6.ご挨拶
「広そうじゃない」
「建物は……まあそうかもしれません。敷地いっぱい建物が建っているので、庭とかはないんですが」
「そんなの必要ないわよ。住めればいいじゃない。庭なんて貴族の見栄みたいなものよ」
「そうですね」
辛辣な意見を口にするイオルにルシェはくすりと笑った。
「さあ、どうぞ」
慣れた様子で小さな門を開き、イオルを敷地の中へと入れる。
「ただいま」
ルシェが扉を開けて屋敷に足を踏み入れると、そこには小さなエントランス。調度品などの置く場所はあまりなく、すぐに廊下や部屋へと続く扉が目に入る室内は、庭のない外観同様にイオルは好みだと思った。
「おかえりなさい」
すぐ側の扉が開いてゆったりとした声と共に出てきたのは暗い青色の髪の毛が綺麗に巻かれている女性だった。きっと、若い頃はモテていただろうと思うぱっちりとした瞳が可愛らしい女性だ。
「ルー、元気だった? 全然顔を見せてくれないんだもの」
女性は躊躇いなくルシェに近づき、その頭を撫でる。イオルの目の前でルーと愛称で呼ばれたことと、子供のような扱いを受けていることに不満そうな表情のルシェだったが、その手を拒否することはしない。
「とりあえず、どうぞこちらへ」
女性に招かれるまま部屋へと入ると、そこは白いソファとテーブルが並ぶリビングルームのようだった。若い女性と、メイド服姿で腰が少し曲がっている初老の女性もいた。
「おかけになって」
イオルは固い動作で礼をして女性たちの前にルシェと共に座る。ルシェは持っていたイオルからのお土産を女性に渡した。
「まあ! お気遣いありがとうございます。初めまして。私はルシェの母のアーシャ・シャロクです」
やはり、と思いながらイオルは頭を下げて、改めてしっかりと観察をする。ルシェの実の母親なのに、すごく若く見える。こんな可愛らしい人とルイフィス隊長はどうやって結婚したのだろう、とそんな失礼なことを考えた。
「こちらは長男の嫁のカナンです」
アーシャに紹介されて優しげに頭を下げた女性はイオルとそう歳が変わらなく見える。お腹周りがゆったりとしたワンピースを着ているのは、妊娠中だからだろう。こちらは美人系の女性なので、シャロク家は美形女子揃いだ、とイオルは内心で慄く。
「そして、こちらはうちで侍女をしてくれているラールよ。腰を痛めてしまってそろそろ引退するのだけれど、貴女の弟さんが早く仕事を覚えられるようにサポートしてから辞める、と言ってくれています」
「あ」
イオルは本来の目的を思い出して、深々と頭を下げる。
「初めまして。イオル・グロールです。弟がお世話になります」
「いえいえ、こちらこそ主人とルーがお世話になっています」
アーシャはゆったりと微笑んで、そのやり取りを横で見守っているルシェは恥ずかしそうな顔をしている。
「とりあえず、お茶とお菓子をどうぞ、イオルさん。ラールが淹れてくれた紅茶はとっても香りが良くて美味しいの」
「ありがとうございます、いただきます」
イオルは固くなりながらもお茶に口をつけた。
「美味しい……! です!」
「良かったわ」
顔を輝かせるイオルにふんわりと微笑み返す。
「イオルさんは紅茶が好きですもんね」
嬉しそうなイオルを、それ以上に嬉しそうな顔でルシェが見つめる。
「あと、甘いものも」
「ちょっと、余計なことを!」
「いいんですよ。さ、たくさん食べて下さい」
アーシャに勧められるまま、イオルは結局出されたお菓子のほとんどを食べることになった。アーシャとカナンは固くなるイオルににこやかに話しかけ、終始穏やかに時が過ぎていった。話が仕事中のルシェのことに及ぶと、ルシェは堪らなくなり、
「母さん! イオルさんが疲れてしまうし、もうこの辺りで」
と、話をぶった切る。ルシェが照れているのだとわかっている面々は、にこやかに笑いながらルシェの提案を聞き入れることにした。
「それじゃあイオルさん。ごゆっくり」
そう言ってアーシャ達が部屋を出ていくと、ルシェは大きく息を吐き出した。
「すみません、母達が」
「ううん、楽しかった」
イオルは素直な感想を口にする。
「とても綺麗なお母様とお義姉様ね。ちょっとうらやましくなっちゃうくらい」
「いえ、そんな」
強く否定しないルシェを見て、ルシェがいかに家族を愛しているかがわかる。
「弟さんが家に来たら、気軽に来てくれて構いませんからね。ちゃんとお休みはありますし、休みの日には一緒に出かけることだって」
「そうね……」
イオルは少し表情を陰らせる。
「?」
そんなイオルをルシェは不思議そうに見つめる。弟と再会できることにただ喜んでいるだろうと思っているルシェにはイオルのその表情は不思議だった。
しかし、イオルはその表情の理由を上手く説明することができずに、曖昧な笑顔を作る。
「あ、そうだ。弟さんのことを聞いてもいいですか?」
イオルの表情を明るくさせたい、とルシェはそう尋ねる。イオルは静かに頷いて、
「そういえばちゃんと話したことなかったよね」
と、言って弟について話し始めた。