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19.思いやるあまり

 パーティも中盤に差し掛かった頃。イオルは一人、会場から抜け出してテラスで夜風に当たっていた。


 ルシェの相手に自分は相応しくないのではと思ってから、ルシェの隣にいることに罪悪感を感じている。様々な参加者に挨拶する度に逃げ出したい衝動に駆られるのだ。


 それでもイオルはルシェに恥を欠かせるわけにはいかないと耐えて、得意の猫被りで場を乗り切った。ただ、ルシェの恋人かと聞かれる度に頑なに否定はした。


 イオルはズールがベルロイの出身を聞いて態度を軟化させた時のことを思い出していた。田舎街の貧しい家出身の自分の立場を考えればズールは正しかったのかもしれない。ルシェと一緒に、なんて身の程知らずで、ベルロイとの方が良かったのかもしれない……


 そんなことまで考えてしまう自分が嫌で嫌でたまらなかった。


「イオルさん?」


 背後から声をかけられたイオルは身体を強張らせる。どこかで来て欲しいと思っていたのに、いざ来たとなると拒絶しなければと思うのだ。


「大丈夫ですか?」


 イオルの隣までやってきたルシェは心配そうに顔を覗き込む。


「ええ、大丈夫。少し疲れただけ」


 ルシェから一歩後ずさったイオルは笑顔を作る。


「大丈夫だから、ルシェは戻って? ルシェと話したい人もいるでしょう」


「……いえ、ここにいます」


 持ってきた飲み物を口に含みながらそう言う。


「それに、俺が話したいのはイオルさんです」


「ルシェ……」


 イオルは嬉しいのに素直に喜ぶことができない。ルシェの横顔は年下だということを忘れるくらい大人びていてドキリとした。


「……イオルさんはこのパーティに何故来よう決めたのですか?」


「何故、って?」


 ルシェの質問の意図がわからないイオルは聞き返す。ルシェの顔は辛そうに歪んでいる。


「俺はエスコートすると言いました。それでもイオルさんは来てくれましたね?」


「ええ……」


「ここへ来れば、みんなイオルさんが俺の恋人だと思います。そう思われても良いのだと、俺は思っていました」


「あ……」


 そこまで言われてイオルはようやく気がついた。ルシェが何をイオルに聞きたいのか。何に傷ついたのかを。


「まだあの告白の返事はいただいていませんから、こんなことを思うのは筋違いなのかもしれません。ですが、俺はイオルさんの気持ちがわからない」


 ルシェに真っ直ぐ見据えられて、イオルはさらにもう一歩後ずさった。ルシェはイオルが恋人ではないと強く否定したことに傷ついたのだ。


「わからなく……なりました」


 青い瞳が揺れる。ルシェにそんな辛そうな顔をさせたのは自分だと思うとイオルの身体は芯から寒くなってくる。


「イオルさんは俺のことをどう思っているのでしょう? 正直に……言って欲しい」


 二人の間をさーっと冷たい風が吹き抜ける。いつまでもルシェを待たせるわけにはいかない。自分の立場を考えて、ルシェのためを思うなら断るべきだ。そう思うのに、言葉が出てこない。


「ルシェ! イオル!」


 静寂を破ったのは二人を呼ぶルイフィスの声だった。


「そろそろ帰ろうかと思うから、挨拶に一緒に来い」


「……わかった」


 ルシェはイオルをじっと見たままルイフィスに返事をする。


「……行きましょう」


 返事をすることができないイオルの手を取って、二人はルイフィスに続いて会場に戻った。




「姉ちゃん?」


 パーティから帰宅後、夜も遅いのでシャロク家に泊まることになったイオルの元へズールがやってきた。


「どうかしたの?」


「どうかって? 別に何もないわよ」


 すまし顔で答える姉にズールは疑いの目を向ける。


「……嘘だね。姉ちゃん、落ち込んでるのに強がる時は、いつも僕の顔を見てくれないから」


 弟からの指摘にイオルはようやく視線を合わせる。


「パーティで何かあった? ルシェ様も様子がおかしかったから」


「……」


 イオルは何と言ったらわからなくて、自分の手元をじっと見つめた。


「この前は姉ちゃんが僕を励ましてくれたでしょう? 僕だって姉ちゃんの力になりたいんだ」


 ズールはイオルの手をぎゅっと握って、そう訴えた。その弟からの優しさを受けて、イオルは黙っていられるはずがなかった。


「……あたし達には親がいない。フィデロの田舎街で貧しい暮らしをしてきた。そんなあたしがルシェの側にいる資格って、あるのかな?」


 イオルは悲しげに揺れる瞳をズールに向ける。


「ルシェの将来の足枷になるだけなんじゃない?」


「なるほど……それで悩んでいたのか」


 ズールはイオルの悩みを聞き出すことができてホッと息を吐き出す。


「確かにシャロク家みたいな立派なお家の方とお付き合いすることは、昔の僕達じゃ考えられないことだと思う。だけど、ルシェ様が姉ちゃんを求めているわけでしょう?」


「それは……」


 ズールはイオルに優しく微笑む。


「貴族の考えは僕にはわからないけれど、ルシェ様はそういうのを抜きにして姉ちゃんのことが好きなんじゃないかな。だったら、姉ちゃんも気にせず自分の気持ちで応えればいいんだと思う」


「でも……」


「どうしても気になるなら、直接ルシェ様に聞いてみたらいいじゃないか。姉ちゃんは一人で難しく考え過ぎているよ」


「難しく……。それ、同じようなことをベルロイにも言われたことあるわ」


「ふふふ、姉ちゃんのことをよくわかってくれているんだね」


 ズールは嬉しそうに笑ってから、


「ルシェ様だって、姉ちゃんのことをわかってくれてると思うし、話したら姉ちゃんの疑問にしっかり答えてくださると思うよ」


 と、言った。


「そう、よね……。わかった、今度聞いてみる」


「今度じゃダメだよ」


 厳しい表情のズールはイオルの顔の前でピッと人差し指を立てる。


「今、行かなきゃ」


「い、今!? だって夜も遅いし……」


「そうやって先延ばししたらまた勇気出すのが大変だよ。悩みはすぐに解決しなくちゃ!」


「で、でも……」


 ズールはイオルの腕を引っ張って立ち上がらせる。


「さ、僕がルシェ様の部屋に案内するから。早く行こう!」


「ちょ、ちょっとズール!」


 ぐいぐいと背中を押すズールの勢いが止まらない。イオルは抗うことができずに部屋から押し出されてしまった。

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