25.嫌だ
ルシェが遠征に旅立ってからのベルロイは、あの夜が嘘だったかのように普通だ。それは、違和感を覚える程に。
恋人キースが遠征に行ってしまったリコルのことを思い、夜は三人で過ごすことが増えた。だからこそ、ベルロイは普通に振る舞うのだと、イオルはそう考えようとしていた。
それに、今イオルがベルロイと恋人のような雰囲気になってしまうと、リコルは口に出さずとも気まずい思いをするのではないかと懸念した。遠慮して、一人で夜を過ごすことになってしまうかもしれない。ルシェとだって、せっかく関係が改善されたのに、すぐにベルロイとそういう関係になってしまっては、また話せなくなってしまうかもしれない。
だからこそ、イオルはその一歩を踏み出すのが怖い。自分の気持ちがベルロイに向いていると気がついてはいるものの、どうすることもできない。
そんなある夜。いつものように夕食を終えて解散したイオルは自分の部屋で悶々として過ごしていた。考えるのはベルロイのことばかりだ。
ベルロイと二人だけで話したい。何を話すわけでなくとも、ただ二人で時を過ごしたい。
思い出すのはベルロイに抱きしめられたこと。考えただけで頬が赤くなってしまいそうになるくらい、未だにドキドキするのに、そのぬくもりを恋しくも感じる。
ベルロイに会いに行こうか──
今の時間ならベルロイは寮の裏手で鍛錬をしているだろう。そこは、イオルがベルロイと二人きりの時間を過ごし、何度も抱きしめられた場所でもある。
考えただけでドキドキする。イオルが自分からそこへ出向いたことは数えるほどしかない。だけど、考え出すともうどうしようもなかった。
ベルロイは喜んでくれるだろうか。想像を膨らませながら、イオルは部屋を出た。
寮を出て裏手へ向かうと、ブンブンと重い音が聞こえてくる。ベルロイは今日も変わらず鍛錬を行っているようだった。
逸る気持ちを抑えてゆっくりと歩くイオルは角を曲がってその姿を確認した。
「……!」
イオルはパッと建物の影に隠れる。ベルロイはいつもと同じように鍛錬をしていた。違うのは、いつもイオルがいる場所にリコルが座っていたことだ。
足音を立てないようにそろそろとその場を後にし、もう大丈夫だろうというところまで戻ると、全速力で部屋まで駆けた。ドアを勢い良く閉めるとイオルは息が上がってしまっていた。それは、走ってきたから、というわけではなさそうだった。
リコルとキースの仲の良さは知っているし、リコルもベルロイもお互いを意識していない友人同士であるということは十分理解している。だけど、理解していることと、この感情は相反するものらしかった。
イオルはすごく嫌だった。自分がいるべき場所に違う女性がいることが。それは、誰であっても。
ルシェと話をしていたイオルを見たベルロイが「嫌だった」と、言ったその気持ちが痛いほどわかった。
あたしはベルロイが好きなんだ。
今まで薄々感じてきたことをはっきりと自覚する。
このままではダメだ、と、イオルは思う。こんなの、自分もベルロイも辛いだけだ。イオルは自分自身の気持ちに決着をつけるべきだ、と決意する。
***
翌日。いつものように三人で夕食を取った後、ロビーで別れる。背を向けて今日も寮の裏手へ向かおうとするベルロイの腕をイオルが掴んだ。
「ベ、ベルロイ……!」
「?」
ベルロイが振り返ると、必死な表情のイオルが目に映る。イオルは掴んだ手に力を入れてから、
「あたしも、行ってもいい?」
と、尋ねる。ベルロイは目を丸くしながらも微笑んで首肯した。
二人は並んで寮の裏手へ行った。「話があるなら先に聞くよ?」と、いうベルロイの言葉を断って、イオルはベルロイの鍛錬の様子を眺めている。
昨夜はここへリコルがいた。そう思うとモヤモヤしてしまう。だけど、それを考えることで、これから言うことへの心構えができてくる。
鍛錬が終わったベルロイにイオルはタオルを渡す。礼を言ってから受け取ったベルロイは汗を拭いながらイオルの隣に腰を下ろした。
「今日はどうしたの?」
ベルロイはいつもと変わらぬ様子で尋ねる。座った場所がいつもよりも間が広く空いているように感じて、イオルは寂しい。
「あのね、ベルロイ。あたし……」
イオルはベルロイの顔をしっかり見て、一度小さく息を吐き出してから、
「ベルロイのこと、好きよ」
と、言った。ベルロイは顔の汗を拭こうとこめかみにタオルをつけたままの状態で固まった。
「急にごめんなさい。でも、ちゃんと言っておきたくて」
落ち着いて話すイオルを見てベルロイも徐々に落ち着きを取り戻していく。
「何かあった?」
「何で?」
「今までと様子が違うから」
イオルは目を伏せてから昨夜見たことを告白する。
「昨日、ここにリコルがいたでしょう?」
「ああ、あれは……」
「まず聞いて」
ベルロイの言葉を遮ってから続ける。
「昨日ベルロイに会いに来たらリコルがいて、あたし酷く動揺した。リコルにはキース様がいるのわかってるのに、それでもすごく嫌だったの」
辛そうに自分の気持ちを話すイオルをベルロイはじっと見つめる。
「あたしとルシェが話してるのが嫌だったっていうベルロイの気持ちがすごく良くわかったの。それって、あたしが曖昧な態度取ってベルロイを不安にさせてるからだって身に沁みた。だから、早く伝えたいって思って」
「そうか」
ベルロイはそう言って項垂れる。告白した後の反応とはとても思えなくて、イオルは、
「ベルロイ?」
と、不安げに声をかける。
「もうダメだと思ってたんだ」
「え?」
弱々しく、意識して聞かないと聞き取れないくらいの声でベルロイは呟く。
「こんなに自分のものにしたいって思った人は初めてだったから、突っ走りすぎた。告白を受け入れてもらえてもないのにキスをしたり、ヤキモチまで焼いて強引に抱きしめたりして……。イオルは拒絶もしなかったけど、好きとも言ってくれてなかったから、あそこまでしたらもうダメだろうって思ってた」
「ベルロイ……」
イオルはベルロイの苦しみを感じて、自分が待たせすぎてしまったことを痛感した。
「昨日は見かねたリコルがやってきて話を聞いてくれたんだ。それをまさかイオルに見られていたとは……」
ベルロイは顔を上げてイオルを目線を合わせる。
「辛い思いをさせてしまってごめんね」
「ベルロイは謝ることない!」
イオルは即座に反論する。
「悪いのはあたしよ! ベルロイに早く返事をするべきだったのに、自分の気持ちに気がつけなくて……」
「イオルは悪くないよ。ズールのこともあって、イオルが恋愛をすることが初めてだってこともわかってたはずなのに、俺が余裕がなかったせいで困らせたんだ」
「そんなことない!」
「いや、俺が」
「そうやってベルロイはいつもいつも自分で背負い込むんだから!」
涙目になったイオルが訴える。
「ベルロイはあたしに甘えてほしいって言ったけど、ベルロイだってあたしに甘えてほしい!」
「イオル……」
「あたしだって、ベルロイのこと……」
ベルロイはふわりとようやく笑顔を見せた。
「おいで、イオル」
その言葉でイオルの方からベルロイの胸へ抱きつく。ベルロイもしっかりと抱きしめて、イオルの頭を撫でる。
「ありがとう、イオル」
「ううん」
涙声になったイオルはベルロイの胸の中で笑顔を見せる。
「改めて言うよ。好きだよ、イオル。俺の恋人になってくれる?」
「……うん」
イオルが微笑むと、ベルロイはその頬を包んで優しく口付けするのだった。




