2.いざ!バカンスへ!
馬に乗ってベルサロムの海へ向かう。ここはリゾート地となっていて、王都に住む貴族の定番の別荘地でもある。今回イオル達は、昔の上司であるフレイの厚意で別荘に泊まらせてもらうことになった。
王都から5時間程馬を走らせると、海が見えてきた。
「わ~!」
イオルが歓声をあげる。どこまでも続く広い海。水面は青く、キラキラと輝いている。それを見ると、イオルだけでなく、全員がパッと顔を明るくした。
まずはフレイの別荘に寄り、馬と荷物を預けさせてもらう。別荘には人がいないが、事前に手入れをしておいてくれたらしく、埃一つなく綺麗になっていた。
到着したイオル達は、早速着替えて海へ向かう。男性陣は短パンなど濡れてもいい服を、女性陣も普段よりも露出度の高い服に、薄手の布をまとった格好だ。
フレイの別荘から海は近く、すぐについた。砂浜に足を踏み入れると、あまりの熱さにたたらを踏む。
「熱い!」
イオルはそう言いながらも、海に向かって走っていく。
「わ~綺麗!」
近くで見ると海の水は青く透き通っている。波打ち際までついて、イオルはその様子に見とれていた。
後から走って追いついたルシェが、イオルより先に海の水に足をつける。普段は暗く見えるルシェの紫色の髪の毛が陽の光に浴びてキラキラと輝いていた。イオルもそれを見て、恐る恐る海に足を踏み入れる。
「冷たい! 気持ちいい!」
イオルは歓声をあげる。遅れてやってきたベルロイもぎこちなく海に足をつけた。
「すごいな。海なんて初めてだよ」
「あたしも! こんなに広くて綺麗だなんて!」
興奮気味に感想を言い合って笑う。少し離れたところでは、同じくリコルとキースが何やらはしゃぎながら海に入ったところだった。
「ベルロイさん。少し泳ぎましょう」
イオル達より奥にいたルシェが上を脱ぎながら歩いてくる。服を着ているとわからなかったが、ルシェの身体は華奢な割にしっかりと引き締まっていた。男性の裸など見慣れていないイオルが慌てて目を逸らす。
「いいね」
ベルロイもルシェの求めに応じて上半身裸になる。二人の身体をイオルは横目で見ながら、
「服預かっておいてあげる」
と、手を出す。二人は服をイオルに預け、あっという間に海に入っていってしまった。離れて泳いでいく二人をイオルは眩しそうに見つめた。
***
「は~楽しかった!」
一日遊び疲れたイオルは、部屋の大きなベッドにダイブする。
「ちょっとイオルさん! そこ、俺のベッドなんですけど」
ここは男部屋。我が物顔でくつろぐイオルにルシェが顔をしかめる。
「しょうがないでしょ。リコルがキース様と夜の海に行くって言うんだもん。まさかあたしもついてくわけにいかないし」
「それは俺のベッドにいる理由にならないんですが……」
「あたしも夜の海、行きたーい! 明日は三人で一緒に行きましょ!」
「聞いてないし……」
椅子に座ったルシェが頭を抱える。
「明日の昼間はショッピングね! この近くには貴族向けにお店がいっぱいあるらしいの! 中には私達でも手が届くものもあるみたいだから、見て回りたいわ」
イオルは瞳を輝かせて、足をパタパタとさせた。
「ルイフィス隊長にもお土産買って帰らないと」
ベルロイはルシェの向かい側に座って、水を飲むようにお酒を飲んでいる。
「そうね。あ、でも少しは海にも入りたいわ!」
イオルはゴロンと寝返りを打って、体勢を仰向けに変える。
「ルシェもベルロイも意外と泳ぎが上手いから、どんどん遠くへ行っちゃってヒヤヒヤしちゃった。ルシェって意外と運動神経いいのね。ベルロイだって、火の魔力を持ってるから、てっきり水は苦手だと思ってたのにしっかり泳げるんだもん」
「俺は子供の頃から何度か海には来てましたからね」
「俺は山育ちだけど、兵士になってからの訓練で泳ぎを教わってさ。それで泳げるようになったんだ」
「そっかー。あたしはナビゲーターだから、そういう訓練は受けてないのよね」
ふわふわとした声で喋りながら、イオルは気持ちよさそうに目を閉じる。
「ナビゲーターは別の訓練メニューだもんね」
「そう。実務の説明の他には怪我の治療とか」
「俺達の訓練はきつかったなー」
「思い出したくないですよね」
ルシェが顔をしかめる。
「泳ぎの訓練なんかはマシな方で、山に一週間篭もる訓練とか」
「野営は多かったよな」
「王都になんてほとんどいられませんでしたからね。ずっと地方でみっちり三ヶ月」
「ルシェはまだましな方だよ。俺なんて配属されてからも訓練を受けたから、実質半年は訓練漬けだったな」
「それはきついですね。イオルさんは……」
イオルに目を向けると、目を閉じたまま規則正しい呼吸をしている。
「ね、寝てる?」
ルシェが顔色を変える。
「ちょっと、ここは俺達の……」
「まぁいいじゃないか」
声をかけようとしたルシェをベルロイが止める。
「今日のイオルは一段とはしゃいでたから」
「……そうですね」
二人は心配そうな顔をイオルに向ける。何故イオルがここまではしゃいでいたか、その理由を二人は理解している。
「ルシェはいいの?」
「……何がですか?」
ルシェは答えのわかっている問いをベルロイに投げかける。
「イオルのこと」
少し居心地の悪そうな顔をしてから、
「イオルさんが決めたことですから」
と、声のトーンを落として言った。
「本人が望まないことでも?」
「イオルさんは結婚を目的に兵士になった。それは前々から聞いていたことです」
ルシェは言葉と裏腹に納得できないような顔をする。
「……イオルさんが、そこまでして結婚してお金がほしい理由って何なんでしょう」
「何か理由がありそうだよね」
気持ちよさそうな寝息を立てているイオルを二人はただ見つめた。