ゾンビの大群
青白い肌、ボサボサに乱れた髪。ゾンビたちの顔には色はなく、覚束ない視線を宙へさ迷わせている。
定められた位置、同じ場所、同じときに整列し、運ばれるのをじっと待っている。
ゾンビは年を重ねる度に撒き散らす腐卵臭が濃くなっていく。まだ若いゾンビであっても、場合によっては猛烈な腐臭を放つことがある。
女のゾンビは顔を塗り固めた仮面で被い、来る戦いに備える。男のゾンビは抜け落ちてわずかばかりの髪の毛をかきあげ、貫禄を露にする。
しかしそれらは、一歩退いて俯瞰すれば、どのゾンビもまるで見分けなどつかない。
「ワタシハ、ナンノタメニ、ゾンビニナルコトヲ、エランダンダロウカ」
沈黙のいきれの中に、ゾンビの呟きが漏れた。
ゾンビは毎朝早く目覚め、悪臭漂う袋を道端で切り離す。ぞろぞろとゾンビの群れに混じって、操り人形よろしく決められたレールを歩む。先は真っ暗闇で、どこに出口があるのか判然としない。しかし歩み続けなければゾンビはゾンビであることすら叶わない。
深夜まで歩き疲れたゾンビたちが巣に戻るころには、世界に音はなく、昼間の苦い思い出たちと対話すること以外にすることはない。
早朝と同様に、決まった位置で整然と立ち並ぶゾンビたちは、日毎に増していく腐臭を気にしていた幼いころに自分を重ねる。
「うわあ、くっせー」
「こら、そんなこと言わないの。頑張ってるんだから」
「嫌だ嫌だ。洗濯物分けてよ」
「仕方ないわね」
あれはまだゾンビではなかった時代。往復切符などない、どんなに願っても進んだ時は巻き戻せないことを、ゾンビは身をもって知った。
辛酸辛苦を嘗め、荒れ狂う波を乗り越えてきて、身体に刻まれた幾千の歴史は、やがてあっさりと朽ち果てるだろう。そして最後には何も残らない。
「ウワア、クッセー、カ」
久々にゾンビは笑った。前に並んでいたゾンビが振り返って怪訝そうにしている。
ゾンビがその台詞を味わうようになるのは、まだ少し先の未来だ。それはゾンビの人生に残された、僅かな愉しみのひとつでもあった。
ふいに鋼鉄の直方体が凄まじい音をたててやってきた。ゾンビたちを運ぶ直方体は、或いは巨大な棺桶のようでもあった。
棺桶が開くと、すでにおびただしい数のゾンビで溢れている。どのゾンビも虚空を見つめ、だらりと垂れ下がった肩が、陰鬱な雰囲気を醸している。
ホームに整列していたゾンビたちは、狭小の間隙めがけて突撃していく。揉みくちゃになった車内に、遠くから抑揚のないアナウンスが飛び込んでくる。
「扉が閉まりまぁーす。ご注意くだすわぁーい」
こうしてゾンビたちの日常は繰り返されていく。(了)
愛すべきゾンビ各位、いつもお世話になっております‼