられたことを、喜んでいますか?
何を見ることになるのかわからない、不安があなたを包み込んでいるかもしれませんね。
けれど、一度かけてしまった魔法は、取り消すことなどできないのですよ。
好奇心旺盛なあなたは、うきうきしていますね。
心配性のあなたは、追い込まれていますね。
軽く考えているあなたは、バカにしていますね。
何も考えていないあなたは、淡々と私の話を聞いていますね。
どなたも、必ず、今晩、予知夢を見ることになるのです。
…見たくないと願う人もいらっしゃるようですね。
では、見た後に、見た夢を忘れる選択ができる魔法をかけましょう。
予知夢の最後で、あなたの夢にお邪魔します。そして私の影が、あなたに質問をするよう設定いたします。
―――この予知夢を、忘れますか/忘れませんか?
嫌な夢だった場合は、忘れてから起床してくださいね。
いい夢だったら、忘れずに起床して…魔法の力を実感してください。
…ああ。
でも、うん、非常に残念です。違うな…非常に、まずいですね、人というのは、一晩に何度も夢を見ているのでしたね。あなたに、予知夢と、ただの夢の、区別がつきますかね?
恐ろしい予知夢を見て、忘れたとしても…その恐怖心が残ってしまって…ただの悪夢を見てしまう可能性が、否定できません。
恐ろしい予知夢を見て、忘れたとしても…その恐怖心から逃れようとして…欲望をまき散らす夢を見てしまう可能性が、否定できません。
恐ろしい予知夢を見て、忘れたとしても…ただの夢を見てしまう可能性が、否定できません。
本当の予知夢は忘れてしまっているのに、ただの悪夢の記憶が残ってしまって、それを予知夢と勘違いしてしまうかもしれません。
本当の予知夢は忘れてしまっているのに、ただの夢の記憶が残ってしまって、それを予知夢と勘違いして、当たらない宝くじを買いに行ってしまうかもしれません。
本当の予知夢は忘れてしまっているのに、ただの意味のない夢を見て、必死に未来を変えようと藻掻く事になってしまうかもしれません。
しまった、私としたことが。これはずいぶん、誤算でした、ええ…。これでは、魔法で見ることができた夢と、ただの勘違いの夢の、見分けがつかないじゃないですか。わたくしの偉大さを、知らしめることができな…いやなんでもありません。
大丈夫、怖い夢は、ただの悪夢。
あなたは怖い予知夢を見て、恐怖のあまりその内容を忘れ…新たに悪夢を見ただけで、それは予知夢ではないのです。
…ただ、忘れたいと願うほどの予知夢を見たという事実は、あるんですけどね。
…怖い予知夢を覚えたまま、起床する強者もいると思いますけどね。
しまったなあ…予知夢じゃなくて、空を飛ぶ夢を見せましょうとかにすればよかったですね。そしたらこんなにグダることもなかったでしょうに。わたくしとしたことが…夏バテのせいでしょうかね。
…ああ、そうだ。
この物語を読んだ記憶を忘れてしまえばいいんです。
この物語のおしまいに、この物語を読んだことを忘れる呪文をのせることにしましょう。
予知夢の恐怖に打ち勝つ自信のない人は、必ず最後の呪文を読んでくださいね。
予知夢の恐怖に打ち勝つ自信のある人は、最後の呪文を読まないようにしてくださいね。
もし最後の呪文を読んだあなたが、この話の事を、明日の朝になっても覚えていたら…。
あなたはきっと、魔法がかかりにくい、人。
あなたの見た夢は、予知夢ではなく、ただの夢だったという事。
なにも、怖がることはありません。
皆様、良い夢をご覧くださいね。
さあて、私の魔法で、予知夢を見ることのできる人は、どれくらい、いるのかな…?
…ホオラヤー、ムオツカヤシイ!!
――おやすみ――
この物語の謎がとけた人は、夏バテしてません(多分