13.ヤキモチ
「あ、イオル、ルシェ! お疲れさ……ま?」
第三守護兵団寮の食堂。仕事を終えたベルロイが戻ってくると、イオルとルシェを見つけて声をかけた。しかし、その様子がおかしいことにすぐに気がつく。
「どうしたの?」
「ああ……ええっと」
顔も上げることができないイオルに変わり、ルシェが困ったようにベルロイを見る。シャロク家から帰ってきたイオルはルシェがいくら励ましても落ち込んで元気が出ないままだった。
ルシェはシャロク家でのズールの様子についてベルロイに説明した。
「……なるほど」
ベルロイはイオルに目を遣る。
「ズールが肩の力を抜いてくれるように、俺達も協力するよ」
「ベルロイ……」
イオルは生気の抜けた目をベルロイに向ける。
「過去は取り返せないけど、未来は変えられるよ」
「うん……」
イオルは何度か瞬きをしてからまた目を伏せた。
「まずは一番心を許しているイオルとゆっくり時間を過ごしてもらいたいね」
「そうですね」
「そこで、イオルに今までの辛かったこととか、話してくれるといいんだけど」
「話して……くれるかしら」
「無理に聞き出す必要はないけど、きっかけがあれば話してくれるんじゃないかな? 話すことによって、今までのことが過去として整理されて、ルシェの家族のことも新しく優しい存在として受け入れてくれると思うんだ」
「そう……かな」
弱々しく頷くイオルにベルロイは優しく笑いかけた。
「大丈夫だよ。徐々にでも、変わっていけるから」
ベルロイの力強い相づちにイオルは強張った表情を和らげた。
「それじゃあ俺がズールを呼び出しましょう」
「ルシェが?」
「はい。俺はシャロク家の人間なので、俺が頼めば出てきてくれると思います」
「そうかもしれないね」
ルシェはどこか挑むような目線をベルロイに一瞬だけ向けた。ベルロイは目を伏せて微笑む。
「じゃあそれで呼び出して、顔見知りの俺とルシェ、イオルの三人でご飯でも食べようか。それで……そうだね、イオルの部屋にでも泊めてあげるといい」
「泊まって……くれるかしら」
「大丈夫です。俺がなんとかしますから」
そう断言するルシェにイオルは小さく頷いた。
***
その夜。寮の裏手でベルロイが日課である鍛錬を行っていると、沈んだ表情のイオルがやってきた。ベルロイは一瞬手を止めたが、すぐに気にしない素振りで鍛錬を再開する。イオルは前と同じ場所に座ってベルロイの様子をただ眺めていた。
「やあ」
鍛錬が終わると、ベルロイは今気がついたかのようにイオルに声をかけた。
「ふーっ! 夏の夜は暑いね」
ベルロイはイオルの横に座って持ってきていたタオルで汗を拭う。そのまましばらく無言でただ目の前の何もない空間を見つめる。
「ズールは……」
沈黙を破ったのはイオルの掠れた声だった。
「どんなに辛い想いをしてきたのかしら。フィデロで……」
イオルは苦しそうな顔で唇を噛みしめる。
「わかってたはずだった。下僕だったんだもの、酷い扱いを受けているに違いない。それなのに、あたしはズールに会えて浮かれていたの。ズールがどれだけ心に傷を負っているか、真剣に考えもしなかった……」
震える声で何とか言葉を発していく。
「もっとちゃんとズールに向き合わなくちゃ。だけど、兵団で安定した暮らしをしてきたあたしに、ズールの傷を癒やすことができるのか……不安で……」
「イオル」
ベルロイはイオルの肩に手を伸ばし、そっと抱き寄せる。
「心配しなくても大丈夫。イオルは今でもちゃんとズールと向き合ってる。それはズールにだって伝わるはずだよ」
「うん……」
ポロリと涙が零れ落ちて、イオルはそれを慌てて拭う。
「ごめん。あたし、ベルロイに頼りすぎてるわね。今日も、この前だって……」
イオルは笑顔を作ってベルロイに向ける。
「同じことでうじうじ悩んで、あたしらしくないわ」
「そうだね、イオルらしくない」
ベルロイはイオルの言葉を肯定する。
「だけど、それでいいじゃないか。誰にだって悩むことはある。それなのに無理して笑っている方が、俺は嫌だよ」
「ベルロイ……」
イオルは涙の膜が張られた大きな瞳でベルロイを見つめる。
「イオルがちゃんとズールと話ができるように、俺もサポートするから」
「ベルロイは……優しすぎる」
俯くと、涙がまたポロリと零れ落ちた。
「いつも周りのことばっかり。気を遣って……」
「そういう性分だからね」
ベルロイは空いた手でポリポリと頬を掻く。
「損するわよ」
「うーん、わかってはいるんだけどね。でも、やっぱりイオルが幸せになってくれることが一番だから」
「ずるい、そんなの……」
イオルは潤んだ瞳のまま口を尖らせる。
「今度何かさせてね。いつもベルロイにはもらってばかりだから」
「イオルが俺に? 珍しいこと言うね」
「ひどい! もう」
一層口を尖らせたイオルを見てベルロイは笑みを深くする。そして、肩に添えた手に力を入れて、イオルの身体を自分へとさらに寄せる。逆側の手をイオルの胴に回し、抱きしめるような格好になる。イオルは肩をピクリと震わせて強張らせた。
「べ……ベルロイ……?」
「……拒絶しないの?」
ベルロイはイオルの耳元でいつもよりも低い声で囁く。イオルは背筋がゾクゾクと粟立つのを感じた。
「な、何言って……」
「ルシェに、怒られない?」
「なっ……」
イオルはベルロイの手の中から逃げるように抜け出た。
「へ、変なこと言わないで! お、おやすみ!」
顔を赤くしたイオルはベルロイに背を向けて全速力で駆けて行ってしまった。ベルロイは片手で顔を隠し、うなだれる。
「はぁ、俺も余裕ないな」
ポツリと呟いた言葉は夜の闇に溶けて誰の耳へも届くことはなかった。




