12.仲良く帰宅
無事に靴とズールへのお土産を買うことができたイオルは、ルシェと共にシャロク家に向けて歩いている。時間的には夕方に差し掛かっているのだが、まだ日が高いので空は青く、明るい。
「あ、あの、ルシェ」
イオルがおずおずとルシェに話しかける。
「今日は……ありがとう」
「? これから家に行くことですか?」
「そうじゃなくて……買い物。付き合ってくれて」
素直にお礼を言うことに慣れないイオルは、ルシェのことを上目遣いでチラチラと見る。
「あ……いいえ。俺が言い出したことですし、イオルさんが楽しんでくれたならそれで……」
「うん、楽しかったし、気に入ったバッグと靴も買えたから」
「それならよかったです」
ルシェは安堵の息を吐き出す。
「正直……その、女性が休みの日に何をしたら楽しいのか、よくわからなくて。俺は女性とデートをしたこともありませんし」
「あ……うん」
お互いに照れながらもぽつぽつと本音を話す。
「あたしは楽しかったわよ」
「そうですか」
ルシェがどこか硬かった表情を一気に和らげて笑う。ルシェの笑顔など普段からよく見ているはずなのに、何故かその笑顔を見るとドキッとしてしまい、イオルは顔を赤くしながら視線を外す。
「あたしもデートなんてしたことないし」
「そうなんですか」
驚いた顔をしてから、ルシェは笑顔を一層深める。イオルは、そういえばベルロイはデートをしたことがあるんだろうか、などと考える。ベルロイはイオルよりも年上なので、そういう経験もあるのかもしれない。
「イ、イオルさん」
「……ん?」
考え事をしていたイオルは遅れて反応する。ルシェを見ると顔を赤くしてイオルのことを見ていた。
「あの……家まで、手を繋いでも?」
「……!?」
ルシェの赤い顔の意味がわかったイオルは自分の頬も一気に赤く染める。どう答えるか迷ったが、断る理由もない、とぎこちなく頷いた。それを見てルシェはそっとイオルの手を取った。
ベルロイよりも少し小さなルシェの手。しかし、思っていたよりもごつごつとしているのは弓を射る時にできた豆があるからだろう。イオルはそんなことを考えて意識を逸らす。そうしていないと、脈打つ鼓動でどうにかなってしまいそうだったから。
無言で手を繋いで歩く二人だったが、しばらく歩いているとふと目が合う。照れながらもルシェが幸せそうに笑うのでイオルはついそれに見とれてしまった。
そうして二人は、いつもよりも遅いペースでシャロク家に向けて歩いて行く。
「……あら?」
シャロク家まであとちょっとのところ、歩いていた二人の後ろから女性の声がした。振り返ると、そこにはアーシャと、その隣には大きな紙袋を持ったズールが立っていた。
「母さん!」
「ズール!」
「こんにちはイオルさん」
アーシャはイオルににこやかに挨拶すると、目線を下に落としてニヤニヤとしている。その目線の先に二人の繋がれた手があることに気がついて、二人は勢い良く手を解いた。
「か、母さん! これは……」
「あらあら、いいのよ」
笑いが噛み殺せないアーシャはニヤニヤとしたまま二人を交互に眺める。
「ふふふ、そう、ついにルーもそんな年頃に……」
「母さん!」
ルシェは顔を真っ赤にして恥ずかしそうに叫ぶ。イオルも消えていなくなりたいくらいの恥ずかしさに身悶えしている。
「ルシェ様……ですか?」
大きな紙袋の横から顔を出したズールがルシェに尋ねる。
「あ……うん。君は……」
「このような状態で申し訳ありません。初めまして、ルシェ様。ズール・グロールと申します。宜しくお願い致します」
「様っていうのはちょっと……」
「いえいえ、ルシェ様。僕はシャロク家に仕える者ですから。何かご用がございましたら何なりとお申し付けください」
「う、うん」
ルシェは戸惑いながらも頷く。イオルは丁寧な言葉遣いをするズールに目を丸くし、アーシャはただ微笑んでいた。
「さ、家へ寄るつもりだったのでしょう? 行きましょう」
アーシャの呼びかけで四人はシャロク家に向けて歩き始めた。
***
「それでは、失礼致します」
シャロク家に戻ると、ズールは買い物袋をどこかへ置いてから、客間で談笑する三人に手早くお茶とお菓子を用意した。お菓子はイオルがズールに買ってきたものだった。
それを出すと、少し話したいというイオルの提案を拒否してズールは客間から下がっていった。イオルはズールが用意したお菓子を眉を下げて見つめている。
「ズールがここへ来て半月が過ぎたわね」
アーシャがお茶を一口飲んでからそう言った。
「はい……あ、あの、ズールはご迷惑をおかけしていませんか?」
「迷惑だなんて! とても良く働いてくれているわよ。ただ……」
カップを置いて、アーシャは寂しげに笑う。
「真面目な子なのね。少し頑張りすぎるところがあって」
「頑張りすぎる……」
イオルは身体を固くして肩が上がっている。
「ルーはわかると思うけど、シャロク家は代々続く貴族の家ではないし、侍女や執事との距離感は近いの。一緒にお茶をしたり、ご飯を食べたり。でも、ズールは執事としてそれはできないと拒むのよ。まだシャロク家に慣れていないだけかもしれないけれど……」
「そんな……」
イオルが知る昔のズールは臆病だが人懐っこい子供だった。
「これは推測なのだけど、シャロク家の前の職場では考えられなかったことだからじゃないかと思っているの」
「前の……」
シャロク家に来る前のズールは地方貴族の家で下僕として働いていた。今よりも立場は弱く、手厚く扱われていたとは思えない。それは、ズールの細くなってしまった身体を見ても明らかだった。
「でも、まだ半月。これから先、長くいてくれれば少しづつ変わってきてくれると思うわ」
イオルの顔色を見て、安心させるためにアーシャは優しく微笑む。しかし、イオルの顔色は悪いままだ。
「休みもあげると言っているのだけど、なかなか取ってくれないの。だから、イオルさんも諦めずに誘ってあげてね。時には私から強く言うこともできるから」
「はい……」
弱々しく返事をして、イオルは俯いて唇を噛み締めた。




