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タタラ ~ナイト・ブラッド~  作者: 寝坊助
第一章 鬼狩り一族の里
8/17

3−1 歴史 ‐すれ違いは、亀裂を生む‐

 結婚式の吸血鬼事件から次の日。

 鬼狩りの里の本拠のとある一室。一目見ただけで頭が混乱しそうな複雑な資料や、本が綺麗に並べられている。

 タタリの私室だ。


 部屋の中心には、浮かない顔をしたタタキが立ち尽くしていた。

 微動だにせず、目の前にたたずむタタリと今の今まで数分間無言で見つめ合っていた。

 タタリはいつも通りの無表情だが、その顔はどこかいつもと違う雰囲気をまとっている。


「まずは、蛹偽討伐ご苦労。よくやってくれた」


 数分間続いた沈黙を破ったのは、タタリの長としての労いの言葉だった。相手がどのような人物であっても、お諭しての姿勢は崩さない。

 対してタタキは未だ浮かない顔をしている。

 返事のない息子に、タタリは今度は父としての言葉を発した。


「よく理解できたか? 吸血鬼がどれだけ人の日常に潜り込んでいるか」


 その言葉は、タタリの胸に深々とえぐり込んだ。

 思い出すのは無残に喰い散らかされた、屍鬼にされた、化皮にされた人々の姿。

 弟妹に良い思い出を作って上げたいという想いと、任務として来ていればまだマシな結果になったかもしれないという後悔が、タタキの胸の中で入り混じっていた。


「もし、お前たちがそのまま里に帰るようなことになった場合。その保険としてダイガにつけさせていた」


 タタリの視線が、部屋の隅へ向けられた。

 その視線を追っていくと、そこには壁に寄りかかって腕を組むダイガの姿があった。


「そういうこと」


 片手を上げ、ヒラヒラと揺らすダイガ。

 タタリはこの時、全てを理解した。

 タタラが時々、おかしな方向を向いていたこと、事態が起きる直前に人が突然消えたこと、そしてダイガが都合よく現れたことを。


「……初めから、父さんの掌で踊らされてたってことか」


 蛹偽の出現情報を得ていたタタリにとって、タタキの行動はむしろ都合が良かった。

 強力な吸血鬼である蛹偽との戦いは、タタラの実戦経験を積ませるいい相手だった。

 タナリの面倒を見ているマギミも、サポーターとしての力量は十分ある。

 そして保険のダイガは、手負いだったとはいえ蛹偽を簡単に倒せる実力を持っている。


「正直言って、二人がかりで蛹偽ごときに手こずるようでは、里の未来を任せられない。 いい加減、お前も大人になれ」


「大人である前に、俺は兄だ」


「違う、鬼狩りの戦士だ」


 二人の意見はどこまでも平行線だった。

 タタキは弟に鬼狩りとしてだけでなく、ただの元気な人間としての人生も歩ませてあげたい。

 タタリはタタラの才能を存分に発揮させることにより、立派な戦士として育て上げたい。

 お互いにタタラを想う気持ちは同じだが、ベクトルは全く異なるものだった。

 

「これ以上喋る気はない」


「父さん!」

 

 タタリは一息吐き、部屋のドアへと歩く。

 タタキは呼び止めようと声を上げた。まだ話し足りない。このまま行かせては、結局またいつもと何も分からないままだ。

 

「まだ話は──!」

 

 タタリは立ち止まり、黒い瞳でタタキを見た。

 ゾワリ、とタタリの背中に嫌な感覚が走った。

 タタキは言葉を続けることができなかった。まるで見えない何かに押さえつけられているように、全身が動かない。

 目だ。タタキのあまりに冷たい目に、気圧されてしまったのだ。どこまでも暗く、深い目。まるで、そこだけが世界から欠落しているように。

 タタリが再び歩き始める。

 少し間をおいて、壁に寄りかかっていたダイガもタタリの後ろについて歩いて行った。


 タタキは、ただ父の背を見ていることしかできなかった。

 タタリが部屋から出て、扉を閉める。

 扉が完全に閉まると同時に、タタキを覆っていた重圧が消え失せた。

 

「……くそッ」


 部屋に一人残されたタタキは、悔しさのあまりその場で拳を握ることしかできなかった。



 部屋から出て、廊下を歩くタタリとダイガ。

 息子にあれだけの態度をとったにも関わらず、全くブレずに先頭を歩くタタリの背を、ダイガはジッと見つめていた。


「しっかし、自分の息子に随分とエグいことしましたねぇ」

 

「君もご苦労だった。 タタキのお目付役を頼んで」

 

「いいえ、こっちはこっちで面白いもん見れましたし」

 

 面倒な仕事を押し付けられたにもかかわらず、全く気にしていない素振りを見せる。

 一族を統べる長に対する態度ではない。その理由は、二人は一族とは異なる上下関係を築いているからだ。

 ダイガはタタリ直属の指揮下で各地の情報収集におもむき、里一の密偵としての裏の顔を持っているのだ。

 里から浮き、なおかつ上位に位置する実力を持つダイガだからこその役職である。

 

「これを機に、タタキも鬼狩りとしての使命を自覚してくれればいいんだがな」

 

(ホントこの親子似てるな)

 

 理由は目的は違えど、やはり親子なのか面白いほど似てる部分がチマチマと見つけられた。

 

「それより、例の情報なんだが……」

 

「ええ、見つけるの大変でしたよ」

 

 二人は本題に入る。

 タタリに任されたもう一つの任務。ダイガはそれを書き留めた資料をタタリに渡した。

 

「……“共喰いの吸血鬼”。ついに姿を現したか」

 


 ▼



 本部を出たタタキは浮かない顔をして、重い足取りである場所へと向かっていた。

 里の表通りから外れ、薄暗い森の中心に立つ山を奥へ奥へと進んでいく。


 里の一角、山の大きな洞窟の中。

 ここは鬼狩りの戦士たちが扱う武器を作る工場。

 本部と並ぶ、鬼狩り一族の要の一つである。

 ここに来るまでに進んできた森と負けず劣らず、工房の中も薄暗い。しかしそこは工場らしく焼け付くような熱気と、体の芯まで響くような金属を鍛錬する甲高い打撃音が掻き鳴らされていた。


 精悍な男達は諸肌脱ぎで汗をほとばしらせながら槌を振るっている。

 火花が弾け、周囲に閃光を巻き散らし、彼らの手によってただの金属塊が、戦士たちが命を預ける武器の形へと昇華されていく。 


「ごめんください」


 重々しい声でタタキは中へ入った。

 作業場に入ってきたタタキの存在に数人が気づき、「おう」「ああ」と少ない返事を返して作業に戻った。

 相変わらずの素っ気ない態度に、タタキは苦笑いを浮かべる。

 一流の職人たちの怒号と熱気、作業風景を見ながら奥へ進む。

 歩を進めるごとに、だんだんと熱気が失せていく。代わりに血生臭い臭いが鼻に触り、吐き気が込み上げてきた。


 この工場の中心、斬鬼刀製造である。

 気づけばもう先ほどの作業場とは、全く別の場所となっていた。

 床一面に血が染み込み、所々に腐った臓物や肉塊の一部が捨てられている。さらに見渡せば、灰になっていない吸血鬼の死体が腐らないよう丁重に保存、扱われていた。

 この場で作業する職人たちは、その吸血鬼の皮や臓物を剥ぎ取り、その骨を取り出して集めている。


 そう、斬鬼刀の素材は“吸血鬼の骨”だ。


 鬼狩りがまだ銀の武器を主流に使っていた時代。

 ダメージを与えられるものの、決定打にはならなかった。

 先祖たちはそんな吸血鬼が唯一、禁忌としているものに着目した。それが、“共喰い”だ。

 吸血鬼の骨は、人を捕食するための“吸血器官”である。それを牙であり、爪として血肉を喰らいやすくするためだ。蛹偽のように腕の鞭を骨の棘でほき強したり、変形させて武器とする吸血鬼も存在する。

 骨による攻撃は吸血鬼にとって再生が遅くなってしまい、絶命する危険性がある。それに目をつけた先祖たちが命を削り、斬鬼刀という吸血鬼を確実に殺せる武器を開発したのだ。


 見れば見るほど気が狂いそうになる残酷な光景。

 当時は反対意見も出ていたそうだが、今となっては昔の話である。

 斬鬼刀は元となった吸血鬼が強力であれば強力であるほど、その性能を増す。鬼狩りの戦士は、倒した吸血鬼を持ち帰り、それを鍛冶師に依頼し、刀の補強や強化のために使うのだ。


「俺たちはロクな死にかたできないのかもな」


「戦いに生きる者、幸福になれる奴はそうおらんわ」

 

 あまり機嫌の良くなさそうな声が、タタキへと向けられた。

 振り向けば、そこには焦げの入ったヒゲを生やした老人が立っていた。

 体格は細身、しかし引き締まっている。この鍛冶場を取り仕切る親方、“レッテツ”である。


「ふん、またタタリに泣かされてきたか小僧」


 レッテツはぶっきらぼうで無愛想な口調を振りまくが、面倒見が良く、里の子供にも好かれている。

 タタキも子供の頃はよく世話になり、タタリと対立して言い負かされた時にはよく相談相手になってくれた。

 ある意味、もう一人の父のような存在だ。


「とりあえずワシの部屋にこい。ここじゃ落ち着いて話せんだろうて」


「……ありがとうございます」


 さすがにこのような場所で飲食はせず、ちゃんとそういった部屋は作られている。

 礼を言い、タタキはレッテツの案内で部屋へ案内された。

 中は機材や角材が散らばっており、お世辞にも清潔とは言えない。だが作業場よりかはかなりマシで、鍛治師にとってもこういった場が落ち着くのだろうと考えさせられる部屋だった。

 タタキはテーブルを挟んで、レッテツと向かい合うように座った。


「ほらよ、取り敢えず飲みな」


 差し出されたのは、レッテツ特製の茶だ。

 すごく苦いが、里の老人には評判が良く、タタキも年が経つごとにこの苦さを好むようになっていった。

 タタキは一口、茶を含み軽く口の中で踊らせて飲み込んだ。

 ふぅ、と一息ついたタタキの表情には、さっきまで眉間に寄せていたシワがなくなっていた。


「で、今度はなにがあった?」


 トゲトゲしさが抜けて落ち着いたタタキに、レッテツが問うた。

 タタキは父タタリから言われた言葉、タタラとの関係、これまでのことを全て話した。


「お前たちは相変わらずだな」


 全てを聞き終えたレッテツは、半端予想通りの内容に呆れたように息を吐いた。


「はっきり言って、お前は鬼狩りとしての使命をよく理解している。タタリもタタリなりに、息子(お前)たちを想っている」


「……父さんが?」


 訝しげに顔を歪めるタタキ。

 修行と称してタタラを半殺しにし、タナリには全く構ってくれず、タタキとの会話も無理矢理終わらせたあの父親が、自分たちを想っているとなると、やはり疑問を抱いた。

 確かに、一族の長としての立場も考えられるが、それでも少しは父親らしいことをして欲しいとタタキは感じている。


「ただちょっとのすれ違いと、お互い考えすぎなせいで関係がこじれているだけだ。 お前らは一度、感情を爆発させずにゆっくり話した方がいい。途中で中断せず、最後の最後まで吐き出してな」


 そう言って、レッテツは茶をグビッと一口で飲み干した。

 「はい……」心の中では若干、自覚があったのか、タタキは重たい声でうなずいた。


「まだなにか聞きたいことがあるのか?」


「そもそも、鬼狩り一族ってなんなんですか?………吸血鬼って、なんなんですか?」


 親子間の話は終え、タタキは今もっとも気になっていたことをレッテツへ問うた。

 子供のころは大人たちの価値観や教育のせいで気づかなかったが、成長し物事を考えられる歳になり、タタキは疑問を抱き始めていた。

 そもそも、吸血鬼とはいったいなんの存在なのか。なぜ、鬼狩り一族ができたのか。

 タタリに「自覚がない」と言われたこの機に、タタキはまず原点から知ろうとしていた。


「お前、今年でいくつになった?」


「えっと……ちょうど、二十歳(ハタチ)です」


「なら、もう知ってもいいころか」 

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