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いつもと変わらぬ旅模様

 リアルの元に戻ると彼女は未だにパンプキンの中から妄想を垂れ流し続けていた。

「旅人には変人しかいないのか、それとも変人は皆、流離う運命なのか」


「そんな……このままずっと二人で旅をしようって? 困るわ、私には世界中をフラフラ巡りながら美味しい物を食べ歩くって夢が」


「お前、そんな目的で旅に出たのかよ」

 パンプキンの側に近寄ると聞えてくるのは、未だに垂れ流され続けている妄想群。それに耳を傾けながらアオハルは呆れたように呟き、パンプキンのボディを軽く叩いた。


 その音で妄想の声は止まり、


「ちょっと! 私のパンプキンに触らないでって言ってるでしょ!?」

 次の瞬間、リアルは妄想の海から帰還した。


「そうか、正気に戻すにはこうすればいいのか。良いことを知ったよ」


「あら? お土産に貰った紫色のカメレオンはどこに行ったの」


「何だよそれ、気持ち悪い。お前の妄想はどこに向ったんだよ」


「っ! あ、あの女は!?」


「とっくに別れた。俺がパンク直してやったから」


「パンク? なによそれ。何の話?」

 パンプキンのドアが透明になり、内部が透ける。そこに映ったリアルの頬は幾ばくか上気しており、それによって妄想の本気度が見て取れた。


「そうか。その前からトリップしていたのか。いいよもう、とにかくもう終わった。俺たちも行こうぜ、時間を食っちまった」


「ちょっと! ちゃんと説明しなさい。つまり、あの女の頼み事はパンクしたから直せって話だったのね」


「そうだよ。しかも、俺と同じ自転車乗りだぜ。こんな時代に珍しいものを見たよ」

 リアルに笑いかけながら言うアオハルに、撫子は一度黙り込んだ後、下を向き、何か考え込むように口元に手を当てた。


 ほうと上気した息を吐き出す仕草が妙に色っぽい。


「なんだよ。何か気になることでもあるのか?」


「ううん。何でもない」


「何でもないって……」


「何でもないの! それより、あの女からちゃんと修理費は貰ったんでしょうね!?」

 何かを誤魔化すように声を張り上げ、アオハルを睨み付けてくるリアル。その目に秘められた何かを見抜くことは出来ず、取りあえずアオハルは彼女の言葉にだけ返答した。


「貰わないよ。その代わりと言うか、良い情報を貰っておいた。これから俺たちが行く村な。風呂付きの宿がちゃんとあるそうだ。向こうは今日そこを出発した所なんだと」

 あれだけ風呂に拘っていたリアルのことだ、喜んでくれるだろうと思ったのだが、彼女は目を鋭くし、低く地を這うような声で言った。


「何それ?」


「なにそれって、あの人が言ってた情報……」


「そうじゃなくて! 貴方まさかそんな物で修理費になったなんて思ってるんじゃないでしょうね!」


「何怒ってるんだよ。良いじゃないか別に、パンク直すのに使った奴なんて一本100Gそこらだ。それで俺達が無駄足しなくて済むって分かったんだから」


「そうじゃないわ。私は良い。その情報とやらは、私にとっては100幾らかなんかじゃ済まないくらい良い話よ。でも、貴方にとっては違うでしょ? 直したのは貴方なのに、何で貴方にとって良い話じゃなくて、私にとっての情報を貰っているのよ。なんでそれで、貴方は満足してるのかって聞いてるの!? 貴方は私じゃないでしょ? 貴方がしたことに対する対価なら、貴方が欲っした物を貰いなさい!」

 所々感情的になりながら、一気に言い切ったリアルはやや乱れた呼吸を繰り返しながら、アオハルをジッと睨み付けたまま言う。


「フ」


「ふ?」


「ははははっ。お前、そんなことで怒ってたの? 馬鹿かよ」


「なによ!」

 もし触れるところに頭が有れば撫でているところだ。そんな風に思いながらアオハルは笑いを抑えようとするが、どうにもそれを止めることが出来ず、喉を鳴らすような音が出た。


「良いんだよ。俺とお前は一緒に旅してるんだから、お前の有益は俺の有益って事で」


「な!?」


「なんだよ。お前が言ったんだろ? お前がいないと俺は遺跡を見つけられないから一緒にいるべきだって」


「……ぃったけど、そんな。急に……」

 今度は声が尻すぼみに小さくなり、同時に顔は赤く染まっていく。

 なんとも分かり易いリアルの反応に、アオハルは尚も笑いながら、自転車に跨った。


「よし。行こうぜ、さっさと行って風呂でも入ろう」


「いいい一緒に?」


「? お前が良いならな。なに、良いの?」


「いいいい良い訳無いでしょ! 馬鹿言うな!」


「い、が増えすぎ。どんだけどもってるんだよ」


「こ、んの!」

 怒りをすり潰して声に混ぜたような、怒りの声と共に、彼女はパンプキンを起動させ、そのまま、自転車に跨ったアオハルに向かってパンプキンを突っ込ませた。


「おおっと!」

 間一髪、車体を横に滑らせるようにしてリアルの突進を躱したアオハルはそのままペダルを踏んで自転車を加速させた。


「待てー!」


「ここで俺に伝説の台詞を吐かせるか? 待てと言われて待つ馬鹿がいるか!」

 こうして始まる追い駆けっこ。ただしこれは子犬同士のじゃれあいのようなものだ。


 待てを連呼しながらパンプキンを走らせるリアル。その前を笑いながら走るアオハル。


 これがもし、どちらかが本気であればこうはならない。リアルが本気だったなら、最高時速が三百キロを超えるパンプキンがアオハルに追いつかないはずはないし、アオハルが本気で逃げているなら、逃げるより前に、パンプキンの動きを止めているはずだ。


 だからこれは双方とも言葉にしないまま始まった目的地までの暇つぶし、その証拠に十分が過ぎた頃には二人はもう並んで一緒に目的地に向かって走っていた。


 まだ言葉だけは怒っているリアルと、それを宥めながら話かけ続けるアオハル。


 珍しく走っている最中も透明にしたままのパンプキンのドアからは、膝を抱え、そっぽを向いて拗ねているリアルの妙に子供っぽい顔が映っていた。


 いつも通りの二人の旅路はこうして今日も尚続く。


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