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21時のピアニスト  作者: 有世けい
6/14

彼女のこと






偶然の出逢いから、僕は『21時のピアノ弾き』本人と知り合いになったわけだが、何度か会っているうちに、彼女の事情をより詳しく知る事になった。


数年前、彼女が高3の時、コンクール入賞がきっかけで音大へ特別奨学生として推薦入学が決まったらしい。彼女の音を知る立場からすれば、それはごく当然のことに思えた。

そんなある日のレッスンからの帰り道、状況が大きく変わる。

信号無視の車が別の車と衝突し、はずみで歩道に乗り上げ、彼女を轢いたのだ。

死亡者こそなかったが重軽傷者を多数出す大きな事故となり、新聞やニュースでも取り上げられたそうだ。

特に彼女は将来有望なピアニストの卵だったのに、失明という後遺症が残ってしまい、随分マスコミにも追われたらしい。

結局大学は、コンクール入賞時と同等の演奏が不可能になったという理由で推薦入学を取り消し、一般受験も、目が不自由な学生に対応できないからという事で、受け付けてさえもらえなかった。


僕は最初にそれを聞いた時、とんでもなく腹立たしさを覚えた。

だって目が見えなくなったのは彼女のせいじゃない。

1㎜の落ち度も彼女にはないのだ。

なのにそんな結論しか出せなかった大学側を僕は心の底から軽蔑した。


幸いな事に、彼女のコンクールでの演奏に注目していた音楽関係者が事態解決に名乗りをあげてくれたとかで、その人の口利きもあって一年遅れで別の音大を受験できることになり、彼女が大学でピアノを学ぶために必要な諸経費…バリアフリー工事やサポートするための人件費などもその人がすべて請け負ってくれたので、現在、彼女は大学でピアノを続けられているのだ。


まるで ”あしながおじさん” のようだが、事実らしい。

当時はまだ未成年だった事もあり、のぞみさん本人にその人物の素性は知らされていないそうだが……

そしてその ”あしながおじさん” は、小説同様にある条件を出したのだ。

小説の中では手紙を書く事だったが、こちらの ”あしながおじさん” の出した条件は、『21時のピアノ弾き』だった。


それは、失明して音大への道を閉ざされてからピアノに触れる事ができなくなっていたのぞみさんの、リハビリ的な意味もあったようだ。


卒業するまで毎晩21時に、ピアノを弾いている動画をアップする――――――――


そのために、わざわざピアノも贈ってくれたそうだ。

そのピアノが、あのカフェにある外国のピアノだ。

”あしながおじさん” がその動画で、毎日のぞみさんのピアノをチェックする…という事らしいが、彼女は「まるで毎日オーディションされてる気分」と笑って話した。


でも僕は、彼はただ単純に、のぞみさんのピアノを聞きたかっただけなんじゃないかと思った。


どちらにせよ、のぞみさんのピアノのファンという点では、僕はその人に共感して、だけどちょっとした嫉妬も感じた。

なぜなら、その人の話をする時、彼女はとても楽しそうだったから。

いつも明るいけれど、”あしながおじさん” の話題を出すときは、いつもの数割増しに見えたのだ。


大学進学にあたっての詳細なやり取りは、すべて彼女のご両親が行ったので、彼女自身はその人と会った事がないらしいが、彼女の母親の話ではイケメンとの事だ。

彼女に一目惚れした身分の僕としては、このまま彼女と彼が出会わないで済むように願うばかりだった。


だって僕は、のぞみさんに、僕が以前から『21時のピアノ弾き』を知っていたということすら、打ち明けられないままだったから。


何度か、話そうと思ったタイミングはあったのだ。『21時のピアノ弾き』の事を教えてもらった時、実は僕もその動画を見た事があると言えばよかった。

でも僕は怖かった。彼女に、ストーカーのような印象を与えてしまうのじゃないかと、それが不安でたまらなかったのだ。


カフェを見つけたのも彼女のお兄さんに紹介してもらったのも、本当にただの偶然だ。けれどどうしたって誤解を与えてしまうのは目に見えている。

僕が逆の立場なら、きっと相手を疑ってしまうだろう。

そして、その相手と距離を置こうとするだろう……そう考えたら、とても言い出せなかったのだ。


そして僕は自分の事を何ひとつ打ち明けられないうちに、それでも彼女との関係はどんどん近くなっていくばかりだった。


連絡先を交換して、ピアノ以外の事でも盛り上がったりして、長電話もよくした。

おしゃべり上手な彼女は僕をいつも楽しませてくれて、幸せな時間をくれた。


その中で、事故のことも時々教えてくれた。

自分以外にも大怪我をした人はたくさんいて、生死の境をさまよった人もいたのに、自分は視力を失ったものの命に別状はなくて、大好きなピアノだって弾けた。それなのに大学に行けなかったくらいで一年近くも落ち込んでいたなんて、情けない…彼女はそう言った。


他にも、本当は ”あしながおじさん” からは『21時のピアニスト』というタイトルを言われていたのに、ピアニストなんて今の自分にはおこがましいからと、『ピアノ弾き』に変更したということを話してくれた。

そんな風に、彼女の思いを知れば知るほど、僕は彼女にますます惹かれていった。

そして、彼女の方も、僕に興味を持ってくれていたし、おそらく好意も抱いてくれている……ように感じる瞬間が度々あった、ある日のこと。


僕は、彼女のお兄さんからある話を聞いたのだった。


彼女の将来に関係する、重要な話を――――――――









誤字をお知らせいただき、ありがとうございました。

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