21.平穏は長く続かない
パーティの日以来、イオルとルシェはなかなか休みが合わずにゆっくりと話しができずにいた。お互いに悶々とした気持ちを抱きながらも時は過ぎていく。そうしている内に、仕事に変化が訪れることになる。
「遠征、ですか」
ある日、会議室に第三守護兵団の一班の中から何名かが呼び出された。その中にはルシェとイオルもいる。
「ああ。我が国とダイス帝国との国境解放に向けて新たな動きがあった。段階的に国境を解放していくと、両国での合意がなされたらしい」
国内情勢も落ち着き、イオルとルシェが特務部隊にいた時に関わっていた国境解放事業がいよいよ本格始動することになったのだ。
「それに伴って、ベルサロム地方の国境が試験的に一時解放される。まだ行ける範囲や時間に制限はあるが、段階的に広がって行くだろう。その監視や警備のために、人員が必要だ」
隣国の人間が入ってくる。その混乱に備えて守護兵団による警備が強化されるのだ。
「我が部隊からも数名の人員を送ることになった。それがここに集まってもらった者達だ。ナビゲーターは本部に残り、何かあれば王城のへすぐに連絡できる状態にしておく」
ルシェがしばらく王都を離れることになり、イオルは連絡係として本部に残る側だ。ルシェと離れることになるイオルは胸に痛みを覚えながらも、それを必死に隠しルイフィスの話に集中しようとする。
「期間は何もなければひとまず10日。その間に二度の国境解放があるので、現地の隊長の指示に従って動くように。以上だ」
この重要な任務にルシェが選ばれたことは兵士として喜ばしいことだ。だけど、どうしても胸がもやもやしてしまう。
イオルは何かルシェに声をかけようと考えるが、どうしても言葉が出てこないまま仕事に戻った。10日という短い期間だが、ルシェが王都を離れる。兵士であるからにはこういうことは承知の上でだったはず。それなのに、胸が痛くて仕方がなかった。
***
夜。イオルはいつものように寮の食堂でリコルと一緒に夕食を取っている。
「そっか、ルシェが……」
話を聞いたリコルは顔を曇らせる。
「いよいよ落ち着いてた時期は終わりって感じだよね。王都にダイス帝国の人が来るようになったら、私達だって大忙しだろうし」
「そうね」
はぁ、とため息をついてから、珍しく暗い表情のリコルが無理矢理に笑顔を作る。
「キースも行くんだ、国境の警備」
リコルの恋人であるキースは第二守護兵団の戦時対策部隊に所属している。こういったイレギュラーな事態に真っ先に動かなくてはならないのがその部隊なのだ。
「そっか……そうよね、あたし達にまで要請が来るんだもん、キース様達も駆り出されるわよね」
「うん、しかもルシェより長いよ。1ヶ月、もしかしたらもうちょっと長いかも」
「そんなに……」
ルシェの10日で悲しんでいた自分が恥ずかしくなるくらいの長い時間だ。
「そんなに危険のない仕事だってわかっててもやっぱり、ね」
リコルの表情からは不安と寂しさが見て取れる。イオルはそうやって素直に寂しがれるリコルを羨ましく思った。
「いつ出発?」
「ルシェと同じタイミングよ。明後日、だったっけ?」
「急よね……」
「本当に。前もってわかってたことなんだから、もうちょっと早く伝えてくれればいいのに」
末端の兵士であるイオル達に連絡が来るのはいつもぎりぎりだ。
「出発前に会えるの?」
「うん、明日ね。準備で忙しいから、お昼に少し会うくらいだけど」
「そう。でも良かったね、会えて」
「そうだね」
リコルはようやく心からの笑顔を浮かべた。
「お疲れ様」
そこへ仕事を終えたベルロイがやってきた。
「俺も、いい?」
隣の空いた席を目線で指して聞いてくる。
「いいわよ」
ベルロイはリコルの隣に座った。
「ルシェ、明後日からベルサロムだって?」
「そう。今ちょうどその話してたとこ」
リコルがため息混じりに答える。
「リコルとイオルはこのまま王都だろう? 俺も王都だけど、人が減る分仕事がきつくなるな」
ベルロイもやれやれとため息をつきながら食事を始めた。
「やっぱり即戦力が持ってかれるね。私達居残り組は危険は少ないけどしわ寄せが来るわね」
「リコルは王都で良かっただろ。変に目立ったら危ないし」
リコルの心を読む能力は元特務部隊のメンバー以外知らない秘密事項だ。誰かにバレでもしたら利用される可能性があり、危ないのだ。
「キースにもそう言われたけど……」
「キースさんと一緒に行きたかった?」
ベルロイの言葉にリコルは肩を竦めて答えた。
「ごめん、悪いけど先に寝るわ」
元気のないリコルは食事を終えるとすぐに立ち上がる。
「うん、おやすみ」
リコルを送り出すとイオルとベルロイは二人で食事を続ける。
「イオルも寂しいね」
「あたしはリコルよりは……って!」
思わず寂しいということを肯定するようなことを言ってしまい、慌てて取り繕う。しかし既に遅く、ベルロイには笑われている。
「イオルも素直になればいいのに」
「応援しないって言ったでしょ」
「そうだったね」
イオルも笑顔を見せる。ベルロイとは、告白を断った後も普通の関係が築けている。それは、ベルロイが気を使っているからで、イオルもそのことに気がついてありがたいと思っていた。
「行く前に何か声をかけておいたら?」
「そうね……でもなんて言ったらいいか」
「何でもルシェは喜ぶと思うよ」
「……そうかな」
イオルは赤くなった頬を片手で包みながら、ルシェとちゃんと話そうと心に決める。その様子を険しい表情のルシェに見られていたことを、イオルは気がついていなかった。




