23.加速
リコルがルシェを誘うとは言ったものの、正直なところイオルはルシェがその誘いに乗るとは思えなかった。告白を断ってからずっと気まずいままだったので、まだ話したくないと言うのではないかと思った。
だから、リコルが、
「ルシェの予定を確保したから!」
と、言ってきた時にはイオルは驚いた。
「本当に?」
「うん」
「無理矢理に誘ったんじゃないの?」
「違うよ」
「脅したとか?」
「イオル、私の事何だと思ってるわけ?」
リコルは呆れ顔だ。
「ちゃんとルシェから行くって言ってくれたよ。ルシェもそろそろイオルと話したかったんだと思う」
「そうなのかな?」
「きっかけが欲しかっただけだよ」
ルシェも今の気まずいまま過ごすのは良くないと思っていて、気持ちの整理がついてきたのでこれを機に関係の改善を試みようとしているとリコルは判断していた。
「そっか」
それを聞いてイオルは安心する。イオルのせいで四人が一緒にいられないことは辛かった。
壮行会はルシェが遠征に出る前日の夜に決まった。久しぶりに四人で集まるとあって、イオルは楽しみと緊張とを抱えながらその日を待つ。
***
「壮行会のこと、聞いた?」
別の日の夜。夕食後にロビーでばったり会ったベルロイに誘われて、イオルは鍛錬に付き合っていた。一見退屈に見える時間も、イオルにとっては安らげる時間だ。
「聞いたわよ」
「リコルには悪かったかな。それどころじゃないだろうし、本当は俺が企画すべきことだったのに」
ベルロイは鍛錬を終えてイオルから渡されたタオルで汗を拭っている。
「キース様のこと、聞いたのね」
「うん。まぁわかっていたことではあったと思うけど、ちょっと辛そうだよね、リコル」
みんなの前では強がっているけれど、寂しがっていることは二人共わかっていた。
「キース様が行ったら、リコルのこと気にかけてやらないと」
「ふふっ」
ベルロイは思わず笑みを零す。
「何よ?」
「いや、イオルって何だかんだお姉さん気質っていうか、優しいよね」
「……うるさいわね」
イオルは不満そうな表情で口を尖らせる。
「いつも頑張りすぎるから、俺はちょっと心配なんだけどね」
「ふん、大丈夫よ」
「本当かな?」
ベルロイがイオルの顔を覗き込む。急に近づいた距離に、必然的にキスのことを思い出したイオルは顔を赤くする。
「俺にくらい甘えてくれればいいのに」
そう言って優しく微笑むから、イオルは恥ずかしくて逃げ出したい衝動に駆られる。
「じゅ、十分甘えてる、わよ」
「本当に?」
どんどん近づいてくる顔に、イオルはもう限界だった。
「もう! ベルロイ!」
抗議の声をあげると、ようやくベルロイは顔を離して元通りの位置に戻した。
「少しづつ慣れていってほしいんだけど。そうしないとキスもできない」
ただし、言葉での攻撃が止むことはない。
「何なら許してくれる?」
「な、何って……」
「そうだな、例えば、頬にキス、とか」
「!」
イオルはさらに顔を赤くする。
「む、無理!」
「じゃあ額は?」
「場所の問題じゃない!」
「うーん、じゃあ頬に触れるのは?」
「ちょっと、あたしのことからかってるでしょ!?」
キーっと高い声で反発する。
「そんなわけないじゃないか。俺は、ただイオルに触れたいだけだよ」
止めどなく飛んでくる甘い言葉にイオルはクラクラとしてくる。
「それに、俺がここに呼んだ時点で予想はしてたんじゃないの?」
「!」
心の中を言い当てられたようで、イオルは動揺する。
「そんなことない……もん」
そう否定はするが、その小さな声はベルロイを喜ばせるだけだった。
「じゃあ抱きしめる。汗臭いかもしれないけど」
「……」
引き下がる様子のないベルロイをイオルは上目遣いで見る。ベルロイは両手を広げて、
「おいで」
と、イオルを呼んだ。しばらくベルロイをチラチラと見て躊躇っていたイオルだったが、ずっと両手を広げ続けるベルロイの胸に、観念したように頭だけを傾けて胸に付けた。それを合図に、ベルロイはイオルの背中を抱いて自分の方へと引き寄せる。
静かな夜に二人の心臓の音だけが聞こえる。
赤くなって固まるイオルの頭をベルロイは優しく撫でる。ドキドキしすぎてどうにかなりそうだったイオルも、徐々に落ち着いて身体の力を抜く。
「好きだよ、イオル」
不意に投げかけられた言葉に胸を打たれる。再び顔の赤みが増すイオルだったが、もう逃げ出したい気持ちにはならなかった。
「この前ちゃんと伝えられてなかったから」
「……うん」
ベルロイの告白も、こうして身体を寄せ合っていることも、イオルは嫌だと感じない。それどころか、ずっとこうしていてもいいくらいだ。
肩を優しく掴まれて身体が離れる。近距離で顔を合わせたイオルにベルロイは微笑みかける。イオルも軽く微笑み返すと、そのままベルロイの顔が近づいて唇が触れ合った。
「!」
唇は優しく触れただけですぐに離れる。イオルは顔を真っ赤にして、ベルロイを軽く睨み付けた。
「やっぱりダメだな。我慢できない」
色気が感じられる言葉に、イオルは睨むのを忘れてベルロイを見つめる。ベルロイは名残惜しそうにイオルを見つめてから、イオルの身体を元の位置に戻した。
「戻ろうか」
これ以上イオルを困らせることがないよう、ベルロイはすっと立ち上がる。そんなベルロイの背中を見ながら、イオルは赤い顔で自分の唇にそっと触れるのだった。




