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5.職場視察へ!

「イオルさん」


 翌日のお昼。昼食を食べて本部に戻ったイオルに声をかけてきたのはルシェだった。


「あ……」


 気持ちの整理がついていないイオルは、ドギマギしてまともな返事もできない状態だ。


「次の休みって空いてますか?」


「と……特に予定はない、けど」


「じゃあ、家に来ませんか?」


「……っ!? えぇぇ!?」


 思ってもみなかった急展開にイオルは悲鳴に近い驚きの声をあげる。


「あ、いや、その。弟さんが来る前に場所とか紹介しておいた方がいいかな、と思って……」


「あ、ああ。そういうことね、うん」


 顔を赤くしたイオルは自分の早とちりだったと気がついて、何度も頷きながら気持ちを整える。


「父や兄達は仕事でいませんが、上の兄の奥さんと、母さんはいる予定です」


「お、お母さ……」


 再び狼狽えそうになった自分の気持ちを咳払いで整えて、


「そうね。ちゃんと挨拶しておかなきゃね。お、弟が世話になるのだから!」


 と、言い聞かせるように言った。


「それじゃあ母達には言っておきます」


 それだけ言うとルシェは王都の見回りへと出ていった。イオルはほっと息を吐き出す。とは言え、ルシェと二人だけで休みの日を過ごすのは初めてのことだ。ただでさえ気まずいのに、一日持つのだろうかと、イオルは不安に思うのだった。


***


 約束の日。イオルは予め用意しておいた手土産の袋を持って、寮の入り口へやってきた。


「おはようございます」


 待ち合わせ場所で先に待っていたルシェの視線はイオルの持っている袋へ向く。


「えっと、一応ね。弟がお世話になるわけだし」


 イオルは聞かれてもないのに言い訳をする。


「王都の市場で果物をいくつか包んでもらったの。好みを先に聞いておけばよかったのだけど……」


「そんな気遣いよかったのに。でも、母達は果物が好きなので、喜んでくれると思います」


「良かった」


 前日、仕事の前に朝から市場へ行ってあれこれ悩んだので、ひとまず間違えてはいなかったようだとイオルは安堵の息をもらす。


「では、行きましょう」


「あっ……」


 ルシェはイオルの持っていた袋をすっと取り上げて、イオルの前を歩き出してしまう。


「ちょっと、それはあたしが……」


「重いですし、いいんです」


 頑なに袋を渡してくれそうにないルシェにイオルは諦めて、


「ありがと」


 と、呟く。弟のように扱ってきたルシェにこういう扱いを受けると拍子抜けしてしまう。告白のことも思い出されて少し顔を赤くした。


 ルシェの家は王都の貴族街の端にある。王都の貴族は王宮に近いほど階級が高い傾向にあるので、ルシェの家は駆け出しの貴族と言ったところだ。


「家から本部までそう遠くないのに、ルシェは寮で暮らしているのね。ルイフィス様は家から通われているんでしょう? ルシェは何故そうしないの?」


 歩きながら、無言で気まずい空気をどうにかしようと、イオルがルシェに話しかける。


「もちろん通うということも考えましたが、俺はまだ守護兵団に入ったばかりなので、自立したいという思いがあるので寮にいます」


「へー、そうなの」


 ルシェはすごく真面目な兵士だ。父親を目指し、越えようと日々の仕事の他にも鍛錬を欠かさない。まだ若いのにすごい、とイオルは思う。イオルは結婚するために守護兵団に入ったので、意識の高いルシェを見ていると自分が恥ずかしくなってくる。


「その内に家には戻らないの?」


「俺には兄が二人いて、二人共家にいるので、俺は戻らないかもしれないですね。長男には奥さんと子供もいますし、いつの間にか俺がいる部屋がないんですよ」


 少し恥ずかしそうにルシェは笑う。


「家はそんなに広い家じゃありませんから。あ、もちろんイオルさんの弟さんの部屋はちゃんと用意されていますから、安心してくださいね!」


「うん、ありがとう」


 そういえばイオルはルシェの家族のことについてあまり知らないことに気がつく。


「差し支えなければ、お兄様達の職業を聞いても?」


「あ、はい。長男は第三守護兵団の四班にいます」


「お兄様も兵士だったのね!」


「はい。長男は母から魔力を受け継いでいるので、水の魔法が使えるんです。次男は魔力も能力も持たないんですけど」


「そうなの」


「なので次男は王都で武器職人をしているんですよ」


「武器職人を!? 珍しいわね」


 このユーロラン帝国は能力や魔力を持つものが多いため、武器の需要はそれほど高くない。武器のほとんどは隣国のダイス帝国から買っているもので賄っている状態だ。


「珍しいですよね。昔から変わり者なんです」


 ルシェはふわりと微笑む。


「武器を作っていると時間を忘れることが多々あるらしく、気がつけば三日三晩寝ずに作業に没頭することもあるらしいです」


「職人さんなのね」


「はい。そうやって武器と向き合っている時間が好きだと言っています。本人から言わせると、師匠にもまだ認められているわけじゃなく、まだまだみたいですけどね」


 饒舌に語るルシェを見ていると、家族のことを心から愛していることがわかる。イオルはそれが純粋に羨ましいと思った。


「そんな次男なので、まだ結婚とは縁遠いみたいなんですが、長男は昨年結婚したんです」


「ルシェはお母さん似? ルイフィス様とは性格が似ていないような気がするのだけど」


「うーん、母は温和で抜けているところもあるような性格なので、あまり誰とも似ていないような気がします」


「そうなの?」


「はい。長男は完全に母に似ていて温和ですし、次男は父をさらに変にしたような感じで」


「うわ、それはめんどくさそう」


 思わず本音を零すと、ルシェはそうなんです、と言って笑う。


「賑やかではあると思うので、弟さんが気に入ってくれたら良いのですが」


「うん……」


 3年も離れて暮らした弟がどんな暮らしを望んでいるのかはイオルにはわからない。弟とは手紙のやり取りすら叶わなかったのだから。


「ここです」


 ルシェが立ち止まった前にはイオルが想像していたよりも大きな家が建っていた。

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