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23.教えてくれた気持ち

 ルシェは遠征へと旅立っていった。ルシェと出会ってからこんなに長く離れたことがなかったので、いないことが落ち着かない。本部でなんとなくルシェの姿を探していて「そうだ、いないんだ」と、気がついては落ち込むという重症っぷりだった。


 イオルはルシェの残していった言葉の意味を考え続けている。言葉の真意はわからなかったけれど、ルシェは自分はベルロイみたいに大人じゃない、と言った。そのことについて考えていると、イオルはルシェにベルロイからの告白を断ったことを伝えていなかったことに気がついた。


 自分の気持ちのことばかりを考えていて、ルシェの気持ちに思いが至っていなかった。イオルはそう思って深く反省していた。ルシェが何故あんな態度を取ったのか、その原因はイオルにあるはず。戻ってきたらちゃんと話をして謝りたいと思った。


 ベルサロムからの通信では、ダイス帝国との国境解放は順調に行われているようだった。トラブルも起きていないので怪我人の報告もない。それでもイオルは毎日の通信を緊張しながら受けていた。


 ルシェが遠征に行ってから10日目。予定通り役割を終えたルシェが戻ってくると連絡があった。夕方には本部へ到着するらしい。


 イオルは無事だったことからの安堵と、ルシェと久しぶりに会える緊張から、落ち着かない日中を過ごした。それでも、今度はルシェを傷つけないように、自分も後悔しないように話をしようと心に決めていた。


「ただいま戻りました」


 声が聞こえてイオルはハッと顔を上げる。ルイフィスの机の周りで遠征に行っていた数人の隊員が報告を行っていた。その中にはルシェの後ろ姿もある。たった10日ぶりだというのに、その背中は逞しく、男らしくなったように感じられた。


 口頭での報告を終えた隊員達は自分のデスクへと戻って報告書を作成する。ルシェも自分の机へ向かうその途中で、イオルと目がばっちりと合った。その瞬間に、イオルは仕事中だということも忘れて立ち上がった。


「ルシェ……」


 口の形だけで名前を呼ぶと、ルシェが目線で部屋の外を指す。仕事中に部屋で話すわけにはいかないからだ。イオルはルシェの背中を追いかけて部屋の外へ出た。


「ルシェ!」


「イオルさん」


 最後に会った時は冷たい表情をしていたルシェだったが、今イオルに向けている顔は柔らかいものだった。


「身体は? 何ともない?」


「はい。おかげさまで任務も滞りなく終わりました」


「そう……良かった」


 10日間の胸のつかえが一つ取れて、イオルは息を吐き出す。


「そろそろ仕事に戻らないと」


「あ、待って、ルシェ!」


 話を終えようとするルシェをイオルは呼び止める。


「今日……仕事終わった後、外にごはん食べに行かない?」


 ルシェはイオルの誘いの意味を考えながら、


「これから報告書を書くので、そう早くは終わりませんが……」


 と、答える。


「待ってる。……終わるまで」


 俯き加減のイオルの表情はわからなかったが、耳が赤く染まっているのが見えた。ルシェは少し考えてから、


「わかりました」


 と、頷いた。


「それじゃあ先に行っていてください。俺は終わったら行くので、みんなで先に食べ始めていていいですよ」


「……ううん、他に、誰も誘うつもりは……ないから」


 てっきりリコルやベルロイも一緒だと思っていたルシェは驚きで目を丸くする。


「……わかりました。それじゃあなるべく早く終わらせます」


「……うん」


 話は終わり、二人は自分の机へと戻っていく。イオルはひとまず断られなかった安堵で息を吐き出した。


***


 仕事が終わり、二人は街へ出る。落ち着いて話がしたいと、イオルが選んだのは初デートでルシェが連れてきてくれたお店だった。


「お疲れ様」


 二人はミント入りのサイダーで乾杯する。お互いに緊張している様子で、ここへ来るまでの会話はほとんどない状態だった。


「ルシェが無事で本当に良かった。国境解放も問題なく?」


 すぐに本題に入ることは躊躇われたので、イオルは遠征の話を尋ねた。


「はい。特に暴動などが起こることもなく。ただ、今回は一時的な解放で、出入りした人間は全員自国に戻りましたから、本当に第一歩という感じです。大変なのはこれから、国境が常に解放されるようになってからです」


「ダイス帝国の人がユーロラン帝国に住むことになる」


「いずれは。王都にもたくさんの人が来ます」


「あたし達も忙しくなるわね……」


「はい。治安が悪くなることのないよう、注視しなくてはなりませんから」


「そうしたら応援の人数も減って国境の付近は人手が足りなくなるわね」


「キースさん達、戦時対策部はしばらく国境付近に行くことになるでしょうね。まぁ、状況によっては王都に戻って来ることになるんでしょうけど……」


「そうしたらリコルは寂しいわね」


 イオル達の部隊が王都を離れることはないので、しばらくリコルとキースは遠距離になってしまう。寂しがっていたリコルの顔がちらついて、イオルの胸も痛んだ。


「もうしばらくしたら一度王都に戻ってくるはずですが」


「そう……でも、しばらくはリコルが寂しくならないように、食事に誘ってあげたりしないとね」


「ふふ、イオルさんって何だかんだ言っても優しいですよね」


「そ、そんなんじゃないわよ! ただ……」


 会えない寂しさがわかるから。そんな言葉をイオルは飲み込んだ。


 今までだったらわからなかった気持ち。そんな気持ちを教えてくれたのはルシェだった。

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