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26.そうさせてくれるなら

 今日、ルシェに気持ちを伝えよう──


 寮へと急ぎながら、イオルはそう決意する。告白するならおめかしをして、雰囲気のいい場所で。そう考えてきたが、そうではなく、気持ちは伝えたいと思った時に伝える。場所やタイミングは関係ない。イオルはそれが一番ルシェに自分の気持ちが伝わると思った。


 ルシェが好きだ。年下だとかはもう関係ない。イオルは心の底からルシェという一人の人間と一緒にいたいと願う。


 遅くなってしまったけれど、ルシェはどんな反応をするのだろうか。喜んでくれるだろうか。そうやってルシェのことを考えていると胸が締め付けられる。早く会いたい。早く──


 イオルは夜道を急ぐ。もうだいぶ遅くなってしまったので、ルシェがまだ寝ていない内に帰り着きたいと気持ちも逸る。


「こんばんは、お姉さん」


 急いで歩くイオルの前に、暗がりから男が三人現れる。イオルは歩調を緩め、警戒する。


 お酒臭い。顔も少し赤らんだ中年の男達で、相当に酔っ払っていることがわかった。


「これからお兄さん達と遊ばない?」


 イオルの行く手を阻むように立った男達はニヤニヤと笑っている。イオルは一歩後ろに下がって、どう切り抜けようかと隙を探る。


「怖がらなくてもいいんだよ」


 ニヤニヤと笑いながら近づいてくる男達に足がすくむ。以前、任務中に人に攫われて監禁されたことを思い出した。その時の恐怖も一気に思い出して、イオルの身体は僅かに震え始めた。


 怖い。自分より大柄な男達。どんな能力や魔力を持っているかもわからない。イオルはナビゲーターなので、対抗手段も持っていない。


 こんなことならズールに着いてきてもらえばよかった。後悔するが、もう遅い。通信能力を使って誰かに助けを求めればいいのに、頭が真っ白になってしまったイオルはそれすら思いつくことができなかった。


 ルシェの顔が脳裏に浮かぶ。任務中に攫われた時、気を失ったイオルを抱えて連れ帰ってくれたのはルシェだった。


「さぁ、一緒に行こう?」


 一人の男の手がイオルの肩に触れた。


「い、いやっ……! ルシェっ……!」


 ドサッ


 男の背後で人が倒れる音がした。見ると、連れの二人が身体を硬直させて倒れている。


「なっ……!?」


「その汚い手を離せ」


 ドスの効いた低い声を発したのは軍服姿の男。普段の穏やかな様子とは別人のような鋭い目つきで、イオルの前に立つ男を睨み付けている。


「へ、兵士か!?」


 男はイオルから手を離して狼狽える。静かに近づいてくる軍服の男の手にはキラリと光るナイフが握られている。


「ル、ルシェ……?」


 ルシェは手に持ったナイフを男の足元に向けて素早く投げる。地面に刺さったナイフを見て、


「外してるぞ!」


 と、男はバカにしたように笑う。しかし、次の瞬間、男は身体の自由が効かなくなり、固まってしまう。驚きの表情のまま、他の二人の男と同じように硬直したまま倒れ込んだ。


「イオルさん!」


 男が倒れたのを確認すると、ルシェは心配そうな声をあげてイオルに駆け寄る。イオルは呆然と立ち尽くしていた。


「大丈夫ですか!?」


「ルシェ……っ!」


 近づいてきたルシェに我に返ったイオルはすがりつくように抱きついた。


「わっ……!」


 ルシェは驚きながらもイオルをしっかりと抱きとめる。


「ルシェ……ルシェ」


「はい」


「こ……こわかっ……」


「もう大丈夫ですよ」


 ルシェは泣きじゃくるイオルの頭を優しく撫でた。


***


 イオルが連絡をして男達を兵士に引き渡した後、二人はようやく帰路へついた。ルシェはしっかりとイオルの手を握っている。


「仕事から戻ってもイオルさんがまだ寮へ帰ってきていなかったので、慌てて迎えに行って正解でした」


「ありがとう……」


「だから夜道は危ないと言ったのに。これからは一人で歩いたらダメですよ」


「そうね……気をつける」


 今日ばかりはルシェに逆らえない。年齢が逆転したかのように、イオルは素直に頷く。


「ヒヤッとしました。イオルさんに何かある前に助けられてよかった」


「ルシェにはいつも助けられる。前に攫われた時だって」


「あの時は俺だけじゃなかったですけど……。でも、本当に気をつけてくださいね」


「うん」


 まだ少し恐怖が残っているイオルはそっとルシェの方に一歩近づいた。手だけでなく、腕まで触れる程の距離だ。


「これからもイオルさんのことは俺が守りますから」


「ルシェ……」


「そうさせてくれるなら」


 二人は間近で見つめ合う。どちらからともなく歩くのをやめて道の真ん中で立ち止まった。


「そうさせてくれるなら、いつまでも」


 ルシェはもう一度そう言った。イオルは頬を赤く染めてルシェを見つめ返す。


「ずっと……?」


「はい」


「あたし、ルシェより年上だよ? 先におばさんになっちゃうよ?」


「今更何を言ってるんですか」


 ルシェは困ったように微笑んだ。


「ワガママ言うし、可愛げもないのに?」


「何言ってるんですか。イオルさんらしくもない」


「そうね……」


 イオルは恥ずかしそうに何度も瞬きをする。


「それに、イオルさんは可愛いですよ」


「……っ!?」


「ずっと見ていたい」


 ルシェは目を細めて笑う。その顔はなんとも男らしく、イオルの頭から年齢の差を忘れさせていく。


「あのね、ルシェ」


「はい」


「あたし、あたしも……ルシェとずっと一緒にいたいって……思う」


 イオルは顔を真っ赤にしながらもちゃんとルシェの顔を見てそう伝える。


「あたしもルシェのこと、好き……っ」


 勇気を出してそう伝えると、ルシェがふわりと破顔した。


「やっとその言葉が聞けた」


「ごめんなさい、待たせて」


「本当ですよ」


 ルシェは繋いだ手を引いて、イオルの身体を自分の胸の中に収める。ぎゅっと抱きしめて、大きく息を吸い込んだ。


「何度もダメかと思いました」


 その言葉と共に力が抜けて、体重をイオルに傾ける。


「でも、もう離さない」


 ルシェの言う一言一言にドキドキしながら、イオルはその胸の中に顔を埋めた。


「好きです。ずっと……」


 夜の街で二人はしばらくそうして抱き合っていたのだった。


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