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1つの出逢い

「困りましたね」

 広い芝生の真ん中で一人の少女が、ため息を吐いていた。


 現代では珍しくなった黒い髪を持つ少女。彼女は自らの前に有る純白の乗り物に手を触れさせながら、空気が抜け、凹んだタイヤに目を落とし再度ため息を落とした。


 確かここから、次の目的地である街まではかなりの距離がある筈だ。と彼女は思い出す。歩いて行くには時間が掛かり過ぎる。夜までには着かないだろう。太陽は現在、真上にあり、ギラギラと輝きながら熱を少女の身体に浴びせていた。


 色素の薄い透き通る様な透明感のある白い肌にジリジリと熱が溜まる。


 真っ黒な長い髪は動く度に、太陽の光を反射して流水の様に輝き、派手さは無いが、一輪挿しの花にも通じる顔立ちは、けれど生気の通わない人形の様に出来すぎた造形を持っていたが、両目の目尻に一つずつ携えた、小さな泣き黒子が人形の様な造形に生き物の艶めかしさを付け足している。


 顔立ちと同じように目立った起伏のない体つきは、手足が長く、スレンダーという言葉を似合わせるために出来た様な体型だった。


 総じて言えば、彼女はとても綺麗な少女だった。ただ綺麗なだけではない、今すぐにでもこの場から消えてしまいそうな儚さを共に持ち合わせたその少女は、額に浮かぶ汗を拭いながら、羽織っていた服を脱いだ。


 汗で濡れていた身体に風を受け、涼しさを余計に感じられた。


 服を荷物の中に仕舞いながら、彼女はもう一度、自分の荷物の中にパンク修理の道具がないか探してみることにした。


 着替えと、少々の食料、水分。後は布に包まれた一抱え程もある荷物だけ。それ以外は何度見ても何も無い。


「人は、通らないでしょうね」

 そもそも人の絶対数が少なくなった現代。数十から多くとも数百人規模程度のコミュニティを形成し、町や村という形で世界中に点在している今の世の中、それぞれは他の町や村と交流を持つことは少なく、結果、このような町と町の中間に位置するような場所を通る者は少ない。


 彼女が今向かっている町は少し特殊であり、積極的に他の町と貿易をしているそうだが、それでも道と言うものが無いこの広い芝生地帯で、彼女の近くを通ってくれる者がいるとは思えなかった。


 やはり歩くしかないのか。


 そう考えながらその乗り物。二つのタイヤとペダルを持ったシンプルな造りの乗り物。


「行きましょうか」

 自転車のハンドルに手を掛けて、彼女は歩き出した。いや、歩き出そうとした。


 足が前に出る前に、彼女はそれを見つける。自分の後ろから近づいてくる二つの影、一つは大きく、もう一つは小さい。


 スッと彼女は目を細めて、それに視線を集中する。


「あれは――」

 二つの影、その内の小さな影。見覚えのある物に跨ったその影に、彼女はしめたとばかりに自転車を止め、その影に向かって駆け出した。


 向こうは時速六十から七十キロぐらいの速度。このままの速度を維持したまま真っ直ぐ進めば、彼らが自分の前を通り過ぎる前に辿り着くことが出来るだろう。


(それにしても)

 走りながら彼女は思う。あの小さな影が乗っているのは間違いなく、彼女と同型の乗り物、つまりは自転車だ。


 乗っているのは青い、突き抜けるような青空に似た髪の色を持った少年。

 その少年に、彼女は少しだけ興味を持った。


 地面を蹴って、距離を詰める。彼らの進んでいた道と少女が進んでいた道、それらが交わる少し手前で、先に自転車に跨った少年が少女に気がつき、ブレーキに手を掛けた。


「ちょっと! 急に止まらないでよ!?」

 自転車と併走するように移動していた、カボチャを模した巨大な乗り物から声が聞こえる。


 甲高い少女の声だった。


「だったら先に行けよ」


「は? 何か言った?」

 ドスの利いた声に、少年は肩を竦め、次いでこちらも足を止めた少女を見た。


「こんな所で女の子が一人、何かあったの?」

 自転車に跨ったまま、少年は口元を持ち上げた。


「ああ、私は本当に運が良い。こんな所で人に会えるなんて、星々の巡りに感謝を」

 首に掛かる長い黒髪を後ろに流しながら、少女は笑みを浮かべ、次いで自分の胸元で十字を切った。


 その仕草に少年は胡散臭い物を見るように眉を顰めた後、カボチャ型の乗り物に目をやった。


「どう思う? 取りあえず俺は、星々よりここを通った俺達に感謝するべきだと思うんだけど」


「電波よ。あの黒髪が電波を放出しているのよ! きっと」


「失礼な方々ですね。私は占いとか、運命とかが好きなただの女の子ですよ」


「迷う事なき電波じゃない! ほら、アオハル、さっさと行くわよ」


「アオハル? 君の名前ですか?」

 黒髪の少女が細い指を、黒い自転車に跨った少年、アオハルへと向けた。


「そうだけど?」


「うん……あまり運命は感じられ無い名前ですね。が、ここ出会ったと言うだけで十分です。君、少し私を助けてくれませんか?」


「女の子を助けるのは、特に美人を助けるのはやぶさかじゃない。が」

 腕組みをしながらアオハルは言い、横目でカボチャ型の乗り物を見た。


「駄目よ! 絶対駄目! そんな胡散臭い女の頼み事なんて、どうせ幸運の壺を買ってくれとか、私と一緒に次の世界に行きましょうとか言って変な宗教に勧誘するに決ってるんだから」

 キンキンと頭に響く金切り声がカボチャ型の乗り物から聞え、その声に少年はうるさそうに顔をしかめ、首を横に倒して声から少しでも離れるような仕草を見せながら片目を瞑り言った。


「連れがこう言ってるから、取りあえず内容聞いてからかな。リアル、お前はちょっと黙ってろ」

 カボチャ型の乗り物を指差しながらアオハルは言い、同時にカボチャから少女の声は聞えなくなった。


「おお。意外に物わかりが良いじゃないか」


「連れ。連れですって、何よやっぱり、私と一緒にいたいんじゃない。だったら最初から素直にそう言いなさいよね。そうしたら私だって少しは……」


「聞こえてないだけか。いいや、放っておこう」


「いいのですか? なにやら告白しているみたいだけれど」


「いいよ。いつものことだし。で、何? こう見えても俺、お金無いよ、美術品を愛でる趣味もないし、ついでに神さまは死んでも信じないことにしている」

 未だ通信を切っていないことを忘れているのか、随分楽しそうに独り言を呟いているリアルを無視して腕組みをし、胸を張りながら言い切ってみせるアオハルに、少女は軽いため息と共に言った。


「神さまに関しては私も全く同意しますが、それ以外のことは見た目通りと言うべきでしょう」


「気分を害したぜ」


「それは失礼。ですがとても簡単で単純で君にしか出来ない頼み事なのです。是非聞いて貰いたいですね」


「だから聞くよ。何?」


「それ」


「ん? どれ」

 少女が指さした先を追いかけるように視線を動かすアオハル。その指の先にあるのは自分の自転車のタイヤ。その後ろには何もない。


「だから、そのタイヤです」


「タイヤが、なに?」

「今時そんな骨董品に乗ってると言う事は、普通持っていますよね?」


「……だから、何を? アンタあれか主語を抜いて喋るのが主義なのか?」

 段々と苛立ちを増して行くアオハルに対し、黒髪の少女は計ったように切りそろえられた前髪を僅かに揺らしながら、アオハルを見つめた。


 左右の目尻に一つずつ付いている泣き黒子が、少女に妙な色気を付け足している。


「パンクですよ。パンク修理の道具。持っていたら一つ譲って頂きたいのです」


「パンク修理の道具なんて、何に使うんだよ」

 思わず聞き返したアオハルを見つめながら、少女はプッと、空気を吹き出しながら顔をほころばせる。


「パンク修理の道具をパンク修理以外、何に使うって言うのですか」


「……アンタもしかして自転車持ち?」


「そう。こんな乗り物に乗ってるとこうした時不便ですよね。修理道具も修理出来る人も今は中々いないから困ったものです」


「へえ。凄いな俺以外で自転車乗りなんて初めて見た。見せてくれよ俺にもその自転車」


「譲って頂けるなら、いくらでも」


「勿論」


「なら行きましょう。ええっと、アオハルくん?」


「そう、アオハル・三上。そっちは?」

 こっちです、と言いながら歩き出す少女の背中にアオハルは問いかけた。

 少女は一度足を止め、何か考えるように、目を上に向けていたが、やがて、まあいいか。と独り言のように呟いてから、目に掛かっていた前髪を耳にかけ直しながら微笑んだ。


「私は撫子。撫子・オオワ。運命と明日を信じる女の子です」


「俺はアオハル。アオハル・三上だ」


「それは、聞きましたが?」


「アンタだけ台詞入りなのが気に入らない。やり直す。俺は夢を探して世界を駆ける男だ」


「そう、夢ですか。素敵ですね」

 彼女に合わせるように格好付けていった台詞に、とうの撫子はクスリと笑ってから、どこか物憂いげに息を吐いた。


「所であの子。あのままで良いのですか?」

 スッと息を吸ってから、明るさを戻した少女は歩きながら自分の後ろを指さす。後ろには離れたことで声が聞き取りづらくなり、意味の分からない言葉をぶつぶつと呪いのように言い続けているようにしか見えない、カボチャの姿があった。


「ああなると長いから、良いんじゃない?」


「恋する女の子の妄想力は無限大ですものね」


「思春期の男の妄想力だって、大したもんさ」


「軽く酷い台詞ですね」


「だが、真理だろ?」


「知りませんよ。私、女の子です」


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