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後始末

 三人を乗せたパンプキンの車体が、ゆっくりと町の外へと出てくる。


 その周りを取り囲む人々の群れ。


 町全体を囲んでいた壁のお陰だろう。住人達に大きな被害はなさそうだ。


 そんな彼らが瞳に携えているのは憎しみと怒り、そして悲しみ。ジャンキングタウンの前に立ち寄ったあの村で見た人々と同じ目だ。


「君達……」

 停車したパンプキンの前に、住人達の輪を抜け出した町長が立ち塞がった。


 ドアを開き、アオハルがパンプキンから降りて、町長と対峙する。


「こうするしか無かった」

 重々しい口調で告げるアオハル。


「これで、これから我々がどうなるのか、分かっているのか!? 我々の生活はもはや。我々の町は死んだのだぞ」

 硬く握りしめられた拳が、震えている。


 アオハルはそれでも謝罪すること無く、ただ町長を真っ直ぐに見ていた。


「ああ、そうだな。町は死んだよ。俺が止めを刺した」

 アオハルの言葉と共に一気に沸き上がる怒り。大気を振るわせるような怒声と共に様々なものが投げつけられ、その多くがアオハルの身体に集中した。今まで宴会で使っていたものだろう。酒の入った瓶や、地面に落ちて汚れた食べ物、小石、木の枝。あらゆるものがアオハルの身体にぶつかって、地面に落ちていく。


「やめろ。お前達!」

 町長の一喝によって、一応住人達は物を投げる手を止めたが、アオハルに向けられる憎しみは、決して消えることはない。


「君達によって命が救われたことは確かだ。そのことにだけは感謝しよう。だが、君達には一刻も早くここから立ち去って貰いたい」


「ちょっと! アオハルがあれを壊さなきゃ、どうなっていたと――」

 パンプキンの中にいるリアルが町長の言葉に反論しかけるが、アオハルはパンプキンに向って手を差し出し、その続きを制した。


「ああ。出て行くよ。撫子の自転車取ったら、直ぐにな」

 それだけ告げると、アオハルは町長の胸を軽く押して退かし、前に出るとその先にいる住人達の前に立った。


 彼らは皆一様に、アオハルを睨み付けていたが、やがてゆっくりと時間を掛けて、怒りをその場に残すようにしながら、左右へと分かれアオハルとパンプキンの進む道を空けた。


 空いた道を進むアオハルと、その後ろに着いて行くパンプキン。


 怒り、憎しみ、嘆き、悲しみ、全てを一緒くたにした視線と、嗚咽、憤怒の声。それらを一身に受けながら、アオハル達は撫子の自転車が止められている場所を目指して進み始めた。


 誰も追いかけて来ることはない。


 住人の輪を抜け、ただ背中に数多の視線を浴びながら進むアオハルの隣に、パンプキンが並び、中から撫子が心配そうに慰めの声を掛けた。


「良くあることですよ」

 ガクラン隊には、良くあること。


 恨まれること、憎まれること、それは哀しい程に良くあることだった。


 本当のことを説明しても、納得など出来はしない、ただ感情の行き先を失うだけだ。


 ならば、その恨みや憎しみを復興の力へと変えるためにも、自分たちがそれを受け止める。遺跡によって全てを奪われ、その怒りや憎しみによって強さを手に入れた自分たちの様になれるよう。


 その為にも、恨まれることもまた、必要なことなのだ。


「分かってる。大丈夫さ、俺はスターになる男だからな」

 アオハルはそう答えたが、その横顔は寂しげだった。


 それもまた当然だろう。これまでは正義の味方を目指して努力してきた彼にとって、罵倒され、泣かれ、怒りをぶつけられることには慣れていないはずなのだから。


 そんな彼を心配そうに見つめる二人も、しかし、それ以上は何も言えず、結果三人は黙ったまま、撫子の自転車が止められた場所まで移動した。


 住人以外の者が逃げ出した後の乗り物置き場に、ポツンと一つだけ白い自転車があった。


 ただ、その自転車は横倒しになり、純白の車体は踏まれたのだろう。靴の跡がびっしりと付着していた。この村に来た人々が逃げ出す時に着いた物か、もしかしたら先ほどの住人達の仕業かも知れない。


 無言のまま、自転車を起こしたアオハルは黙ってボロ布と化した上着で汚れた車体を拭き、大まか綺麗になったところで後ろを向いた。


「さて! 行くか。撫子はまだ自転車乗れないだろうから、コイツには俺が乗っていくよ。鍵貸してくれ」

 無理をして必要以上に明るい声を出しているのは明白で、それが逆に痛々しい。


「いえ、それは悪いわ。私の自転車ですし、私が」


「そうよそうよ。アオハルだって怪我してるんだから、アンタが乗りなさいよ。と言うかアンタいつまでパンプキンに乗ってんのよ。まったくもう。アオハルを乗せたと思ったら、今度はアンタを乗せることになるなんて。はあ、今まで誰も乗せた事無かったのに、一日で二人も……」

 ため息混じりのリアルに撫子はふふんと鼻を鳴らし、口元を隠しながら意地悪笑い、


「今まで誰も乗せたこと無いのに、一日で二人も乗せるなんて、尻軽な乗り物ですね。きっと持ち主も尻軽に違いありません」


「なんですって! 言葉選べよ電波女。さっさと降りろ!」


「ええいいですとも。アオハルくん、私の自転車に二人乗りしましょう。交代交代でしたら、私も大丈夫ですから」


「ああ、俺はそれでも――」


「ふふふ二人乗りですって!? それってあれでしょ、こう、後ろの人は前の人に、密着して乗る」


「そうよ。ふふふ。先ずは私が後ろに乗せて頂きましょうか、しっかり捕まらないと――ぐえっ」

 嬉しそうに言いながら、パンプキンを降りようとする撫子の服襟を掴み、リアルは思い切り後ろに引っ張った。それと同時に撫子が潰れた悲鳴を上げる。


「やっぱり駄目! アンタはここに乗ってなさい!」

 二人が自転車で密着しているところを想像したせいか、リアルの顔は真っ赤に染まっていた。


「いきなり何をするのですか!」


「うるさい。この変態電波女。そんな貧相な身体をアオハルに押しつけようなんて身の程知らずにも程があるのよ!」


「だ、誰が貧相ですか。私はスレンダーって言うんです!」


「そんな真っ平らどころか、えぐれてる岸壁みたいな胸して良く言うわ。やっぱり女の胸はアタシみたいにでかくないとね」


「脂肪の塊を誇って良く言う!」


「いいから、早く決めてくれよ」

 ギャーギャーと言い合いを始めた二人に呆れた息を吐きながら、アオハルは自転車のサドルに跨った。


「君達」

 砂利を踏む音と共に背後から声が掛けられ、三人は一斉にそちらを向いた。


 そこに立っていたのはあの町長。周りには誰もいない、一人で来たようだ。


「なんだよ。まだ文句言い足りないのか? 別に良いけど、今の俺はオールオッケー、どんな罵詈雑言も受け止めてやるよ、一応アンタには借りがあるしな」

 アオハルもまたガクラン隊の隊員として、自分がやらなければならないことは分かっている。わざと憎まれ口を叩き、文句を言われやすいようにふてぶてしい態度を取ってみせた。


 そんな彼に対し、町長は。


「すまなかった」

 深く、頭を下げて謝罪の言葉を口にした。


「なっ」

 そんな町長の行動に、アオハルも、そして後ろで見ていた撫子とリアルも驚愕する。


「なんのつもりだよ」


「初めから分かっていた。こうするしか手がなかったのだろう。君は最善を尽くしたのだろう。だが、あの場ではああ言わなければ、町の者達は納得しない。表面的には私が止められてもくすぶりは残り、結果的に町の再建も遠のいて行く。だからあの場でああ言うより他に道は無かった」


「買いかぶりだよ。俺がアンタの町を殺したのは事実だ。住んでいた場所が無くなる辛さは俺が一番分かっている。だから」


「だが!」

 アオハルの声を遮って、町長は顔を上げ、真剣な目でアオハルを見た。


「人は残った。誰一人欠けることなく住人は生きている。それで良い。それだけで、十分過ぎる。人が集まって生活するからこそ、町なのだ。人の命さえあれば、何度でもやり直せる。この命に代えてもやり直してみせる!」

 町長の言葉には力に満ちていた、本気で言っていることを伺わせる力強さに。


 そんな彼を呆気に取られて見ていたアオハルは、突然破顔し、そのまま天を仰いだ。


「はっ、ははは――あはははははは、あーはははははははは!」

 その笑いに釣られる様に町長もまた笑い出す。


「ふっ、ふはっ――ははははははは、はーはははははははは!」

 甲高い声で笑うアオハルと、野太い声で笑う町長。


 二人とも同じように笑い切ってから、一つ大きく息を吐き、アオハルは町長を見た。


 そんな二人をリアルと撫子は呆れた様子で、顔を合わせ同じように肩を竦ませた。その仕草がこう言っている。


 男って奴は、これだから。


「……アンタなら、きっと出来るよ。そして俺も目指すよ燦々と輝く星、ガクラン隊のスターって奴を」

 そう言ってアオハルは拳を真っ直ぐに突き出した。


「ああ。君なら出来る。これは……こうでいいのか?」

 突き出された拳に、町長もまた拳を造り、拳をぶつける。


 こつんと小さな音が鳴り、アオハルと町長は同時に見合い、再び声を出して笑った。


「男って奴は、いくつになってもいつまで経っても馬鹿のままなのよね」

 笑い合う男二人を見ながら、パンプキンに身体を預けたリアルが呟く。


「その馬鹿を好ましいと思えるのが、良い女ですよ」

 その呟きを拾い、撫子は眼を細めて目尻を緩ませて言った。


 しばらくの間、荒野には男達の笑い声が響き続けた。


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