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壊された村、正義の傷跡

 お風呂と暖かい布団を求めてやって来た町。


 その町に広がっていたのは、何処かで見たことのある景色だった。


「何よ、これ」

 パンプキンから降り立ったリアルも、目の前の光景に茫然と呟く。


 けれど、アオハルは彼女の言葉に応えている余裕はなかった。


 心臓の音が大きく高くなって、一つ動く度に、手に、足に、身体に熱が送られていく。


「遺跡……」


「え?」

 ポツリと呟いたアオハルの言葉を拾い、リアルは彼の顔を覗き見た。


 目の前の光景を見つめるその顔は、今まで見たことがない表情だった。


 悲しみも有るだろう、怒りもあるだろう。けれどそのどちらも彼の中で一番を占めていない、そう彼女は感じた。


 目の前にあったのは崩れ落ちる瓦礫の山々、それらを運んでいる人々の姿。その顔にあるのは悲壮感だけ。


 壊れ方が場所によって異なり、村の中央近くには何も残っては居らず、瓦礫すらも姿を消し、えぐれた地面とその中心に開いた穴だけが残っていた。


 爆心地がそこであるのは、一目瞭然だった。


 そこから円状に広がって行く破壊の痕、離れれば離れる程、建物の破壊度合いは低くなっているが、それでも、村はずれのアオハル達が立っている場所も、中心を向いている側はボロボロになり、内部が露出していた。


「これが遺跡の仕業だって言うの? 遺跡の姿は無いし、こんな広範囲に渡って壊れるなんて話、聞いたこともない」


「……」


「ちょっと。アオハル、聞いてる?」


「ああ、聞いてるよ。間違いない、これは遺跡を壊した時に起こる爆風によるもんだ。一度、見たことがある」


「壊した時って、貴方が壊した時はこんなことには――」

 アオハルとリアルが出会った村で、彼女はアオハルが、小さな遺跡を破壊したところを見た。武器を用い、小さな金属の弾を射出して穴を開け、その穴からコアと呼ばれる物体を取り出した後、何度も弾を発射して、遺跡を粉々に砕いていた。


 話で聞いたガクラン隊の破壊方法とそれは異なっており、本来なら一撃で、遺跡を破壊するものだと聞いたことがあったので、彼女は何発も弾を撃つ彼のやり方を皮肉って見せたのだが、本来の破壊方がこんな風に周りに甚大な被害を及ぼすものだとは知らなかった。


「そうだ。俺にはこんな方法取れやしない。どんな方法かは知らないけど、アイツらはコアの位置を外から見ただけで、正確に見極め、そこを狙って破壊する。コアが内側から爆発し、遺跡を完全に破壊する。その余波で、こうなるって訳だ」


 アオハルの吐き捨てるかのような台詞に、リアルは息を呑んだ。


 これが、ガクラン隊のしたこと。


 彼女はこれまでガクラン隊とは、遺跡を壊して町の人々を救う、正義の味方のような物だと考えていた。だが、これはそんな物じゃない。


 正義の味方。そんな言葉は似合わない。


 崩れ落ちた家々、それを片付ける人々の顔には怒りや悲しみが浮かび、中には涙を浮かべている者も、痛々しい包帯を身体に巻いている者もいた。


 これが正義の味方であるはずがない。


 この光景を生み出した者が正義であるはずが、無い。


 彼も、これを目指しているのだろうか。そっと、リアルは隣に立ちつくす少年を見た。


 茫然と前を見ているだけの少年を。


「俺は、あの人に命を救われて、ガクラン隊に入りたくて、身体を鍛えて、あの人の真似をしてこの格好をして、自転車に乗って旅をした。でも決して、これじゃ無い。あの人は正義の味方だった。俺の世界を壊してくれた。そうなりたかった。正義の味方に、だから俺は信じたくなかった。旅に出てガクラン隊の噂を集めて、その話の中で、ガクラン隊が正義の味方じゃないって言われても信じなかった、信じたくなかった。でも、どこに行ってもどんな話を聞いても、ガクラン隊の評判は悪くて、俺は、本気で探さなくなっていたのかも知れない。仲間になるんだって言葉で言っても、この光景を見たくなくて、噂が本当だったって知りたくなくて、俺は……」


「アオハル」

 自分が言った言葉を彼女は頭の中で繰り返す。


(貴方は半人前で、それを認めるのが怖いから、時間稼ぎをしているのよ)

 でもそうではなかった。


 彼は自分に自信が持てなかったのではなく、自分が望んだガクラン隊と実際に流れる噂のギャップが大き過ぎて、それを確認したくなかったのだ。だから本気で捜そうとしなかった。


 そう言うことなのだろう。


「お前!」

 日が落ちて、周囲が暗くなり出した為か、村人は一人、また一人と手を止め始めた。明かりを付けることも出来ないこの場所で、これ以上作業を続けるのは危険だと判断したのだろう。


 結果、手を止めた人々は、村の外れに立っていた二人の姿を見つけた。


 この村をこんな風にした、ガクラン隊と同じ格好をしたアオハルを見つけ、一人の男が二人に向かって、猛然とした勢いで駆けてきた。


 身体の大きな男。だが、髪は明るい茶色で彼がハイヒューマンではなく、ただの人なのは明白だった。


 そんなただの人が、人類の数倍以上の身体能力を持つ、ハイヒューマンであるアオハルの胸ぐらを掴み、自分の元へと引き寄せる。


 普通ならば、そんな無謀なことはしない。


 勝てる筈など無いのだから。だが、頭に血が上り怒りで我を忘れているのか、男は感情のままに拳を振り上げ、勢いよくアオハルの顔を殴りつけた。


「ぅぐッ」

 殴りつけられるまま、アオハルの身体は地面に吹き飛ばされた。


「アオハル!」

 リアルがアオハルの元に駆け寄る前に、男はアオハルの身体を跨るように立ち、胸ぐらを掴み引き上げる。


「俺達の、俺達の村を!」


「ちょっと。止めなさいよ! アオハルは関係ないわ」


「関係ない!? コイツもアイツらの仲間だろうが!」

 怒りのままに言葉を吐く男は更に捌け口を求めるかの様に続けた。


「遺跡が現れたのは一ヶ月近く前。だが、そこに家はなかったんだ。だから遺跡が現れたことは俺たちにとっては大したことじゃなかった。なのに、アイツがそれを壊そうしやがった。遺跡ってのは壊すと爆発するってことは聞いていたから、俺達は必死に止めてくれと頼んだのに、せめて荷物を持ち出すまで待ってくれといった俺達を振り切って、アイツが、あの女が遺跡を壊したせいで俺達の村はこの様だ! 全部お前らのせいだ!」


「そうだとしても、アオハルは関係ないでしょ。壊したのはそいつであって彼じゃない!」

 再び腕を振り上げる男の、その丸太のように太い腕をリアルは四分の一程しかない、細い小枝のような腕で掴み、殴らせまいとするが。


「うるさい! どうせコイツも同じことやってんだろ。同罪だ」


「キャ!」

 悲鳴と共に、地面に叩き着けられたリアルは直ぐに半身を起こしながら、信じられないものを見たように男を見上げた。


「しょ、庶民がアタシを投げ飛ばした!?」


「なんだと!?」

 感情のままに言ったリアルの言葉に、怒りの矛先を代え、彼女に向かおうとする男のその脚を突然強い力が捕まえた。


「リアルに触んな」


「な、なん……」

 男の言葉が途切れる。


 脚を捉えているアオハルの手に力が籠もったためだ。


 ミシリと骨が軋むような音が、男の身体の中を走る。


 その力で、男は理解する。自分の脚を捕まえている手の力は、自分の脚をいとも簡単に破壊出来ると。


 握力で人体を破壊する。それもこんなに華奢な少年の力で、その有り得ない現実に、男は自分が誰を攻撃したか今更ながら気がついた。


 空色の髪はハイヒューマンの証。突然変異によって生まれた人類を超えた人類。

 その気になれば、そのまま脚に握る潰すことなど容易い人間。


「ぐ、ぅ」


「触るな」

 もう一度言い、アオハルは男を退かし、立ち上がった。


「何だお前ら!」


「何の用だ?!」


「コイツら、あの女の」

 いつの間にか、周りをグルリと村人達が囲んでいた。


「なんなのコイツら。ぞろぞろと、アオハル、やっちゃいなさい。このアタシに庶民が触れるだけで重罪だと言うのに、その上投げ飛ばすなんて極刑ものよ。死を持って償わせるのよ。アタシの痛みは庶民の命より重いって事を思い知らせなさい」

 アオハルの手から逃れた男は、そのまま後ろに下がり、村人の輪に加わってアオハル達を睨み付けている。


 その男を指差しながら立ち上がり、アオハルの側に近づきながらリアルは強く言い放った。


「どっちかって言うと、あれはお前から触りに行ったんだけどな」


「やらしい言い方するな! 馬鹿!」


「だけど、ありがとう。お陰で冷静になったぜ」

 ポンと、リアルの頭に手を置いて、アオハルは前に出て、リアルの身体を自分の後ろに隠すように立った。


 アオハルが前に出たことにより、グルリと二人を囲んでいた輪の中に動揺が走り、アオハルの前に立っていた男達が少し後ろへと下がり、輪が乱れた。


「勘違いしないでくれよ。俺はガクラン隊のメンバーじゃあない。単なる一般人さ」


「う、嘘つけこの野郎。そんな格好している奴、他にいるかよ」

 怯え混じりの男の声に、アオハルは鼻を鳴らす。


「信じたくなければそれでも良いけど。そもそも別に信じて貰おうとも思ってない。俺がお前に聞きたいのは、遺跡を破壊したって言うその女とやらのことだ。どんな女で、どこに向かったか、それだけ聞かせてくれればいい。後は黙って帰ってやるよ。村と一緒に命まで落としたくはないだろう?」

 アオハルの言葉に周囲からざわめきが広がり、囲んでいる男達は互いに顔を見合わせあった。


「ちょっと! アタシを投げ飛ばした罰は?」


「教えないって言うなら仕方ない。俺は今ちょっと機嫌が悪くてね。少しお仕置きさせて貰うことになるけど。どうする?」

 怒りに声を荒げるリアルを手で制しながら、アオハルはポケットから、数個の金属球を取り出し、それを宙へと投げながら男達に見せつけるようにする。


 少し離れたところに固まっていた女子供から、小さな悲鳴が起こった。


 これが何であるか、分かっているのだろう。


 この村をこんな風にした遺跡を破壊した物。超硬度を誇る遺跡の外壁を貫きコアを破壊する為にガクラン隊が使用する弾。


 もし仮に、それを人に向け放てば、人体など何の抵抗も無く貫いて行くだろう。


「くっ。なんだよ、何が知りたいんだ?」

 先ほどまでアオハルと諍いを起こしていた男が半歩後ろに下がりながら、震える声で、けれど最後の抵抗のつもりか口調だけは強くしたまま言う。


「だから、そいつがどんな女だったかってことだよ。背格好とか、特徴とか、あるだろ?」

 男が下がった分だけ、アオハルが前に身体を出す。


 男の後ろには別の村人がおり、それ以上後ろに下がれないと、男は周りの男達と顔を見合わせてから、ボソボソとアオハルの服を指しながら口を開いた。


「だから、お前が今着ているのと同じ服を着た女だよ。歳もお前と同じくらいだった。それと、そうだ。髪が真っ黒だったな、今時珍しいとは思ったんだが」


「黒髪?」


「……やっぱりね」

 鼻から息を抜きながら、リアルはアオハルの後ろから出て、グッと胸を張りながら、腕組みのポーズを取った。


「やっぱり?」


「貴方、まだ気がついてないなんて言わないでしょうね? 今の時代に自転車乗って一人で旅をしてて、黒髪で、貴方と同い年くらい。そんな女がこの近辺に二人もいるとでも?」


「だよな」

 頭に浮かぶのは、泣き黒子を二つ目元に置いた、ちっとも泣きそうにない女の顔。


 純白の自転車を駆り、ここの情報を残し、走り去っていった彼女の姿。


「あー、くそ。だったら言えよな。この格好見て何かあるだろ普通。それこそ運命だとか言っとけよ」


「あの電波は、隊員の顔を全員覚えているとかかもね。それか何か隊員同士が会ったらする合図みたいなのがあって、奴はそれは出していたのかも」


「クソッ」

 ダン。

 と強い音を鳴らしてアオハルは地面を踏み蹴った。


 鈍い音と共に、地面が僅かに揺れ、足下には彼の靴型が残った。怒りを露わにするアオハルに、彼らを囲んでいた村人達は一斉に肩をびくつかせる。もう、彼らに戦意が無いのは明白だ。


「他には? どこに行くとか言って無かったか」


「し、知らねえよ。あの女、変な武器で遺跡をぶっ壊したら、慌ててる俺達を無視して、そのまま走り去って行きやがったんだ。畜生」

 悔しそうに唇を噛んで男が言う。その男を見ながら、不意にアオハルは彼女と最後に交わした言葉を思い返した。


 ここから西に。そう言って撫子が指さした方向。アオハルは、今いる位置から見て撫子が去っていった方向がどこになるかを考えてから、そちらを指さした。


「西に。こっちにずっと行くと、何がある?」


「そっちは……ジャンキングタウンの方、だな」

 男は周りに確認するように言う。それに会わせて、周りも頷いた。


「ジャンキングタウン?」

 聞いたことがない。と首を傾げるアオハルに、


「名前からして臭そうね」

 と眉間に皺を寄せ、嫌悪感を滲ませつつ言うリアル。


「色んな町から、ゴミを集めて、それを修理して生活しているって町だ。俺達も偶に行くが、妙な町だ」


「こっちの方向にはそれ以外に町は?」


「ずっと離れた先は分からんが。俺達が知ってる限りじゃ……そこだけだ」


「ふーん。なるほど、分かった。ありがとう、助かったよ非常にね」

 簡単に礼を言って、アオハルは手に持っていた金属球をポケットに仕舞い込んだ。


「アタシを投げ飛ばした罰は?」

 ジトリと粘度の高い上目遣いでアオハルを睨んで言うリアルに、アオハルは軽く答えた。


「今の情報でトントンにしておこうぜ」


「だからそれは、貴方に対しての情報であって……止めた。もう良いわ、前のと合わせて帳消しね」


「はいはい」

 村の出口に向かおうとするアオハルとリアル、周りを囲んでいた村人は、自然と二人の道を空けた。


 畏怖と憤怒に囲まれた道を、二人は歩いて行く。


 そしてそのまま村の出口へと進む。


「お、おい! アンタ。アンタは、本当にアイツの仲間じゃ……」

 最初に突っかかってきた男が震える脚を一歩前に出ながら、二人の背中に叫んだ。

 足を止めた二人は同時に顔を合わせてから、顔だけを後ろに向ける。


「取りあえずはな。何か文句が有れば伝えてやっても良いぜ?」


「一言につき、100Gでどう?」


「金取んなよ」

 呆れたようにアオハルが言うが、男は悔しげに顔を歪めると黙って俯いた。


 これ以上ここにいると行き場を無くした怒りが再び自分達に向くかも知れない。そう思ったアオハルは早々にこの場から離れることを決め、行くぞ。とリアルに声を掛けて、再び歩き始めた。


「畜生! 俺達の村を、返せよ――」

 絞り出したような震えた声が後ろから聞え、アオハルは一度目を伏せた。


「アオハル」


「……伝えるさ」

 心配そうに声を掛けるリアルの言葉に、アオハルは小さく呟いた。


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