2−4 蛹偽 ‐月を背にし、現れる男‐
迫る腕の鞭。それが放たれた瞬間、タタラはガバッと顔と右手を上げた。
タタラは右手に持つ掌サイズの球を投げつけ、同時に腕 左腕で目を隠した。
「ッ、マズイ!」
蛹偽が焦った表情を浮かべたが、もう遅かった。
カッ! 投げられた球から、衝撃とともに一気に光が放射された。
光はただの光ではない、太陽の光を含んでいた。
鬼狩りの武器の一つ『陽光弾』。
太陽の光を集めて放射させる閃光弾である。
当然、それ一発で吸血鬼を灰にできるほどの光は入っていないが、人間のように怯ませたり、失明させることができる。
しかし、その効果は人間にも同様であるため、使用には注意が必要な代物である。
「がぁ……ああぁ……!」
直撃した蛹偽は太陽の光に身を焼かれ、もがき苦しむ。微量とはいえ、吸血鬼にとって猛毒である太陽の光によって、攻撃どころではなくなってしまった。
本当にこれは、吸血鬼にとって嫌な武器だ。
ジュゥゥ……! 肉が焼かれるような音を立てながら二歩、三本と交代する蛹偽をタタラは逃さない。
光が収まると直ぐに起き上がったタタラは、光に紛れて再び蛹偽に向かって走る。
苦し紛れに放たれた鞭を今度こそかわし、一気に肉薄する。その走りには先程のような、脳の麻痺によるグラつきがなかった。
タタラの脳を苦しめていた衝撃は、別の衝撃によって相殺されていた。
水面の渦に、全く逆回転の渦を当てると相殺されるように、タタラは脳に衝撃を喰らった後、自分で全く同じ衝撃を脳に喰らわせたのだ。
当然、そのような芸当は理論上は可能だが、戦闘中にそれが可能かどうかは難しい。タイミングや衝撃の強さを間違えれば、更に脳へ深刻なダメージを与えることになるり
たとえベテランの鬼狩りでも一か八かの行為。それを容易く、迷いなく行い成功させられたのは、タタラの鬼狩りとしての天性の才能によるものだった。
タタラはすでに、蛹偽のすぐ目の前へたどり着いていた。一気に斬鬼刀を構え直し、蛹偽に向けて振り下ろす。
「ッ!?」
斬った手応えはあった。だがそれは胴を斬り裂き、命を刈り取った感触ではなかった。
タタラの目の前に転がる一本の足。タタラが斬ったのはソレだった。
タタラが態勢を立て直すより先に、頭上から攻撃が襲ってきた。意識外からの攻撃に、肺の空気が一気に吐き出され、床にめり込むかのように叩きつけられた。
床に倒れ伏すタタラは辛うじて顔を動かし、攻撃が来た頭上へ目を向けた。
そこには片足をなくし、光によって焼かれ、身体の前半分の筋肉が露出した蛹偽が、天井へ張り付いている姿があった。
タタラに斬られる直前、蛹偽は天井へ跳んだのだ。片足が犠牲になったが、結果的に蛹偽はこの戦いの駆け引きに勝利した。
蛹偽は今度こそタタラを確実に殺すため、落下しながら腕の鞭を振るう。
だが、それがタタラに届くことはなかった。
それよりも早く投げつけられた陽光弾が、蛹偽の顔面に当たった。光弾が光を放ち、蛹偽は再びその光に身を焼かれた。
「あ゛あ゛あ゛……ッ!……あ゛がぁあ‼︎‼︎」
光が放たれて、一歩遅れて光弾を放った第三者による斬撃が蛹偽の胸を水平に斬った。
「ッ……浅いか!」
第三者は、一階で襲ってきた屍鬼を全て倒し、急いで二階へ上がってきたタタキだった。
タタキが最初に目にしたのは、蛹偽に倒されるタタラの姿だった。タタキはとっさに陽光弾を投げ、蛹偽へ斬りかかったのだ。
蛹偽は光に焼かれながらも、上体起こしによって体を逸らし、タタキの攻撃をかわした。さらに、逸らした状態からの長い足でタタキを廊下の奥へと蹴り飛ばした。
「ガッ⁉︎」
「グゥ……ウゥン……!」
蛹偽の顔は、直撃した右半分が灰となっていた。
残った左目をギョロギョロ動かし、教会の窓を見た。
「させるかッ!」
窓に向かって走る蛹偽に、タタキは直ぐに立ち上がって、斬鬼刀を思いっきり投げた。
一直線に向かってくる斬鬼刀を、蛹偽は振り向きながらはたき落した。
直後、蛹偽の顔面へ衝撃が走る。
斬鬼刀を投げたと同時に、タタキは蛹偽に向かって走り、膝蹴りを喰らわせたのだ。
鬼狩り以外の武器、ましてや生身の人間の攻撃など吸血鬼には有効打にならない。が、ダメージを負い、片足をなくしバランスの不安定な状態なら、その衝撃で倒すだけなら可能だった。
はたき落とされた斬鬼刀を拾い、タタキは蛹偽の馬乗りになって切っ先を突き立てようとする。
が、それよりも早く人間に寄生する容量で、蛹偽は体を縮小しその刃を回避した。
股から背後へ移動した蛹偽が、タタキの首筋へ噛み付こうと牙を剥き出し襲いかかる。しかし、その背後から別の斬鬼刀によって貫かれた。
「タタラッ!」
蛹偽を突き刺したのは、頭から血を流しながら虚ろな目を剥けるタタラだった。
『命ある限り、戦え。 それが鬼狩りの使命だ』
タタラを動かしていたのは、タタリによって植え付けられた鬼狩りの使命だった。
タタラは斬鬼刀を突き刺したまま、蛹偽の右横腹へ斬り裂いた。
それに続き、タタキも蛹偽に向かって袈裟斬りに斬鬼刀を振り下ろした。
前後からの攻撃に、蛹偽は血と血反吐を撒き散らし、ヨロヨロと右へ左へと足を泳がせる。
「あがぁ……ゲボッ……オゴォ!」
一瞬、勝利を確信してタタラとタタキの気が緩んだ、その時だ。
今にも死にそうな、虫の息だった蛹偽が二人に向けて両腕を振るった。
「しまッ!」
「ふぅ!……ふぅ……!」
吸血鬼の生命力は人間を遥かに超える。特に強力な吸血鬼なら尚更だ。
伊達に何十年も、鬼狩りの戦士を退けていない。蛹偽はダメージこそ大きかったが、まだ余力を残していた。
(血を、失いすぎたぁ……!)
蛹偽は血走った目を剥け、倒れ伏した二人に向かって走る。
余力を残しているとはいえ、流石に蛹偽は血を流しすぎた。このまま倒しただけでは、もし他の鬼狩りに見つかれば逃れられるほどの体力は残っていないだろう。
タタラとタタキの血肉を喰らい、体力と肉体を回復させるために。
この判断が、蛹偽の敗北につながった。
タタラの首筋に噛み付こうとしたその時、窓から放たれた二つの閃光が、蛹偽の牙を撃ち砕いた。
「グギャァァァァァア⁉︎⁉︎」
自慢の牙が砕かれ、蛹偽は叫び声を上げる。
その姿を嘲笑うかのように、窓から一人の男が入ってきた。
「お出かけは楽しかったか?」
「ダ……ダイガ」
現れたダイガにタタキは驚きを隠せないでいた。
目を見開き、突き破った窓から差し込む月の光に照らされるダイガを見上げた。
「ッ、後ろ!」
「分かってる」
ダイガは振り向き様に、蛹偽が放った腕の鞭を斬鬼刀で切り落とした。初見であるにもかかわらず、蛹偽が腕を引くタイミングも逃さなかった。
同時に片方の手に持っていた拳銃を向け、銀の弾を発砲した。
銀は斬鬼刀に比べれば決定打にはならないが、吸血鬼にダメージを与えることができる数少ない武器の一つだ。
銀の武器は副武器として鬼狩りが重宝するものである。
放たれた銀の弾丸は的確に、蛹偽の残った左目を撃ち抜いた。
「ガアァッ……アアアッ……アアアァ!!!」
左目を撃ち抜かれた蛹偽は無尽蔵に残った片腕を振るった。イタチの最後っ屁で床や壁を破壊していく。
その見苦しい光景を見たダイガは、ハッと鼻で笑っう。
大蛇のようにウネり迫り来る腕をやすやすと切り落とした。
「ダイガ、ダメだ! こいつは……!」
蛹偽は無意味に暴れるような相手ではない。
それを知っているタタキの予想通り、蛹偽は残った腕が切り落とされた瞬間、ダイガが斬鬼刀を振るい隙ができた直後、最後に残った足を腕の鞭同様に放った。
ドンピシャ。放った足はダイガに直撃し、足の爪がその胴に突き刺さった———ように見えた。
確かに当たった。だが、ダイガは笑みをやめなかった。
当たった直後、ダイガが衝撃を受け流すように体を逸らしたことで、足は通り過ぎてしまった。
伸びきった足は直ぐに切り落とされ、四肢をなくした蛹偽はその場に倒れた。
同時に、ダイガが振り下ろした斬鬼刀がその首を斬り落とした。
今際の際。己を見下ろすダイガの冷たい瞳を見て、蛹偽は死んだ。
「はい終わり。 お前らの獲物を取って悪かったな。だが怒るなよ?仕留めきれなかった、お前らが悪いんだから」
やすやすと蛹偽を討伐し、銃を指でくるくる回しながらダイガは言った。
だが、そんなダイガの言葉を無視してタタキは、タタラの治療にあたっていた。
「……お前、弟想いすぎてちょっとキモいぞ?」
「うるさい、黙れ。 助けてくれてありがとう」
「素直にどういたしまして、って言いたくないな」
タタキのそっけないんだか、そうでないんだかわからない感謝の言葉に、ダイガは引きつった笑みを浮かべた。
「お前の弟さぁ、たしかに才能あるし強いけど……。やっぱまだ発展途上ってところがあるよなぁ」
気を失い、タタキに抱き抱えられているタタラを見て、ダイガは息を吐いた。
「里へ帰ったら、お父さんのところいけよ」
「ッ……ああ」




