クラウンの帰還 ―特攻装警グラウザー・アナザーストーリー―
彼は待っていた。あの人物が帰ってくるのを。
「そろそろかな?」
真っ白な空間の中で漫然と佇み、その人の帰還を待つ。
そして、その人物は彼の背後から声をかけてくる。
「お出迎え、ご苦労にございます。我が創造主」
声のする方を振り向けば、そこにあるものを見る。
それはピエロともいう、ジェスターともいう、アルルカンと呼ばれることもある。
赤い衣、黄色いブーツ、紫の手袋に、金色の角付き帽子、角の数は2つで角の先には柔らかい房状の球体がついていた。襟元には派手なオレンジ色のリボン――、派手な笑い顔の仮面をつけた道化者。彼の名は――
「クラウン」
「お久しぶりです。創造主」
彼の名はクラウン、死の道化師の字を賜る怪人物だ。
「お疲れ、大仕事だったね」
クラウンを生み出した創造主たる作者はねぎらいの声をかける。だが、クラウンは悠然と佇むままだ。
「いえいえ、楽しい余興でした。我が創造主以外のお方の紡がれる物語を演じるというのも」
「そうか――」
「えぇ」
クラウンは満足げに語りだす。
「語り部が変われば、視点も価値観も変わります。貴方には無い視点、貴方ではないからこそ私に与えられた言葉――、それらの一つ一つが新鮮であり、貴方では紡ぐことのでき得ない私と言うのも知ることができました」
「例えば?」
作者が問えばクラウンは静かに告げる。
「〝語り一つ〟だけで相手を追い詰めてしまうエンターテイメントとしての底力」
その答えは作者を満足たらしめるものだった。
「そうだ。あれは痛快だった」
「でしょう?」
クラウンのマスクが破顔して笑っている。
「一切の武器を持ち出すことなく相手を言葉だけで手玉に取り〝トドメの一言〟で追い詰める――」
「まさに道化師の本懐そのものだな」
「まさに!」
それはクラウンを生み出した作者が意図していたものだったが、自らの実力不足から描ききれずにもがいていたものだった。
はからずもそれを、自分以外の卓越した語り部によって示してもらえたのだ。
感謝こそすれ、羨む筋合いはどこにもなかった。
「クラウン」
「はい」
「私が何故君を〝クラウン〟と名付けたか分かるか?」
それは核心だった。そしてそれに気づいていないクラウンではない。クラウンは答える。
「サーカスの演者でもなく、路上の大道芸でもない、権力者と上流階級を向こうに回し皮肉と道化と比喩とで〝物事の真実〟を突きつける――すなわち〝本来の道化師〟」
「ピエロでもなく、ジェスターでもなく、アルルカンでもなく――」
「そう――だからこそ私は『クラウン』なのです。そうでしょう? 我が創造主」
「そのとおりだ」
そして作者は言った。
「だからこそだ。君に〝旅〟をしてもらいたかったのだ」
「貴方の知らない私ですね?」
「あぁ」
「さすれば素晴らしい旅でした。〝セシャト〟様を始めとする様々な導き手による壮大な物語。その一端に関わらせて頂いたのはこの上ない楽しみでした」
そしてクラウンはうなずく。
「我が創造主、なにより大きな収穫がありました」
クラウンが右手を自らの胸元に宛てながらそう語る。その面は白地に黄色いアーチで笑顔を浮かべていた。
「それは?」
「それは――」
作者が問いかければクラウンは落ち着いた声で告げる。
「創造主たる貴方の〝産み出す意欲〟の復活です」
クラウンが右手の人差し指を、自らを生み出した作者へと突きつける。さながらその心臓を撃ち抜くような仕草で。
「喪失していたのでしょう? 物語を紡ぎ出すために必要な〝大義〟を――、それを人は『スランプ』と呼びます。貴方が陥っていた大スランプ、お忘れになったのですか?」
クラウンに問われて作者たる彼は困った風に笑みを浮かべた。
「忘れるものか。ここぞという大一番のクライマックスを投げ出したくらいだからな」
人に語れぬ過去を吐き出すように自嘲気味に口にする。
「物語を生み出し、登場人物たる君たちに動かすことで得ていた創造欲――、だが私は暴走する承認欲求を持て余したばかりか、物語を語りだす上で必要な〝登場人物たちのイメージ〟を見失ってしまった。そして君たちの物語を止めてしまってから1年半以上が経っている」
クラウンを生み出した作者の顔には悔恨が浮かんでいた。
「君たちに不義理を働いたようなものだ。そればかりか作品を支援してくれた読者の皆には申し訳すら立たない。本当にすまなかった」
詫びる作者だったが、クラウンは責めなかった。
「いえ、私は貴方の被創造物――、貴方の御心はよく解っているつもりです。無論、あなたが〝物語を諦めていない〟と言う事も――」
その言葉とともにクラウンはその右手を頭上へと掲げる。そして、周囲の空間そのものを掴むと、周囲に張り巡らせていた〝連幕〟を引きちぎるかのように一気に剥ぎ取った。
――ブオッ!――
光に満ちた純白の世界が振り払われ、新たに漆黒の闇と、光り輝くネオンと、轟くような喧騒と、淀んだ闇街の空気とに彩られた未来世界が広がっていた。
そして二人は地上はるか280mの空の上に居た。そうそこは――
「御覧ください。我が創造主――」
「ここは?」
クラウンの作者が驚きを持って目の前の光景に目を見張れば、クラウンは高らかに告げた。
「『西暦2040年、メガロポリス東京』――貴方が描くべき物語『特攻装警グラウザー』のメインステージ――」
両手を広げて空を仰ぎながら歓喜を交えてクラウンはその地の名を呼ぶ。
「こここそは『有明1000mビル』!――特攻装警グラウザーの物語が始まった晴れの舞台です!」
二人の足元にあったのは超高層の未来都市構造物だった。
有明1000mビル――、その第1工期の最上階屋上デッキだ。
初春の夜空の下、吹きすさぶ風のまといながら、その巨大な白亜の塔はそそり立っていた。
そこに二人は立ちながら向かい合い、クラウンは作者へ告げた。
「さぁいかに? 貴方はここからどこへと向かうのか?」
クラウンのマスクが変転する。漆黒のマスクへ、赤い裂け目のような口と瞳が恐ろしげに浮かび上がっている。
「お答えいただきたい」
脅しにもにた言葉を受けても作者は揺るがなかった。
「もう、解っているんだろう? クラウン」
そう答えながら作者は一台のノートパソコンを開きながら答えた。
「僕が君たちの世界を投げ出すはずがないじゃないか」
それはクラウンを満足させるに足るものだった。
「主上、その言葉を待ちわびておりました」
クラウンが上体を前へと倒し、右手を腰の前へ、左手を腰の後ろへと回しながらうやうやしく頭をたれる。然る後にクラウンは挨拶を述べた。
「我らが創造主、美風慶伍様――ご帰還、おめでとうございます」
その瞬間、有明1000mビルの上空を一台のヘリが通り過ぎる。
警視庁所属の大型輸送ヘリ、そのシルエットには見覚えがあった。
「あれは?」
「覚えておいででしょう? あのヘリに乗っている〝彼ら〟の事を」
ヘリの側面ハッチは開けられていて、そこに6人のシルエットが見える。Aから始まりGへと至る鋼のヒーローのシルエットを――
「〝特攻装警〟!」
「いかにも――彼らが貴方を待ちわびております」
ならば答えは一つだ。
「行こう、クラウン」
「はい、我が創造主」
「時は熟した。再始動へと至る道程のはじまりだ」
今こそクラウンは帰還した。創造主を導きながら。
そして物語は再び語られ始めるのである。
おべりすく様
セシャト様
諸関係者様
本当にありがとうございました。