10.弟との大切な時間
ズールを呼び出すと、ルシェの母親であるアーシャが見送りに出てきてくれた。
「お休みをいただきまして申し訳ございません」
「いいのよ、気をつけていってらっしゃい。ゆっくりしてきていいからね」
申し訳なさそうに頭を下げるズールをアーシャは快く送り出す。イオルもアーシャに挨拶をしてから、三人でシャロク家を出て食堂へと向かって歩いて行く。
「紹介するわね。こちら、ベルロイ・ニコリエッタ。あたしの仕事の同僚よ」
「初めまして、ズール・グロールと申します」
ズールは深々と頭を下げた。
「そんな気を使わなくていいよ、ズール。俺はイオルの同僚で友達みたいなものだから、俺にも気軽に接して?」
ベルロイがそう言うと、ズールは「いえ、そんな……」と、困った顔をイオルに向けた。
「本当に大丈夫よ、ズール」
「そうそう、俺は貴族でもないしさ。ブグダンジー地方の鉱夫の息子なんだ」
「ブグダンジーの……」
貴族の生まれでないと聞いて、ようやくズールの表情が和らぐ。
「よろしくお願いします、ベルロイさん」
「よろしくな、ズール」
二人が思った以上に早く打ち解けてイオルもほっとする。ベルロイは人の警戒を解くことができるような人柄なのだ。
三人は食堂に着くと思い思いの品を注文する。どれを頼んだらいいかわからないズールはイオルが勧めた料理を頼んだ。
落ち着くとベルロイはイオルとのことについて話し始めた。二人の出会いが特務部隊という期間限定の部隊だったこと、解散した後も同じ部隊で働くことになったこと、そこの隊長がルイフィスであること。ズールは口数は少ないが、興味深そうにベルロイの話を聞いて相槌を打った。
食事を食べ終わる頃には、ズールもすっかりベルロイに慣れ、だんだんとリラックスした表情をするようになってきた。
「やっぱりねえちゃんはすごいんですね。昔から能力を誰に教わるでもなく使いこなしていましたが」
「そうなんだ」
「もちろん努力はしていましたよ。夜にこっそり練習したりとか」
「ちょっとズール、余計なこと言わないの」
イオルは恥ずかしそうにズールを小突く。そんな二人をベルロイは嬉しそうに見つめた。
「二人は似てるね」
「そう?」
「うん、見た目もそうだけど、優しいところも」
「やさ……」
急に褒めるようなことを言われてイオルは言葉をつまらせる。
「似ているかはわかりませんが、ねえちゃんは昔から優しいですよ」
「そうなんだ?」
「はい。弱い僕をいつも守ってくれて」
「あー、なるほど。そうやって優しすぎて無茶するんだよね」
「そうなんですよ」
「ちょっと、やめてよ」
自分の話を目の前でされて恥ずかしさに堪らずイオルは声をかける。そんなイオルを見て二人は笑った。
「そろそろ帰らないと」
食堂の時計を見たズールがそう言う。ここに来てまだ一時間程しか経っていない。
「もう少しゆっくりしてもいいんじゃない?」
「いえ……明日の仕事もありますし。申し訳ありません」
ズールは眉を下げて謝る。
「いや、いいんだよ。じゃあ行こうか」
支払いを済ませて外に出る。帰りもイオルとベルロイがズールをシャロク家まで送っていく。
「ズール、またご飯一緒に食べようね。あんたの話も聞きたいし、あたしの同僚も会いたいって言ってる人がいるから」
「あんまり休んでご迷惑をおかけするわけにもいかないよ」
「でも、お休みは定期的にくれるってルイフィス様は言ってたわ」
「僕は雇われている身だから、そんなご厚意に甘えるわけにはいかないよ」
「だけど……」
「僕は大丈夫だよ、ねえちゃん。ここに連れてきてくれただけで感謝してるから」
ズールはきっぱりとそう言って微笑んだ。
「ズール……」
「今日はありがとうございました。それじゃあ」
シャロク家が見えるところまで来ると、ズールは頭を下げてから走って家に戻っていった。そんなズールをイオルはただ見送ることしかできない。
「イオル」
ポンっとベルロイがイオルの肩を叩く。
「ズールは真面目だから、仕事を一生懸命やりたいと思っているのかもしれないよ。ルイフィス隊長としばらく一緒に過ごしたら考え方も変わるよ」
「そう……だといいけど」
イオルは心もとない表情で顔を伏せる。
「結局ズールの今までの話も聞けなかったし……」
「近くにいるんだから、大丈夫。また機会はあるよ」
「うん……そうよね」
顔を上げたイオルは寂しげに微笑んだ。
「俺達も帰ろう」
「うん」
イオルとベルロイは寮へと戻る。帰る途中もイオルの口数は少なかった。
「イオルさん」
寮の入り口で夜番を終えたルシェがイオルの帰りを待っていた。
「ルシェ?」
何か用事があるのだと思って尋ねると、ルシェはちらりとベルロイを見る。その仕草を見てベルロイは、
「じゃあ俺は部屋に戻るね。おやすみ」
と、言って先に階段を登っていった。ベルロイが見えなくなるとどこか思いつめたような顔のルシェが口を開く。
「イオルさん、次の休みに一緒に買物に行きませんか?」
「買い物? 何か欲しいものがあるの?」
「いや、そうではなくて……」
ルシェは一瞬目を伏せてから、
「イオルさんの買い物に付き合います。俺とデートしてください!」
と、勢い良く言った。




