22.からかわれるイオル
翌日の夜。寮の食堂で、コロコロと変わる態度のイオルにリコルがその原因を聞き出そうとしていると、
「俺も、いい?」
と、仕事を終えたベルロイが入ってきた。昨夜のキスを思い出してしまうイオルは、昨日までと違った理由でベルロイのことをまともに見ることができない。
「私はいいけど……」
リコルはイオルの様子を不思議そうに見ながら答える。ベルロイは、
「それじゃあ」
と、言ってイオルの隣に座った。
「何の話してたの?」
「ベルロイの話」
「ちょ、ちょっと!」
素直に答えるリコルをイオルは赤い顔で睨む。
「へぇ」
ベルロイは嬉しそうに目を細める。
「昨日のこと、聞いたの?」
「ちょっ……」
「昨日のことって?」
リコルは興味津々で身を乗り出す。
「聞き出そうとしてただけで、まだ聞けてない」
「そっか」
イオルはベルロイに向けて「言っちゃダメ」とでも言うように頭を振る。そんな照れるイオルを見てベルロイは笑みを深める。
「ごめんリコル。話したら怒られそうだ」
「ふーん」
二人を交互に見ながらリコルはニヤニヤとする。
「もしかして、私はお邪魔な感じ?」
「いて! いいから!」
冗談で腰を浮かせるリコルの手をイオルは必死に掴む。「はいはい」と、もう一度席についてから、
「ベルロイが、ねぇ」
と、リコルは意味ありげな目線をベルロイに向ける。
「変な誤解しないでよね!」
「意外?」
イオルの言葉を無視して二人の会話は続く。
「うん、意外かも」
「俺だってちゃんと男だからね」
「もう! 二人共!」
無視され続けるイオルが抗議の声を上げると、顔を見合わせて笑った。
賑やかな夕食が終わり、三人は食堂を後にする。
「それじゃあ」
ロビーで別れようとすると、イオルの腕をベルロイが掴んだ。
「ちょっといい?」
「私は先に戻るね~」
ひらひらと手を振りながらリコルは去って行き、二人きりになる。イオルはどぎまぎとしてしまい、ベルロイの顔を見ることができない。そんなイオルを安心させようとベルロイは、
「今日は何もしないから安心して」
と、囁く。
「今日はって……」
イオルはその言葉に引っかかって顔を赤くするが、ようやく二人の目が合った。ベルロイはそのままイオルの瞳をじっと見つめる。あまりにも長く覗き込まれるので、
「ちょ、ちょっと! 何なのよ!」
と、イオルが抗議した。すると、ベルロイはふわりと破顔して、
「よかった」
と、言った。
「何が?」
「イオルに避けられてないみたいで」
「さ、避けないわよ!」
「つい昨日のことも忘れたの?」
「ぐっ……」
イオルは何事か反論しようとするが、言葉は出なかった。
「避けられてないことがわかって安心したよ」
「そう」
「それじゃあ、これから俺はいつもの鍛錬に行くよ」
ベルロイはようやくイオルの腕を離した。それなのにすぐに動かないイオルを見て、
「行かないの?」
と、尋ねる。
「もしかして、物足りない?」
「そ、そんなことない! からかわないで!」
心の中を見透かされた気がしたイオルは強く否定した。今までだってイオルの口にしない心の中を察することができていたベルロイにとっては、イオルの心の中はすぐ顔に出てわかりやすい。今回もそれが嘘だということはわかっていた。
「そっか。じゃあまた明日ね」
それでもベルロイは名残惜しむ時間も与えずにあっさりとイオルから背を向けた。イオルは何も声をかけることができないまま、その背中を見送るのだった。
***
落ち着いていた仕事に変化が訪れた。隣国ダイス帝国との国境解放事業が本格的に始動することになったのだ。
手始めに時間と場所を限定した解放が行われることになった。解放されるのはベルサロム地方の国境。そこに、一時的に兵士が多数集められ、警備が強化されることとなる。
イオル達、第三守護兵団一班からも数名派遣されることとなり、その一人にルシェが選ばれた。10日程だが、王都を離れてベルサロムへ向かうこととなる。
その壮行会をしようと言い出したのはリコルだった。
「ぱーっと食べて、ルシェを送り出そうよ!」
「あんた、いいの?」
イオルは複雑な表情でリコルに問いかける。
「キース様も遠征に参加するんでしょう? しかも、ルシェよりも長く」
リコルの恋人であるキースは戦時対策部という部隊に所属している。ここは、イレギュラーな事態にまず駆り出される部隊なので、キースは長く王都を離れることになったのだ。
「それは……平気。行く前に何度か会う予定してるし」
寂しさの滲む笑顔を浮かべながらそう言う。
「それに、私達しばらくまともにルシェと話してないでしょう? 行く前にちゃんとしておいた方がいいだろうなって」
「リコル……」
キースのことだけを考えていたいはずなのに、イオルのせいで気まずくなってしまった関係を元に戻そうと気を使うリコルの誘いに胸を打たれる。
「わかった。やろう」
「ルシェには私から声をかけておくから!」
リコルはそう言って「任せて!」と、自分の胸を叩いてみせた。




