38.進化する呪い
ドロドロと血が流れている。
ピクリとも動かない彼の身体が、死を迎えたことを告げている。
霧も晴れた。
戦いは終わり、狂人となった魂も解放された。
と、思っていた。
「ウオォォ~」
「……馬鹿な、ありえないぞ」
そう。
あり得ない光景が広がっている。
霧が晴れ、クリアになった視界を狂人病の感染者が埋め尽くしていた。
そんな……嘘だろ。
どうして狂人病が残っている?
本体であるドレークを倒した時点で、感染は解かれるはずだ。
そうして本来の死を迎える。
少なくとも過去の記憶では、多くの人々の魂が天へと還っていった。
それなのに――
「どうして終わらないんだ」
悪夢が続いている。
迫りくる元人間に対して、俺は剣を振るわなければならない。
ということは、彼女たちも同じ状況が続いている。
俺は急ぎシェルターへ戻ることにした。
感染した彼らを跳び避けながら、思考を巡らせつつ走る。
奴が本体じゃなかったのか?
いいや、記憶を覗いたんだし間違いない。
だったらなぜ悪夢は終わらない。
思考は堂々巡りで完結しない。
そのままシェルター入り口までたどり着く。
地下へ潜ると、そこは地上と何ら変わらない地獄が広がっていた。
「先生!」
「アリア! 状況は?」
「私たち以外みんな感染しちゃった!」
「なっ……冗談だろ」
彼女たちは無事だ。
アレクセイとグリアナも一緒にいる。
ただし、匿われていた街の人々は、一人の例外もなく狂人と化していた。
あり得ない。
心の中で何度もそう思った。
だけど、目の前に広がる悪夢が、現実だと訴えかけてくる。
「ユーストス殿、このままでは我々も危険だぞ」
「わかっています。みんな! 二人も地上へ! 外はもう霧が晴れている」
「よし、グリアナ!」
「しかし団長! 彼らはまだ――」
「もう手遅れだ。我々が感染するわけにはいかない」
グリアナの気持ちはよくわかる。
さっきまで普通に生きていた人たちが、死に狂って牙を向けている。
そんな光景を目の当たりにして、平常心でいられる者は存在しないだろう。
助けられるならそうしたい。
それでも、不可能だともわかってしまう。
「師匠、私たちも」
「……ああ」
地上へ出ても、感染者のいる景色は変わらない。
霧がなくなったことで、より鮮明に見えるようになった。
これで街の外へ出ることも出来る。
それはたぶん、感染した彼らも同様だ。
「お兄さん」
「ああ、わかってる」
マナの言いたいことはわかる。
このまま放置すれば、感染者が街の外へ出てしまう。
感染が他の街にまで広まれば、それこそ世界はおしまいだ。
選択を迫られる。
自分がとるべき最適解は、すでに頭の中にある。
ただ、それを選ぶということは、自らの手で彼らを……
「全員街の外へ」
「何をするつもりですか?」
「街ごと焼き払います」
「正気ですか!? まだ生き残りがいるかもしれないんですよ?」
グリアナが抗議する。
俺は首を横に振って、それはないと返す。
生き残りがシェルターに集まっていて、その全員が感染していた。
となれば、仮に街中でいたとしても、同様の結果を生んでいる。
もはやこの街は、狂人によって支配されているんだ。
「早く外へ。それ以外に方法がない」
「わかった」
「団長!」
「いい加減にしろ! 彼がその決断をするのに、何の覚悟もしてないと思うのか?」
「っ……」
アレクセイの怒声が響く。
今までにない険しい表情で、グリアナを叱咤する。
俺のことを気遣ってくれたのか。
ありがとう。
そう心の中で呟く。
ただ、グリアナは納得できないだろう。
アリアたちもそうだ。
「すまない皆」
「先生は……大丈夫?」
「ああ」
心配そうに見つめるアリア。
ティアとマナも、同じ表情をしている。
俺は彼女たちを不安にさせまいと、無理やり笑顔をつくって言う。
「すぐに戻るから」
彼女たちが街の外へと避難していく。
俺は飛翔のスキルで空を飛び、空中から街の様子を観察する。
その最中に、俺は理解した。
どうして狂人病が消えていないのか。
簡単な話だったんだ。
呪いも……進化している。
人間が、生き物が、環境に適合するため変わったように。
呪いもまた、より強く、複雑に進化している。
復活した呪いの王は、かつて英雄たちが戦ったときよりも、深く濃い呪いへと進化している。
「くそっ」
街を覆い隠すほどの魔法陣を展開する。
輪郭にそって脱出不可能な結界も発動済みだ。
アリアたちは街の外で待機している。
後は、俺が極大魔法を発動するだけで終わる。
「ごめん……助けられなくて」
そう呟き、魔法を唱える。
「極大魔法――インフェルノ」
地獄絵図。
炎が街を包み込み、全てを焼き尽くす。
感染の渦ごと焼き払い、無へと還してしまえば、新たな感染者は生まれない。
一人残らず焼き殺せ。
例え恨まれても、これ以上の被害を広めてはならない。
炎に包まれる街を眺めながら、唇を噛みしめ耐える。
守れなかった。
助けられなかった。
俺たちがもっと早く来ていれば、こんな結末にはならなかったのに。
戦いには勝利した。
それでも、まったくスッキリしない。
結局……何も救えなかったのだから、勝利に意味なんてない。
俺たちの旅は、スタートから苦い洗礼を受けることになった。
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