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4.解決、そして新たな混乱

「イオル」


 それから数日後の第三守護兵団、一班本部。夜の見回り当番が出ていった後の本部には人がいない。そこでぽつんと離れ小島になっている隊長の席に座っていたルイフィスがイオルが声をかけた。


「はい、何ですか?」


 帰ろうとしていたタイミングで声をかけられたので、仕事を振られて帰れなくなるのではと懸念したイオルの表情はうんざりとしている。


「ああ、今日の仕事の話じゃなくてだな。面談みたいなものだ」


 イオルの表情から懸念していることを察したルイフィスは、そう前置きをして側にある椅子に座るよう促した。


「この仕事は楽しいか?」


「楽しい、ですか?」


「ああ」


 ルイフィスの言わんとしていることがわからず、イオルは首を傾げる。


「特務部隊の時はもちろん、今もイオルはこの部隊でしっかりとした働きをしてくれている。それには俺も隊員達も助けられている」


「はあ」


 褒め言葉を素直に取れないイオルは胡散臭いものを見るような顔をする。


「イオル自身はどうなのかと思ってな。今の仕事は楽しいか?」


「そうですね……ルイフィス様の人使いは荒いですけど、それなりに楽しいんじゃないですかね。仕事もだいぶ慣れてきましたし」


「そうか」


 とりあえずそう答えたイオルにルイフィスは満足そうに頷いた。


「何ですか? あたし、異動でもさせられるんです?」


「まあ待て」


 不審が拭えないイオルをルイフィスはたしなめる。


「イオルはこのままこの仕事を続けていきたいと思うか?」


「え……いや、それは……」


 結婚のことが頭を過ぎったイオルははっきりと答えることができない。


「俺はできればこの国のためにも、引き続きイオルには頑張ってもらいたいと思っている」


 ルイフィスは真面目なルシェとは違っていつも明るく冗談も言う隊長だが、今は真剣な顔でイオルに向き合っている。


「だから、イオルがもし何らかの理由で仕事が続けられないと言うなら、俺はその理由を排除する手助けをしたいと思っているんだが」


「それって……」


 顔色を変えたイオルは思わず椅子から立ち上がる。


「まさか、ルシェに何か聞いたんですか!?」


「まあ……そんなところだ」


 ルイフィスは困ったように頭を掻く。


「あいつを責めないでやってくれ。あれもあれで自分なりに考えて、俺に助けを求めてきたんだから」


「助けって……まさか!」


「ルシェの気持ちも聞いたが、それとは関係なく、上司としてイオルの力になりたいと思ったんだ」


「そんな……あたしの弟を買うつもりですか!? ルイフィス様にもルシェにもあたしの事情なんて関係ありません! それに、弟を買うとなったら、あたしが一生働いて返しきれるかどうか……」


「それはいいんだ」


 興奮するイオルを落ち着かせるように、ルイフィスはゆったりと喋る。


「ちょうどシャロク家を長く支えてくれていた侍女が腰を痛めて引退することになってな。そのタイミングで長男の嫁の妊娠もわかって、今人手が足りないんだよ。だから……」


「そうだとしても、もっと安くて優秀な人間は王都にたくさんいるはずです! わざわざ何の関係もないあたしの弟を……」


「何も関係なくはないだろう。イオルは俺の大切な部下だ」


「だ、だけど……」


「今回のことで将来的にルシェの嫁に来てほしいとは言わない。もちろん、自然とそうなってくれたら俺は嬉しくはあるんだけどな? だが、無理にとは言わないし、負い目を感じる必要もない」


「そんなの無理です……」


 イオルはうなだれる。


「イオルの性格だからな。わかっている。だけど、一刻も早く弟さんを王都に呼びたいのだろう?」


「それは……」


「それなら、この機会を逃すのはもったいないだろう。何もかも捨てて結婚しようとしているくらいなんだから、何もかも捨ててこの申し出を受ければいい」


 ルイフィスの説得に何も言えなくなってしまったイオルは瞳を潤ませながらただルイフィスを見つめる。


「それで気が済まないイオルの性格もわかっているつもりだ。だから、弟さんには暫くの間シャロク家で働いてもらう。それが条件だ」


「それだけ……」


 イオルは苦しそうに首を振る。


「そんな、そこまでしてもらってそれだけだなんて……」


「イオルは引き続きここで働いてもらえればいい。守護兵団にはイオルが必要だ」


「だけど……じゃあせめて! 全額は返せなくても、お金を返させて下さい!」


「金を?」


「働いていただいた分のお金で少しづづ返していきますから……」


「そんなのはいいんだけどな。でも、わかった。それでイオルの気が済むなら」


 ルイフィスはイオルに向けて微笑む。イオルの瞳からは涙が零れ落ちていた。


「それじゃあ、交渉成立だな。後で弟さんの働いている家を教えてくれ」


「すみません……」


 イオルは肩を震わせながら頭を下げる。


「いいんだ。あ、あとな、手前味噌だが、ルシェはいい男だぞ~」


 いつものおちゃらけた調子に戻ったルイフィスがそう言って笑う。


「あいつは能力値は高いし責任感もある。年下の夫っていうのもいいものだと思うぞ、うん。イオルが俺の娘になるってのも、またいいもんだ」


「嫌なお義父さんですね。こきつかわれそう」


 涙を拭いながらイオルはそう言って笑う。


「ま、無理矢理にルシェとって言うわけじゃないが、あいつの気持ちもちゃんと考えてやってくれ。父親として、な。別にこっぴどく振ってくれても構わないし」


「……はい。ちゃんと、考えてみます」


 イオルは少し顔を赤くして微笑んだ。


***


「じゃあルシェの家で弟くんを雇ってもらえることになったんだね!」


 イオル達4人は夕食を食べながらイオルからの報告を聞いている。


「うん、そう」


 イオルはルシェをチラリと見る。あの告白から、イオルはまともにルシェと話せないでいて、こうやって一緒にご飯を食べるのも久しぶりのことだった。


「交渉とか手続きとかがいろいろあるから、もう少し先の話になりそうだけどね」


「でも、良かったね」


 リコルが満面の笑みをイオルに向ける。


「これでイオルは仕事を続けられるし、恋愛だって自由にできる」


 ルシェとベルロイは気まずそうに目を逸し、イオルは少し顔を赤らめてリコルを軽く睨む。それから、こほん、と咳払いをしたイオルは、


「ルシェ」


 と、呼びかけた。ルシェとイオルの目が合う。


「ありがとう」


 イオルは真面目な顔をして頭を下げた。


「弟と再会できるのはルシェのおかげだから。本当にありがとう」


 いつもと違う殊勝なイオルに戸惑いながらも、ルシェは頷く。


「俺の力ではなく、シャロク家をここまでの家にした父のおかげです。それに、イオルさんの弟さんが王都に来ることになれば、それは俺にとっても嬉しいことですから」


 素直に自分の気持ちを口にするルシェにさっと顔を赤くしたイオルは小さく頷く。


「あの、ルシェ。告白のことなんだけど……」


「その話はゆっくり考えてくれたら大丈夫です。父からも話があったと思いますが、弟さんの件とは別に。無理なら無理でいいですけど、少しでも可能性があるなら、頑張らせて下さい」


「頑張るって……」


「イオルさんが俺を好きになってくれるように」


 顔を赤くしながらも真剣な表情で見つめられて、イオルは真っ赤になってしまう。


「わ、わかった。今までは正直ルシェのこと男の人として見たことがなかったけど……ちゃんと、考えてみる」


 照れながらも、イオルも素直な気持ちをルシェに伝えた。


「あのさ」


 そこに割って入ったのはベルロイだった。


「イオルとルシェに聞いてほしいことがあるんだ」


「?」


 イオルとルシェは首を傾げる。ベルロイは真剣な様子でイオルの顔を見た。


「俺のことも、男として考えてくれないか?」


「……は?」


 思ってもみなかった発言に、イオルは口をあんぐりと開けて固まった。ルシェも目を大きく見開く。


「ルシェが先にイオルに告白して、弟さんのこともあったし俺は諦めようと思った。でも、やっぱりそれじゃダメだと思って今言う」


 ベルロイは二人を交互に見てから、


「俺もイオルのことが好きだ」


 と、言った。イオルは顔を赤くしながらヒッと息を飲んだ。ルシェは表情を真面目なものに戻してベルロイの次の言葉を待つ。


「混乱させてしまうことは、本当にごめん。だけど、俺も真剣だから」


 あまりの事態に状況が飲み込みきれないイオルは完全に固まってしまっている。


「ルシェも、ごめん」


「いえ、俺こそすみません。気がつかずに。言ってくれて良かったです」


 事態を見守っていたリコルが口を開いた。


「さ、イオルはキャパオーバーみたいだから、今日はここまでだね。イオルは私に任せて、二人は先に寮に帰ってて?」


「そうですね、わかりました」


「イオルのこと、よろしくね」


 二人は口々にそう言って、店から出ていった。


「イオル、大丈夫?」


 あらぬ方向を見て固まっていたイオルはリコルの声にピクリと反応して、


「な……どういう、こと……?」


 と、ようやくそれだけ言うと、机に突っ伏してしまったのだった。

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