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24.おかえり

「そちらはどうでしたか?」


 イオルがぼんやりとしていると、今度はルシェから尋ねてきた。


「特に変わりなく?」


「そうね……」


 ルシェのいない間仕事に集中できていなかったので、咄嗟に言葉が出なかった。


「特に変わったことはなかったと思うわ」


「そうでしたか」


 ルシェは何かを考えている様子で頷いた。


「何か気になることでもある?」


 そんなルシェに気がついたイオルはそう尋ね返した。


「気になること……そうですね、あるにはある、んですけど」


「何? あたしに聞いてよ」


 言葉を濁すルシェにイオルは促した。


「……ベルロイさんはどんな様子ですか?」


 絞り出てきたのはそんな問いだった。


「ベルロイ? 別に変わりないと……」


 イオルはそう言いかけて、ルシェにベルロイとのことを話さなくてはならないことを思い出した。


「あ、そう。あのね、ルシェに報告しておくことがあって……」


「……はい」


 遂に来たか、とルシェの身体はこわばる。その緊張の意味を正確に把握できないイオルは、もじもじと照れながら言葉を続ける。


「ベルロイからの告白のこと、なんだけど……」


「……はい」


「ルシェに言う必要があるか悩んだんだけど、」


「……言ってください」


「あ、うん。ルシェが戻ってきたらちゃんと言おうと思っていたの」


「……はい」


 ルシェはイオルの報告が自分にとって残念なものであっても、取り乱さないようにと心を落ち着けた。


「あたしね、ベルロイからの告白……断ったから」


「それはおめでとうござい……は?」


 思っていた言葉と別の言葉を聞いて、ルシェは用意していた言葉を途中で切った。


「断った、と、言いましたか?」


「う、うん。ごめんね、もっと早く言うべきだったのに」


 混乱する頭を何とか落ち着けようと試みながら、ルシェは


「具体的にはいつ? 俺が遠征に行っている間ですか?」


 と、再度確認する。


「ううん、違うの。ルシェがあたしをパーティに誘ってくれた日に」


「え!? それはだいぶ前の話じゃないですか!」


「だ、だからごめんね! 報告が遅かったよね……」


 しゅんとして肩を丸めてしまうイオルを見て、ルシェは慌てた。


「あ、いえ、怒っているわけではなくて……」


「怒ってない、の?」


 上目遣いで尋ねてくるイオルが可愛い。その可愛さにうろたえながらも、ルシェは、


「はい、怒っていませんよ」


 と、安心させるよう笑いかける。


「ただ、驚いただけです。てっきり俺はまだ……」


 ルシェは遠征に行く前に食堂で二人で話すイオルとベルロイを目撃した。その時のイオルが頬を赤く染めていたようだったので、イオルの気持ちはベルロイに行ってしまったのではないかと懸念していた。自分に向いたように思ったイオルの気持ちがわからなくなり、ルシェはイオルにあんなきつい態度を取ってしまったのだ。


「ベルロイのことは、友達として、仲間としては大切な存在だけど、付き合うとか、そういうのは考えられないなって思って、それで……」


「そう、でしたか」


 イオルの手を握りたい衝動に駆られたが、ここは店だと自分を律して踏みとどまった。


「あの、すみませんでした、この前」


「この前って……」


「遠征に行く前に、せっかく俺を訪ねて家にまで来てくれたのに、あんな態度を……」


「ううん、いいの」


 ようやく元通りのルシェに戻って、イオルは安堵の笑みを浮かべる。その顔を直視することができないルシェは、視線を彷徨わせた。


***


 食事を終えた二人は寮へ戻る。真っ直ぐに帰ってもよかったのだが、イオルが「少し歩きたい」と、言うので遠回りして帰ることにした。


 夜も遅くなってきて人通りはまばら。酔っ払った大人が楽しそうに話しているのとたまにすれ違うくらいだ。


 口数少なく歩くイオルの手をルシェは自然に取った。


「……夜は危ないので」


「……大丈夫よ、そんな。あたしだって一応兵士だし」


 イオルはそう言いながらもルシェの手をしっかりと握り返す。


「女性が一人というだけで危険ですよ」


「……今は一人じゃない」


「そうですけど」


 こんなことはただの口実だとお互いにわかっているのに、照れ隠しからそんなやり取りを交わす。


「ルシェは明日お休みでしょう? 家へ顔を出すの?」


「いえ、特に決めてはいませんが……」


「行ったほうがいいわ。きっと、お母様達も心配してる」


「父から報告はあると思いますよ」


「そういう問題じゃないの。やっぱり顔を見ないと安心できないものよ」


「そういうものでしょうか」


 今回で待つ側の気持ちがわかったイオルはルシェに強く勧めた。


「なら、顔を出します」


「それがいいわ。きっと寂しい思いをしていると思うから」


「寂しい、ですか」


 ピンときていない様子のルシェを見て、イオルもぽつりと零す。


「あたしだって……寂しかった」


「……!?」


 イオルからそんなことを言われると思っていなかったルシェは驚きで目を丸くする。イオルは恥ずかしくなって俯いてしまうが、その言葉を否定することはない。


 ルシェは握る手に力を込めた。


「もうしばらくは王都を離れることはないと思いますから」


「……うん」


「待っていてくれて、ありがとうございます」


 イオルは潤んだ瞳をルシェに向けて、


「おかえり、なさい」


 と、微笑んだ。


「ただいま」


 ルシェもそれに応えて、二人で微笑み合うのだった。

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