1−2 狩人 -腐れ縁と指導者-
「これで父さんもわかってくれればいいんだけど」
タタキは報告と称した親子ゲンカを終えて、本部の長い廊下を歩いていた。
父に対して言いたいことを吐き出したが、スッキリするより逆に肩に重荷を背負った感覚に襲われていた。
考えてみれば、言葉の一つや二つで考えを変えるほど、甘い父ではないと改めて思い返していた。
(いや、言いたいことは言ったんだ。それでもダメならもっと言ってやる!)
タタキは胸を張り、歩を進める。目を前に向け、俯いたりはしない。
出口に向かって角を曲がろうとした瞬間、突然陰から一筋の閃光がタタキに向かって放たれた。
「ッ!?」
不意をついた死角からの、鋭く早い一撃を、タタキは身をかがめることで回避した。
向かって来た両刃剣はギリギリギリでタタキの頭部を掠めて、髪が二、三本宙を舞った。
回避と同時に曲げた膝のバネを利用し、バク転で後方へ非難した。
ここは鬼狩り一族の本部だ。全ての鬼狩りの戦士を統べ、指示を回す神聖な場所である。
下の者に示しをつかせるために、規律を重んじる志向の高いこの場所で、人を襲うなどバカげた行為であった。
「いったい誰が?」と視線を巡らせれば、目の前に見覚えのある男が立っていた。
その男を見た瞬間、タタキはため息を深く吐いた。
「よぅ」
「またお前か、“ダイガ”」
タタキを襲った男は長い黒髪を束ねた、妖しい笑みを浮かべた青年だった。
身長は同じくらいだろうか、しかしがっしりとしたくましいガタイのタタキとは違い、すらりとした長身で、体格は一見細く見えるも、無駄のない鋭いとも言える筋肉が、服装の下からでもわかる。
特に目を見張る特徴は、首の周りにぶら下がっている、人骨を加工した趣味の悪い首飾りだろう。誰もがそれを見て、顔をしかめるほどだ。
ダイガは剣をクルクルと手で回しながら、笑い声混じりに言う。
「また長に啖呵切ったそうだな。懲りない奴だ」
「なんとでも言え。お前とのやりとりはもう飽きた、うんざりなんだよ」
「飽きたり興味のない話は、直ぐに終わらせようとする……。お前のそういうところは、父親にそっくりだなぁ」
「うぐっ……!」
腐れ縁のダイガに痛いところを突かれ、タタキは気まずそうに視線をそらした。
意外と細かいところが父と似ている、それはタタキ自身にも自覚はあったし、悩みの種でもあった。
そんなタタキをダイガは面白そうに、クスクスと色気のある顔で笑った。
「お前の弟、また強くなったなぁ」
「………その話はするな」
不機嫌が増したタタキは、さっさと愛する弟妹の元へ戻ろうと、ダイガの横を素通りしようとするが、
「おいおい、もう少し話そうぜ?」
ダイガは一瞬で、タタキの前へ回り込み行く手を阻んだ。
鬱陶しく睨みつけるタタキと、余裕な笑みを浮かべるダイガ。
「相変わらず、なんなんだお前は。うっとおしい」
「俺はお前を認めてるんだよ。周りの奴らはお前を意に介さず、弟の方にゾッコンだが……」
一瞬、言葉を止めたダイガは、ブラブラとぶら下げていた剣を、下段から振り上げた。
下からくる至近距離からの疾い剣筋を、タタキは体を逸らして避ける。
「お前も……俺に劣るがそれなりの才と実力を持ってるからな」
「そんなんだからお前はボッチなんだよ、ナルシスト」
タタキの眉間に、ピキピキとシワと血管が寄せられていく。
顔はいいのに人を見下した態度が全開、なおかつ凄まじく濃い俺様なダイガ。
「なんでこんな奴に気に入られたんだ!」と、心の中でタタキは叫ぶも、同時に半端諦めた状態だ。
ダイガは鬼狩り中で、里で上位に入る指折りの戦士である。
単独で吸血鬼を討滅したのは、わずか十六歳の頃。齢十五歳で単独初討伐したタタラを除けば、ダイガは史上最短記録の持ち主である。
だが、その実力ゆえなのか、誰彼構わず人を喰ったような態度をとり、先ほどのように気に入った相手にいきなり襲い掛かるなど問題も多く、タタキとは別のベクトルで問題児として扱われて来た。
そんなダイガよりも才能を持ち、今もなおありえない速度で成長し続けているタタラに興味を抱くのは当然であった。が、それよりも興味をそそられる存在がいたのだ。
その相手がなぜか、
「お前は本当に面白い奴だよ」
「それはイジりがいのあるやつって意味か?」
タタキはなにを言われようと邪険に返した。
対してダイガは、そんなタタキの態度も面白そうに笑うだけだった。
「それもあるが………おっと」
ダイガは、タタキの背後にいる人物の存在に気がついた。
ゴホンッ! 咳払いともに放たれるプレッシャー。これだけでタタキは背後に誰がいるのか分かった。
タタキがゆっくりと後ろを振り向くと、そこにいたのは、鋭い目をギラつかせた“リドウ”だった。
頭を丸く剃り、二メートルにも達するがっしりとした体つきのリドウの風貌は、鬼狩りの戦士随一の体格を誇る。
圧倒的な身長と実力差のあるリドウに睨まれ、ダイガはおふざけが過ぎたと肩をすくめ、タタキは焦り「申し訳ありません」と、深く頭を下げた。
「本部で何をやっている。問題児ども」
リドウは鬼狩り一族を束ねるタタリの補佐役、つまり右腕だ。
若き頃、タタリとは共に吸血鬼との修羅場をくぐり抜けた無二の戦友として、その戦い振りは里では今でも語り草なほどである。
リドウは大の大人でも持ち上げるのが困難な専用の薙刀を軽々と振り回し、吸血鬼を薙ぎ払う屈強な鬼狩りの戦士であった。今では若い鬼狩りの育成に力を入れ、里の若い鬼狩りの戦士はみな、リドウから訓練を受けた。
タタキやダイガも幼いころに戦いの基礎を学んでおり、リドウだけには頭が上がらない存在だった。
「ちょっとした戯れですよ」
反省の色の見えないダイガに、「状況考えろ」といった目を向けるタタキ。
その瞬間、二人の脳天に岩のようなゲンコツが落ちてきた。
ゴチンッ! 痛々しい音が響き渡り、ダイガとタタキは頭を抑え、その場に倒れ蹲る。
「この大馬鹿ものどもが!」
その光景はまさに、イタズラがバレた子供とそれを叱る親の図だった。
「ダイガ。本部で武器を振り回すなど正気ではないぞ!物事をお前の常識で計ろうとするな!そしてタタキ……長に苦言を申したそうだな。外にまで声が聞こえていたぞ」
「だったら分かるでしょう、あなたにも……」
タタキはふらふらと立ち上がり、リドウと真っ直ぐに目を合わせた。
リドウも話の内容は理解していた。タタキが本気になる物事は、鬼狩りと家族を守ることだけだと分かっているからだ。
「たしかにタタリの、最近のタタラへの教育は俺から見ても異常だが……」
「だったら!」
「だからと言って、あいつが息子を一兵士としてしか見ていないわけではない。あいつも、焦ってるんだ……」
「焦ってるって、何を……」
タタキが問う。
リドウははぐらかすように頭をかき、大きく息を吐いた。
「とにかく、俺からも長に言っておいてやる。お前たちは、死なないよう腕を磨いておけ。いいな?」
二人に念を押すリドウ。
厳しくもそこには、弟子に死んでほしくないという優しさが、その言葉には含まれていた。
タタキは少し不服そうに頷く。
「まず、弟妹の様子を見てからにしますよ」
「そんなことで時間を食うと、だんだん弟に引き離されるかもしれないな」
ケラケラと笑うダイガの言葉に、タタキはフンッと鼻を鳴らし、まずは妹いる病院の方へ歩いていった。
遠くなっていくタタキの背中を見め、ダイガはにやけた顔で、呆れたようにため息を吐いた。
「否定しててもやっぱり親子だな。父親に似てる」
「そうか……俺は母親に似ていると思うがな」
リドウは、タタリの妻でありタタキ達の母のことを思い出す。
タタリの妻は、長の後継として頭の中が鬼狩りと一族のことで没頭していた夫が暴走しないようストッパーとして良く見守り、慕っていた。タタリもその愛情に触れ、今より人間味にあふれていたほどだった。
本当によくできた妻であり、里においても人気のある女人だった。
しかし、タタキの双子の弟妹を産んで数日後、ある吸血鬼に襲われ命を落とした。
あの時からタタリは再び感情のない鬼狩りの長に戻り、これまで以上に過激な思考を持つようになった。
才能を持つタタラに、英才教育を施すようにもなかった。
それによりタタラはまるで、もう一人のタタリのようになってしまった。
これは長らく共に戦ってきたリドウから見ても、ときどき身震いしてしまうほどに恐ろしく思えた。
しかし、だからこそ弟や妹のために心配し、身をすり減らすタタリの姿が母親と重なって見えるのだ。
「俺も……変わらなければならないか」
「………変わるねぇ」
何かを決心しているようなリドウ横顔を、ダイガは訝しげに見つめていた。