20.年齢の差
デートの日。イオルは茶色を基調とした落ち着いた色のワンピースを着て、待ち合わせ場所である寮の出入り口に向かっていた。洋服は、自分よりも年上のベルロイと並んでも違和感のないように、考えて決めた格好だった。
ベルロイは既にイオルのことを待っていた。茶色の薄手のロングコートを羽織り、ぴったりとしたロングパンツを履いているベルロイは、イオルの目にいつもよりも格好良く映る。
ファッションに気を使っているイメージはなかったが、そのスタイルの良さを際立たせるシンプルな服装を選ぶ辺り、センスの良さを感じる。
「おはよう」
ぼんやりとその姿を眺めて声をかけそびれていたイオルに気がついて、ベルロイは笑顔で微笑む。
「あ……うん、おはよ」
「じゃあ行こうか」
二人は並んで寮を出る。普段と違う雰囲気のベルロイにイオルはどきまぎして、いつもよりも多く距離を空けて歩く。
目的地である王族専用の御用邸は王城に近い貴族の邸宅が並ぶエリアの一等地にある。寮からは距離があるので、二人は話しながらのんびりと歩いている。
「ベルロイって休みの日はいつも何してるの?」
休みが不定期で、合わせようと思わないと合わない二人は、ほとんど一緒に過ごしたことがない。普段自分のことをほとんど話さないベルロイのことは特に、知らないことが多い。
「休み? うーん、一日中寝てることも多いけど」
「一日中!?」
「うん、夜に飲みに出かけるまでずっとね」
「よくそんなに寝れるわね……」
休みとなるといつもよりも早く目覚めてしまうイオルにはよくわからない感覚だ。
「そうじゃない時は目的もなく買い物に出たり、ふらふらしてるね」
「そうなんだ」
「時々は入団が同期の友達と飲みに行ったりもするよ」
「王都に友達がいるのね」
「うん、数人ね。友達の同僚と友達になったりもするし」
「へー、すごい」
人当たりの良いベルロイは誰とでもすぐに仲良くなれてしまうだろうと思う。兵士に女性が少なく、つんけんした性格で生きてきたイオルにはちっともわからない世界だった。
ベルロイが友達と飲みに行っているなどとまったく知らなかったイオルは、もやもやとする。この気持ちが何なのかは今はよくわかっていない。
「イオルみたいに親族が近くにいることが俺は羨ましいけどね」
そんなイオルの様子を鋭く感じ取ったベルロイはそうイオルに言う。
「俺もできることなら弟達に会いたいよ」
「ご兄弟は王都に出てこないの?」
「まず来ないだろうね。村から出る人間なんてほとんどいないよ」
「ベルロイは異例?」
「そうだね。俺は長男だから、父親の意向を汲んだのさ」
守護兵団の兵士に恩義を感じていたベルロイの父親は、その恩返しにとベルロイを兵士にするために王都へ送った。と、いうベルロイの入団の経緯くらいは聞いたことがあった。
「だけど、後悔はしてないよ。俺は兵士になれてよかった」
「羨ましいわ、なんだか。あたしなんて不純な動機で兵士になっているから」
「不純なんて、そんなことないよ。ズールのためだろう?」
「それしか道がなかったからね」
イオルは寂しそうに笑う。
「気になっていたんだけど、ズールが王都に戻って、イオルは兵士を辞めたいとは思わないの?」
「ルイフィス様にお金を返さないといけないし、もう少し続けようと思ってる。今の環境、嫌いじゃないし」
兵士になって初めて信頼できる仲間ができた。そんな仲間と過ごす時間は、イオルにとってかけがえのないものだ。
「そうか」
それを聞いて、ベルロイは微笑んだ。
***
王族専用の御用邸の中へ入る。庭が解放されていると聞いていたが、その大きさはイオル達が思う庭の大きさを遥かに超えていた。
「広いわね……」
「俺達の寮が余裕で10個は入りそうだ」
二人は目を丸くしながら散策を始める。色とりどりの花が咲き誇る庭はイオルの瞳を輝かせる。
「綺麗ね……皇帝が見せびらかしたくなる気持ちもわかるわ」
「見せびらかすって」
その言い方にベルロイは思わず吹き出す。
「年中解放してくれればいいのに!」
「それじゃあ御用邸の意味がなくなるよ」
ベルロイはおかしそうに笑いながらそう指摘した。
二人は庭を散策しながらああでもない、こうでもないと感想を言い合って楽しい時間を過ごした。会話は途切れることがない。
小一時間散策した後、二人は庭園を後にする。
「お腹が空いたな。休憩がてら何か食べない?」
ベルロイはそう提案した。ちょうど足が疲れてきていたイオルはその誘いに乗った。ベルロイの先導で近くのカフェに入る。
「ここ、巡回の時に気になっていたところだったんだ」
そう言いながら迷うことなくスマートに誘導してくれるベルロイ。気が利くな、と嬉しい半面、デートに不慣れなイオルにとっては、自分との差を痛感する行為でもあった。だから、イオルはそう口にしてしまうことを自分で止めることができなかった。
「ベルロイってなんだか慣れてるわね」
「慣れてるって何が?」
「デートに」
前にルシェとデートをした時、ベルロイはデートをしたことがあるのか疑問に思ったことを思い出した。ルシェはデートをしたことがないと言っていた。だけど、イオルよりも年上のベルロイは?
「慣れてなんかないよ」
ベルロイは困ったように笑って否定する。それでもイオルは追求をやめない。
「本当に? でも、デートはしたことがあるんでしょう?」
イオルはベルロイをじっと見つめて返事を待つ。そんなイオルにベルロイは嘘をつくことができなかった。
「それは……まあ」
「やっぱり」
何の気もないように振る舞うイオルだったが、その胸はじくじくと鈍く傷んでいる。
「誰かと付き合ったこと、あるの?」
「……うん」
本当はイオルにこんなことを言いたくなんてない。だけど、聞かれたら嘘をつけないのがベルロイだ。
「でも、短い間だよ」
「別に誤魔化すことないわよ。ベルロイは年上なんだし、ない方がおかしいでしょう」
「誤魔化してなんかないよ。本当に短い間だ」
「……最近?」
「いや、特務部隊に入る前、第四守護兵団にいた時だ」
イオルの追求はすべて聞くまで収まらないだろうと判断したベルロイは仕方なく話し出す。
「近くの街の行きつけの飲み屋のウェイトレスでね。田舎街だから兵士が珍しかったんだと思う」
「……ふーん」
「デートって言っても飲みに行くくらいだったから、イオルが想像してるのとは違うよ」
ベルロイはフォローを入れるが、イオルにとってそれはフォローにならなかった。自分にはまだ飲めないお酒を飲める元恋人。自分が情けないくらい子供に感じる。
「だから本当に……」
「気にしてないってば!」
ここで気にする素振りを見せたら本当に子供っぽい。そう思って冷静を装うとするが、どうしても声が荒くなってしまった。
そこから帰るまで、イオルは元通りにはなれずツンケンとした態度を取ってしまう。そんな自分がどうしようもなく子供で、イオルは泣きたくなるのだった。




