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18.パーティへ

 パーティ当日。ブルーグレーのワンピースを着たイオルはシャロク家でズールに髪の毛をセットしてもらっている。


「まさかズールに髪の毛をやってもらう日が来ると思ってなかったわ。あたしだって自分でできたのに」


「僕がやりたいって頼んだんだよ。普段アーシャ様やカナン様の髪の毛のアレンジをしているから、だいぶ上手くなってきたと思うんだ」


「別に心配しているわけじゃないけど」


 イオルは照れた表情で鏡越しにズールを見る。


「今日はルシェ様にエスコートしてもらうんでしょ? ちゃんと綺麗にしなきゃね」


「ぐっ……」


 何事か反論しようとしたイオルだったが、結局何も言えずに大人しくしている。


「はい、できた」


 ズールの言葉に鏡の中の自分を見ると、綺麗にひと束編み込まれた髪の毛が高い位置でまとめられていて、そこに花の形の髪飾りがついている。


「ありがとう。なかなか上手いじゃない」


「そうでしょう?」


 あれからズールはよく笑うようになった。イオルが求めれば食事にも出てきてくれるし、こうしてシャロク家にいる時でもリラックスした表情をするようになっている。


「ルシェ様と頑張ってきてね、姉ちゃん」


 こうして姉をからかうくらいには成長したということだ。


「ちょっと、ズール!」


 イオルがズールを小突いていると、ちょうどそこへルシェがやってきた。ルシェもしっかりとタキシードを着た正装姿だ。


「それでは」


 ズールは礼をしてさっさと部屋から出ていった。


「準備はできましたか?」


「……ええ」


「父が呼んだ馬車がそろそろ来るはずです。ロビーへ行きましょうか」


「……そうね」


「?」


 ルシェは恥ずかしそうに目を逸らすイオルを不思議そうに見つめる。そのままイオルの上から下まで眺めて、頬を赤らめて微笑んだ。


「……素敵ですよ」


「!? ちょっ、からかわないで!」


「からかってませんよ」


 ルシェはくすりと笑ってからイオルに手を差し出した。


「それでは行きましょう」


 今日はちゃんとしたパーティではないということで、イオルの格好は動きやすいワンピース姿。それでも、ルシェはしっかりとエスコートしようと手を差し出す。イオルは恥ずかしさをぐっと堪えてその手を取った。



 ルイフィスとアーシャ、ルシェとイオルの4人は馬車に乗って会場へと向かう。並んで座る二人をアーシャは目を細めて嬉しそうに見ている。


「イオルさんが来てくださってよかったわ。ルーもそろそろ年頃だから、こういうパーティに一人で出ると縁談の話が来るでしょう? ルーにその気がないのだから、断るのも面倒だと思っていたのよね」


「か、母さん……! まだ僕達はそういう関係では……」


「わかっているけれど、ルーにその気がないのは確かでしょう? だってルーはイオルさんに夢中だから」


「母さん!」


 ルシェは顔を赤くしながらアーシャに抗議をする。イオルもどうしたらいいかと視線を彷徨わせている。


「ははは、若いっていいなぁ」


 ルイフィスはアーシャを止めるでもなく、そう笑いながら楽しそうにしているだけだ。そんなルイフィスをイオルは睨んでみるけれど、まったく動じる様子はない。


 イオルにはルシェの真っ直ぐな気持ちがちゃんと伝わって来ている。ルイフィスとアーシャもイオルを受け入れてくれることもわかっている。後は自分の気持ちだけ。ルシェのことを悪くなく想っていることは自覚しているものの、最後の一歩を踏み出せずにいる。



 会場に着くと、まずルイフィスがアーシャの手を取って馬車から降りる。続いてルシェがイオルの手をしっかりと取って。マナーだからとわかっているのに、手が触れただけでドキドキしてしまう。


 会場は既にパーティが始まっているかのような活気に溢れていた。ルイフィス達の年代が多いように思えるが、イオルと同年代の姿も多数見られる。会場に入るとチクチクと視線を感じた。


「すみません、こういう場だと父さんはなかなかの有名人でして」


 イオルの戸惑いに気がついたルシェが耳元に顔を寄せてそう説明する。


「隊長に昇進したばかりなので余計なんです」


 説明を終えるとルシェの顔が離れた。吐息がかかるほどの距離に息を詰まらせていたイオルはホッと息を吐き出す。


 落ち着いて周囲を観察してみると、視線はルイフィスばかりに向けられていないことを感じる。一代でシャロク家を大きくしたルイフィスの息子、ルシェ。そんなルシェだって入団早々に特務部隊という期間限定で設置された部隊に大抜擢されて、結果を残したのだ。


 そのルシェに注目がいかないはずがない、とイオルは思った。そして、その隣にいるイオルにだって。


 もし、今日イオルがルシェと共に来なければ、アーシャの言う通りルシェは女性に囲まれて大変な目にあっただろう。そう思うとなんだか胸がもやもやとした。


 どういう風に振る舞ったらいいかわからないイオルは、ルシェにエスコートされて主催者夫妻の元へ挨拶に向かった。今日は祝うべき主催者がいるのだから、初めに挨拶するのは当たり前のことだ。そんな当たり前のこともわからないイオルは、そんな自分を恥ずかしく思った。


 どの出席者も会場に着いたら挨拶を、という考えは同じようで、夫妻の前には長い列が出来ている。挨拶をするには時間がかかりそうだ。


 列に並びながら周囲を観察すると、ルシェに視線を向ける若い女性達は皆綺麗に着飾っている。イオルの手には届かないであろう豪華なドレスを着ている者もいた。きっと、貴族の家の女性なのだろう。今までそういった貴族の家に縁のなかったイオルは、そういう人達からの視線に落ち着かない。


 そんなイオルに対して、ルシェは普段通り落ち着いていた。


「まだ時間がかかりそうですから飲み物を取ってきます。何か希望はありますか?」


「いえ……何でもいいわ」


「わかりました」


 ルシェはイオルを壁際に置いてウエイターのところへと向かっていった。その背中はいつもよりも大きく見える。


 ルシェの願いはシャロク家を今後も続く名門の家にすること。そのためには、こういったパーティにも出る機会は多いだろうし、今後も増えるのだろう。そんなルシェの相手は平民のイオルよりも貴族や名門の家の娘の方がいいんじゃないだろうか。


 イオルはそんなことを考え始める。考え始めると止まらずに、どんどん思いは広がっていく。


 名門の家の娘でルシェよりも年下ならば、最も都合がいいだろう。年上を妻にする人がいないわけではないが、とても少ない。


 それに、イオルが持っているのはありふれた通信能力だけだ。子供のことを思うなら、珍しい能力の娘と結婚するほうがいいに決まっている。


「……イオルさん?」


 思い詰めた表情で考え込むイオルに飲み物を持って戻ってきたルシェが声をかける。


「大丈夫ですか? イオルさん」


「えぇ……」


 イオルは笑顔を作るが、それは引きつっていた。

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