表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/28

道すがらの一コマ

 村を離れ二人は並んで走り続けていた。


 目的地は勿論、撫子が向かっていると言うジャンキングタウン。


 二人の間に会話は無かった。リアルは時折、パンプキンの中からアオハルの顔を伺っていたが、それに彼が反応を示すことは無い。


 アオハルは自転車を走らせながら、撫子のことを考えていたからだ。


 リアルの言うとおり、今時自転車に乗っていると言うところで気づくべきだった。しかし、アオハルはかつて自分を助けてくれたガクラン隊の隊員が男であったため、ガクラン隊員と言えば男。と勝手に頭の中で思い描いてしまっていた。


 それが失敗だった。


 先入観に囚われていた自分に思わず舌打ちをする。


「リアル」


「な、なに!? 別にアタシ、貴方のことなんか見てないよ?」


「いや、聞いてないし、なんかずっとこっちを見てたのも知ってるけど。それは置いておいて」


「そ、そうね。置いた方が良いわ。うん、絶対良い」

 うんうんとパンプキンの中で何度も首を振っているリアルの仕草が可愛らしく思え、アオハルは思わず苦笑する。


「な、何よ。話があるんでしょ? 聞いてあげるわ」


「いや、大したことじゃないんだけど。リアルひょっとして最初から撫子がガクラン隊だって気づいてたんじゃないか?」

 あの時、撫子がガクラン隊だと分かった時、リアルが特に驚いた様子もなく、やっぱりと言っていたことが気に掛かっていた。


 あの時点でリアルがガクラン隊だと気づくのは分かるが、今聞いて知ったと言うよりは初めから知っていてそれが確信に変わったと言うような態度だった。


 アオハルからの問いかけに、リアルは一度目を大きく見開いてから、視線を右往左往させると、何故か唇を尖らせ、不機嫌そうな顔をしながら渋々といった様子で頷いた。


「ええ。確信じゃないけど。なんとなく」


「どうして? そりゃ自転車は今時珍しいかも知れないけど」

 自転車で旅をしている者なんて言うのは珍しいかも知れないが、近隣を移動する際ならばエネルギーを使用しない自転車はむしろここ数年で流行り始めていると聞いていた。あの思ったよりも効果があったパンク修理のポンプもそうした理由で最近になって新たに開発された商品なのだそうだ。


 それを考えれば、自転車に乗っていたと言うだけで、ガクラン隊だと結びつけるのは強引では無いだろうか。


 そんな風に思っての言葉だったが、リアルはつまらなそうな顔をしたまま、手を持ち上げると、白く細い汚れも傷もない少女らしい指でアオハルの脚を指さした。


「それ」


「脚? が何だよ」


「違う。脚じゃなくて、その服。スボン。黒のズボン。あの女も穿いてたでしょ?」

 言われて思い出す。


 上には身体のラインが出やすい細身のシャツを着ていたが、そう言われてみれば下は黒のズボンだったような気もする。


「そう言えばそうだ。けど、別に珍しくも無いだろ、黒のズボンなんて」

 そう言ったアオハルにリアルは思い切り息を吸ってから、わざとらしく大きな音を立てるように吐き出し言う。


「あのね。よく考えてみなさいよ。上に着てたのはシャツ、薄いピンク色のシャツだったでしょ? しかも妙に装飾の着いた奴」


「うん」


「普通に考えて、上は女の子っぽいあんなシャツ着てるのに、下だけあんな無骨でだっさい真っ黒なズボンなんか穿く訳無いでしょ。あきらかに上と下のバランスが変。だからもしかして、上には別の服来てたんじゃないかって思ったの。下がアオハルと同じ服なら、もしかして上も同じかもってね」


「なるほど。じゃ、もう一つ良い?」


「……何よ」


「何でそれを俺に言わなかった?」

 本当に聞きたかったのはここだった。


 リアルが撫子のことに気がつき、それをアオハルに告げたなら、当然、アオハルは彼女を追いかけていた。


 今頃はもう追いついていたかも知れない。結果的には、あの村で彼女がしたガクラン隊の所業の一部が見られたのだから、完全に無駄足と言う訳ではないが、常にガクラン隊を追いかけているアオハルからしてみれば、その事に気づいた彼女がそれを自分に告げなかったことが不審だった。


 アオハルの問いかけにリアルは、元々前に突き出して不機嫌を示していた唇をキュッと固く結び、フイと顔を横に逸らした。


 そして、それ以上彼女は何も言わず、黙ってパンプキンの外壁を透明から元の色へと戻して行く。


「おい!」

 これが完全に元の色になると、もう外部からの音は完全に聞えなくなる。その前に、と叫んだアオハルのその声に被さるように、ボソリと小さな声でリアルは何かを呟いた。


 鈍感。と言った気がしたが、それを確かめる術は無く、パンプキンは完全に遮断モードへと移行してしまった。


 一つ舌打ちをして、アオハルは前を向く。


 こうなってはもう無理だ。時間が経たない限り彼女が顔を出すことはないだろう。


 仕方がない。最後にもう一つため息を吐いて、アオハルはこれ以上の追求を諦めた。


 どうせ、そのうち嫌でも顔を合わせることになる。太陽はもう沈みかけ、辺りは既に暗闇に支配され始めているのだから。


 本来ならば、あの村に泊まって行くつもりだった。そうなるように時間を調節して走って来た。


 しかし結局泊まることが出来ず、再び走り出したは良いが、これ以上暗くなれば、ライトも暗視レーダーも付いているパンプキンならともかく、ライト一つ付いてないアオハルの自転車では走ることが出来なくなる。


 今日はこのまま適当な所で野宿をすることになるだろう。


 食事の時間になればリアルも出てくるだろう。筋金入りの箱入り娘だった彼女は一人では料理が出来ないと言うか、絶対にしようとしない。


 それから三十分走り続けた所で、太陽はもう完全沈んでいた。そろそろリアルに何らかの合図を出して止まるように指示を出さなくては。とアオハルが考え始めたその矢先、アオハルの考えを読んだかのように、パンプキンは突然スピードを落とし、やがて停止した。


 同じようにアオハルも自転車を止め、荷物を下ろしながら、パンプキンの入り口が開くのを待った。


「駄目か……」

 少しの間、入り口の前で立ち、待っていたが入り口が開くことはなく、諦めて食事の用意を始めようとした、次の瞬間、背後で空気が抜ける音が聞えた。


「馬鹿。入り口の前に立ってられたら、開け辛いじゃない」

 後ろを見れば、ばつの悪そうな顔で俯いているリアルの姿がある。


 その顔は例よって赤く染まっていた。


「それは失礼。お嬢様が乗り物降りる時は、待ってるものかと思ったんだよ」


「そう言う時は真正面じゃなくて横に立つものよ。覚えときなさい」


「今度からそうするよ。お嬢様」

 軽口を言い合ってから、二人は顔を合わせ何となくあった気まずさが消えたことを実感し、同時に顔を綻ばせた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ