7.改めて
「名前はズール。歳はルシェの一つ下で……ってこれは前に言ったわね」
イオルは弟について思い出しながら話し始める。
「気が弱くていつもあたしの後ろをついてくるような子だった。思ったことも言えないから、近所の子供に虐められそうになって……もちろん、あたしが追い返してたけどね?」
「ふふふ、イオルさんは昔からイオルさんなんですね」
ルシェは楽しそうに笑う。
「ちょっと! か弱いあたしに向かってどういうことよ?」
「いえ、すみません」
謝りながらもルシェが笑いを止める気配はない。
「あたしは通信能力なんだから、周りが能力や魔力に目覚め始めた頃は大変だったのよ?」
「どうやって撃退していたんですか?」
「村の大人に『あたしを虐めてくる悪いやつがいます!』って通信で知らせたりとか」
「なるほど」
ルシェは大げさなリアクションを取る。
「村の大人にあたし達の味方は少なかったけど、唯一味方になってくれた商店の店主がなかなかの腕の持ち主でね。いつもお願いして協力してもらってた」
イオルはふんっと鼻を鳴らす。
「虐める側も試行錯誤するんだけど、大人の力には敵わないのよ。その商店が村で唯一の食料を売る店だったから、親にも迷惑がかかるし。それで、何とかね」
そういう面でイオル達はギリギリのラインで酷い目に合わずに生きて来れた。だけど、それも親が生きている間だけ。死んでしまえば、商店の店主でもどうにもできず、ズールは貴族の家に行くことになる。しかし、イオルはそれをルシェに詳しく話すつもりはなかった。
「ズールは優しい子よ。どんなに虐められても、虐めたやつらを傷つけることは良しとしなかった。自分は怪我をさせられたこともあるのにね」
イオルは肩を竦める。
「あたしはもっと酷い目に合わせてもいいと思ったんだけどね、ズールがそう言うから」
「イオルさんは弟さん想いなんですね」
ルシェは嬉しそうに微笑んだ。
「大丈夫です。きっとこの家に馴染めると思いますよ」
「そう……だといいけど」
イオルは小さく呟いたが、ルシェは気が付かない様子で、
「良かったらズールさんが住むことになる部屋を見に行きませんか? 片付けてあると母が言っていましたので」
「そうね、行ってみようかな」
暗い気持ちになりそうになるイオルだったが、ルシェの純粋な明るさに表情を和らげる。ルイフィスを見ていてわかっていたことではあったが、ルシェの家族はいい人たちだ。きっとズールも気に入ってくれる。イオルはルシェを見ているとそう思うことができた。
***
「お邪魔しました」
イオルはシャロク家への訪問を終えて帰路に着いた。今日は家へ泊まっていくというルシェは頑なにイオルを送っていくといって一緒にいる。イオルが断っても、
「俺がそうしたいだけなんです」
と、きっぱりと言い切るルシェを見て、ルシェの自分への気持ちを思い出させられたイオルは戸惑いながらも了承した。
「疲れませんでしたか?」
帰り道を歩きながらルシェがイオルを気遣う。
「少しね。でも、大丈夫よ。楽しかった」
「良かったです」
ルシェは安堵の息を漏らす。
「素敵なご家族ね。ルシェが羨ましい」
イオルはつい本音を零した。
「イオルさんとズールさんの関係も素敵だと思いますよ」
ルシェは微笑んでそう言う。イオルの心には暗い影が差しながらも表面では微笑んで見せた。
「あ、あの。イオルさん」
少しの沈黙の後、ルシェが声色を変えてイオルに声をかける。
「その……この前のことなんですが……」
「この前?」
「あの……ベルサロムの海で、俺がイオルさんに告白したこと、です」
「あ……」
いつもと違う雰囲気の理由を悟ったイオルはカチンと身体を強張らせる。
「あの時は突然すみませんでした。驚かせてしまって」
「ううん……」
「弟さんのことを理由にイオルさんに求婚してしまいましたけど、そういうことは抜きに改めてちゃんと伝えたくて」
ルシェは真面目な顔でイオルに向き直る。二人は足を止めて向かい合った。
「俺はイオルさんのことが好きです」
ドクドクとイオルの心臓が大きく鳴る。真剣な空気に、イオルは頷くことすらできない。
「急に言われても困ると思いますし、ベルロイさんのこともあるので、急ぐつもりはありません。ただ、弟さんのことは抜きにして、一人の人間として俺のことをどう思ってくれるか、考えてほしいんです」
弟のような存在だったルシェが今は一人の男の人に見える。痺れるような空気に当てられて、イオルの頬は赤く染まっていく。
「イオルさんはキースさんの前で猫を被っているのに、本性はワガママでめちゃくちゃですけど、本当は優しくて女性らしくて……そんなイオルさんに俺は惹かれたんです」
ルシェの真っ直ぐな告白がイオルの心に染みていく。
「……勢いではなく、ちゃんと伝えたかったので」
自分の気持ちを伝え終えると、ルシェの頬は僅かに赤らむ。
「では、帰りましょう」
ルシェはイオルの少し前を歩いて行く。イオルは小さく、
「ありがとう」
と、呟いて、その背中を追って歩き出した。