1−1 狩人 -鬼を狩る者たち-
処女作です。
これから作品を投稿していきますので、頑張っていきたいと思います。
なろう投稿は勢いが大事と教えられたので、まず9話くらい投稿してみます。
作品の不満点や感想などは遠慮せずにお願いします。
その始まりはどこからなのか、いつからなのか分からない。
挙げていけば様々な数字が、様々な年月日時が出てくるだろう。
闇から生まれし物の怪を、闇の中で切り裂く。
彼らの戦いが終わることはない。
そして、今夜も……。
間断なく聞こえる剣戟と、時折腹に響くような怒号が夜の町に響き渡る。
ブロックとレンガ、木々で作られた家屋がならび、広く敷かれた石畳の通路。
深く暗い町の中。夜空の中心で光る月の下で、二つの影が互いの命を減らしながら、相手の命を狩らんと死闘を繰り広げていた。
白刃を手にする、人間の少年。
夜の暗さに溶け込むような黒髪を揺らし、濁った無機質な目で敵を捉えて、斬りかかる。
少年の相対する敵の怪物は、外見は人に似た形だが病的に白い肌に、鋭い牙を剥き出しにしていた。血の色より赤い瞳を妖しく輝かせるその姿は、正しく——“吸血鬼”。
吸血鬼は腕から剥き出しになった骨を、刺々しい得物へと形を変えて、少年に攻め入った。
少年は襲い来る骨の棘を次々に回避するが、その内の一つが横腹を穿った。
血が頬に飛び散り、吸血鬼はニヤリと笑う。
が、少年は怯まず突進した。眼前の敵を捉え、内から湧き出る静かな気合いとともに刀を振るった。
殺った。吸血鬼の首が宙を舞い、地面に落ちた。
首を刎ねられた吸血鬼は、もう動かなくなった。赤い瞳もその光を失っていく。
少年はがくりと膝をつき、肩で息をする。激戦のダメージが意識を朦朧とさせていた。
暫くそうした後、なんとか息を整え、刀を杖のようにして立った。
吸血鬼の骸に背を向け、少年は歩き出した。
その足が少しふらついた。全身に傷を負っている。しかし少年は傷も痛みも無視して、一歩一歩少しづつ進んでいく。
建物の隙間から、光が差し込むのが見えた。
戦いが終わった頃には、丁度夜明けになっていた。
天から落ちる光を、少年は全身で受け止める。
朝日は、少年に勝利の称賛を。吸血鬼には、敗北の滅光を与える。
吸血鬼の体が朝日の光に当たり、当たった箇所から血も肉も、干からびて、燃えて灰になってゆく。
それを横目で一瞥し、少年は再び遠ざかって行くと、吸血鬼の頭部に異変が起きた。赤い瞳が微かに光を取り戻し、少年をジッと見つめている。
吸血鬼は少年の背を見つめながら、
「悲しいかな……嬉しいかな……」
吸血鬼は呟く。その声は、無論少年には届いていない。
「呪われた一族の運命に、身を委ねるか。あてもなく、彷徨い続けるか」
吸血鬼が、笑ったように見えた。
「それが、“鬼狩り一族”の運命よ。いずれ、また見えよう———」
◆
年の頃は十五歳かそこらといった少年の眼には、勝利の喜びも、生き延びた安堵もなかった。
「タタラッ!」
路地裏の陰から、少年とよく似た顔立ちの青年が現れた。
少年とは別の場所で戦っていたのだろうか、彼も少年と同じく服が切り傷や血によって染まっていた。
青年は、“タタラ”と呼ばれた少年の兄“タタキ”だ。
二人の外見は黒髪が特徴的でよく似ている。違う点は、弟は異なりその眼と表情に感情があることだろう。
無表情な弟とは異なり、兄の顔には喜怒哀楽がちゃんと表さらており、その眼は薄い青色だ。
タタラの前に立ったタタキは、弟の痛々しい姿を見て、サァッと顔から血の気が引いた。
「怪我しているじゃないか!?」
「…………」
タタキは急いでタタラを治療する。
しかし、タタラは自分を心配してくれる兄を前に、全く反応していない。まるで人形のような無表情で、輝く夜明けを見つめ続けていた。
年相応とは言い難い、非常に不気味な顔だ。
そんなタタラを前にして、タタキは複雑な表情で傷に消毒液や包帯を巻いていく。
「怪我したならしたって言えよ。本当にお前は心配ばかりさせるなぁ」
タタキは心配半分、怒り半分でタタラを叱咤する。
それに対しても、タタラの無表情は変わらない。聞こえていないかのように、全く反応がない。
タタキは、はぁとため息を吐き今度は優しく問いかけた。
「まだどこか痛いところないか?傷、しみないか?」
優しい笑顔で問いかけるタタキ。
兄の問いに、タタラの返事は無かった。ゆっくりとタタキの横を素通りし、帰るべき場所へ帰っていく。
タタキは再びため息を吐いた。
「今に始まった事じゃないか」と、半端諦めたような声で、弟と同じ夜明けを見上げた。
「でも、やっぱり心配なんだよ」
深い山林の奥にその里はあった。
西の大陸に位置する大国“レオネル王国”。
この国土には。“封魔峰”と呼ばれる大きな山がある。その山頂に位置する里……それこそがタタキたちの故郷であった。
封魔峰はどんな地図にも載っておらず、その名を口にする者はほとんどいない。
山頂でひっそりと栄える里もまた、一種の秘密機関であるがゆえに、存在を知る者はごくわずかであった。
もちろん国の上層部でも里の存在を知る者は極めて少ない。
彼らを知るのは、国を統治する国王とその近臣、将軍と極一部である。
その里に住まう者たちこそが、“鬼狩り一族”と呼ばれる古の時代より生き長らえてきた部族だった。
「吸血鬼の討伐、完了いたしました」
里の中心に建てられた、ひときわ立派な建物。
鬼狩り一族の総本山である本部の奥室で、タタキは任務の報告を行なっていた。
タタキの目の前で、威厳のあるたたずまいでその報告を聞くのは、鬼狩り一族の長でありタタラ、タタキの実父“タタリ”。
壮年であるため、顔のところどころにシワが見えるが、その顔立ちは二人とよく似ている。鍛え上げた凛々しい肉体により、実年齢より若くも感じられる。
だがタタラのように、その目には感情が無く、息子を前にしてもまるで他人を見るような冷たい目をしていた。
「ご苦労」
返ってきたのはその一言だけ。
タキラは感情のこもっていない父親の言葉に、やるせない感情を抱き下唇を噛み締めた。
「一つ……教えて下さい」
タタキが鋭い目を、父であるタタリに向けた。
普段温厚なタタキの形相に、タタリは「なんだ」と冷たく言う。
「なぜ……タタラを一人で吸血鬼と戦わせるよう、命じたんですか?」
「実戦経験を積ませるためだ」
一寸の間もなく返すタタリ。
その声には「またその話か」という、呆れの色も混ざっていた。
タタキの怒りは更に増す。
吸血鬼との戦いは、極めて危険が伴う。人間の数倍以上の身体能力と、人智をこえた特殊な能力によって、例え大人の鬼狩りであっても一歩間違えば簡単に命を落とすほどである。
タタキの頭には、脳裏に刻まれた光景が次々に走馬灯のように駆け巡っていた。
四肢の一部を失い絶望の表情を浮かべた者。
仲間の犠牲で助かったと泣きながら帰還した者。
妻や子を残して吸血鬼狩りに向かい、そのまま帰って来なかった者。
そんな残酷な光景を、長の息子として小さい頃から見てきたタタキは、まだ十五の弟であるタタラを一人で戦わせた父に本気で怒った。
「お前も分かるだろう。タタラの才能を」
声を上げようとしたタタキを、タタリはプレッシャーと重みのある言葉で制した。
「鬼狩りの歴史上この先も、あの子以上の才を持った子は現れない。 だからこそ、早い段階から実戦を積ませ…」
「その結果が……アレなんですかッ?」
声のトーンが低くなり、怒りを孕みながら言うタタキ。
タタリのプレッシャーを跳ね返し、立ち上がった。
「泣きもしないし、笑いもしない……痛いと感じても、顔にも声にも出さない。 まだ十五の子供ですよ?まるで人形じゃないか」
先程までの丁寧な口調は砕け、長の部下ではなく、父の息子としてタタキは声を上げる。
タタラは鬼狩りの戦士として、圧倒的な才能を持って生まれてきた。
タキラも非凡な才を持ち、二十にして前線に立てる実力を持つが、タタラの才能と比べれば凡夫と変わらない差があった。
その才能にいち早く目をつけたタタリは、幼い頃からタタラの才能に見合った拷問のような英才教育の数々を課した。
タタラはそれをやすやすとこなしていき、期待の炎はそれに合わせて、薪をくべられたように増していった。
英才教育によって感情や感覚が麻痺し、日に日に人としての感情が薄れていくタタラを、タタキは兄として放ってはおけなかった。
何度も大人たちに抗議し、そのせいで自分の首を締めることになっているが、それがどうしたと、長である父に抗議しているのだ。
だが、タタキの激しい怒りの感情を真正面から受けるタタリの眉一つ動かさない。
冷めた表情のまま、淡々と言い放った。
「才ある若者を、強い鬼狩りの戦士として育ててやるのが、我々大人の使命だ。 お前は、タタラが戦うのが反対なのか?」
「そうじゃない……!」
鬼狩りは古の時代より、吸血鬼と戦い、狩ることを使命としていた。
常人より優れた身体能力と感覚もさることながら、特にこの使命たらしてめているのは、人間を隷属させる吸血鬼の血に対する“抗体”を持っていることだ。
それゆえに鬼狩り一族は千年の間、歴史の裏で吸血鬼と長い戦いを繰り広げてきた。
その運命はタタキも理解している。
里の男子はみな、その使命を持って生まれて来た、鬼狩りの戦士だ。弟だからと優遇して戦わせたくないのは、見当違いだということも自覚している。
だが…
「だからといって人間性まで捨てるのは間違ってる、って言ってるんだよ!」
鬼狩りとして生まれ、鬼狩りとして生き、鬼狩りとして死ぬ。タタキは一族の方針を反対する気はない。
しかし人並みの感情、人並みの幸せすらも得られない。吸血鬼を狩ることだけしか存在意義を見い出せないような、戦闘マシーンに育てるのは違うと反論した。
「確かに、父さんの言ってることは正しいよ。鬼狩りとしての使命と誇りを重んじる姿勢は……言いたくはないけど、憧れてる」
「……」
視線を背け、不服な顔でタタキは言った。
「けど少し……ちょっとくらいは、息子や娘に父親らしいことしてやってくれよ」
弱々しい声を零し、タタキは部屋を後にした。
そんなタタキの背中を、タタリは濁った目で、ただ静かに見つめていた。