1.第三守護兵団一班の仲がいい3人
「ルシェ! ベルロイ! お昼行くわよ!」
ユーロラン帝国、第三守護兵団一班の本部。男の多い色気のない部屋に、甲高い女の声が響き渡る。その声を聞いた兵士にしては若い外見のルシェと、ルシェより年上で背も高いベルロイという二人の男が振り返る。
ルシェは顔に明らかに迷惑そうな表情を浮かべ、真っ赤な髪の毛のベルロイは笑みを浮かべた。
「もう、お腹ぺこぺこよ!」
二人の前に仁王立ちしたイオルという女はルシェよりさらに背が低く小柄だ。口や鼻も小さいのだが、赤茶色の瞳だけがぱっちりとして存在感がある。
「お昼なら一人で行けばいいじゃないですか」
ルシェは感情を隠さず不満気な声をあげる。
「ほら、さっさと行くわよ! 今日行くお店はもう決めてあるの!」
「イオルさん、人の話を聞いてくださいよ……」
肩まで切りそろえて内巻きに整えられている金色の髪の毛をなびかせて、さっさと部屋を出て行くイオルの背中にルシェはぼやくが、彼女の耳にそれは届いていない。ベルロイはルシェの肩を叩いてイオルについて行くので、ルシェもため息を一つついてから続いて部屋を出るのだった。
イオル、ルシェ、ベルロイの三人はユーロラン帝国の兵士で、同じ部隊で働く同僚だ。数ヶ月前に特務部隊という期間限定の部隊で出会い、部隊が解散になった後も同じ部隊で働いている。
ワガママ放題で振り回してくるイオルに「嫌な腐れ縁だ……」とぼやくルシェだったが、言葉程イオルのことを嫌っているわけではないということを、ベルロイは知っている。それどころか──
店に着くと、イオルは仕事中には決して見せない生き生きとした表情でメニューを見つめる。白い肌が僅かに上気し赤茶色の瞳を輝かせているその姿は年相応の魅力的な女性そのものだ。ルシェに言わせれば「口を開かなければ」ということになるのだが。
イオルは自分のメニューが決まるとすぐに店員を呼び、注文を済ませる。「俺はまだ……」と文句を言うルシェもしっかりと注文をしてから、イオルと軽い言い合いをする。それも、彼らの日常になりつつあった。
「仕事も随分と落ち着いてきたわね」
言い合いが終わると、イオルが頬杖をつきながらそう口にする。
「皇帝がキューレ様に代わってから、俺達も忙しかったからね」
「ようやくのんびりできるわね。ここのところ忙しくて、もう一年くらい休んでいたいくらいよ」
イオルの不真面目発言に顔をしかめるルシェだったが、続く言葉にハッと息を飲む。
「落ち着いたことだし、そろそろあたしも結婚相手を見つけないと」
顔色を変えて口をつぐむルシェに代わって、ベルロイが、
「やっぱり結婚するつもりなの?」
と、尋ねる。
「当たり前でしょ。あたしも今年で19歳。年齢的にもちょうどいいし、王都にも戻れたし、本格的に活動開始よ」
イオルは淡々とそう言う。
「そんなにお金が必要なんですか?」
ルシェの声は固く強張っていた。
「そうよ」
「……それで本当にいいんですか?」
「いいも何も、それがあたしの目標なの。そのために守護兵団に入ったんだから」
イオルはきっぱりと言い切るが、どこか無理をしているような響きが言葉の端々に感じられる。そのタイミングで料理が運ばれてきて、イオルは、
「いただきまーす!」
と、わざとらしく明るく喜んで見せた。
「ほーいえば」
「食べるか喋るかどっちかにしてくださいよ」
イオルはごくん、と食べ物を飲み込んで、
「あたし達、最近まで休みなく働きづめだったでしょう!? だから、来週3日間のおやすみもらえるんだって! 聞いた?」
と、顔を輝かせた。
「はい、父さ……隊長から聞きました」
ルシェは少し恥ずかしそうにそう言い直す。イオル達の部隊の隊長は、ルシェの父親であるルイフィス・シャロクなのだ。
「みんなでベルサロム地方の海に行きましょう!」
「は?」
また強引に話が進んでいることに気がついたルシェは顔を曇らせる。
「キース様も同じタイミングでおやすみもらえるみたいだから、あたしとルシェ、ベルロイ、リコル、キース様の5人で!」
「勝手に行ってくればいいじゃないですか。俺は……」
「何言ってんのよ。リコルとキース様と3人で行くことになったら、あたしは完全にお邪魔虫じゃない」
イオルはため息をついてわかってないなあと首を振る。リコルとキースも特務部隊で共に戦った仲間で、2人は想いを通じあわせた恋人同士でもある。
「それじゃあイオルさんが諦めれば……」
「嫌よ! あたしだって海に行きたいもの。ね、ベルロイは行くでしょう?」
「そうだね。俺は海を見たことがほとんどないから、見てみたいな」
ゆったりと笑うベルロイを見て、ルシェは苦虫を噛み潰したような顔になる。
「ルシェも行くでしょ?」
ベルロイという味方をつけたイオルはルシェに不敵に笑ってみせる。
「わかりましたよ……」
「決まりね!」
観念したルシェを見てイオルは満足気に頷く。
「あたしもちゃんと海に行ったことがないの。どんな感じなのかしら」
心から楽しそうなイオルを見て、ルシェもようやく笑顔をみせる。
「イオルさん、泳げるんですか?」
「ううん。泳いだことないもの。だけど、一度入ってみたいわ! 溺れたらベルロイ、助けてね」
「頑張るよ」
「あー! 楽しみだなぁ」
イオルは胸に手を当てる。
「こうやってみんなで遊べるのも、もうないかもしれないからね」
イオルが少し寂しそうに呟いた言葉にルシェとベルロイは表情を曇らせた。イオルが結婚してしまえば、2人と遠出できることもなくなってしまうから。
「海は肌が焼けるらしいから、美容液はちゃんと持っていかなくちゃ。あとは、お土産をたくさん買うから、なるべく荷物は減らして~」
先程の言葉がなかったかのように、イオルは楽しげに旅の予定を立てる。ルシェとベルロイはそれぞれの想いを抱いて、複雑な表情でイオルを見つめていた。
***
「おっはよ~!」
ベルサロムの海へ遊びに行く当日。朝は早いというのにイオルのテンションは高かった。大きな荷物をベルロイの馬に乗せる。
「結局、大荷物じゃないですか」
「しょうがないじゃない! あれこれ考えてたら必要なものが多かったのよ!」
朝から言い合いをするルシェも、いつもよりも笑顔が多い。
「あたしはリコルの馬に乗せてもらうから、帰りのお土産はルシェ、お願いね!」
「また、勝手に……」
「2人乗りなんて初めてするけど、大丈夫かな」
そう言ったのは、茶色い髪の毛を一つに束ねた女、リコルだ。
「ちょっとリコル。あたしのこと落としたりしないでよ!?」
「どうかなぁ」
「リコル!」
リコルはニヤリと笑ってイオルをからかう。このリコルもイオル達と同じく第三守護兵団一班の同僚で、特務部隊から任務を共にした仲間だ。その2人の慣れた掛け合いからは親しさが感じられる。
「あ、キース様っ! お久しぶりですねっ!」
自分の馬を連れてやってきた目つきの悪い男を見つけると、イオルは声色を変えて可愛らしく挨拶をする。そんな態度を変えるイオルにルシェはじとっとした目線を送るが、イオルはまったく気がついていない。
「ああ」
「キース、荷物少ないね。大丈夫なの?」
やってきたキースにいち早く近づいたのはリコルだった。
「2泊だろ? そんなに荷物いらないだろ」
「それにしても少なくない?」
「こんなもんだろ」
鋭い目つきを和らげて微笑むキースと、そんなキースを嬉しそうに見つめるリコルからは、2人だけの独特の雰囲気が感じられる。恋人同士のやりとりを見てやれやれと肩を竦めたイオルは、
「さ、行きましょう!」
と、声を掛けたのだった。




