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彼のスタートライン

 アオハルが持つその武器は旧時代、自転車が一般人の足として使用されていた時代にあった子供のおもちゃを模したものであり、その構造は非常にシンプルだ。


 Y字型のロッドの上部の間を伸縮性のあるゴムで繋いだだけの物で、そのゴムの中央に弾を置き、そのままゴムを引いて手を離すと、元に戻ろうとするゴムの反動で弾が発射させる。


 威力はゴムの反動によって異なるが、本来であれば所詮子供のおもちゃであり、威力もそれなりでしかない。


 勿論、彼の使っているものは形は同じでも威力が全く違う。


 ロッドとなるY字型の金属棒は幾つかの金属を混ぜ合わせた合金で造られていて強度が高く、錆びることも曲がることもない。


 弾の威力を決めるゴムは、大の大人十数人かがりで引っ張ったとしても容易に轢くことは出来ない程の硬さを持ち、その分反動による威力が高い。


 そのゴムで遺跡を破壊するために造られた金属球を発射した場合、容易に遺跡を貫けるだけの威力が出せる代物だ。とは言えそれだけに扱いが難しく、ハイヒューマンと言えど、簡単にゴムを引くことは出来ず、引けたとしても狙いを定めることもまた難しい。


 あの日、彼の命を救った男から受け取ったこの武器を自在に操る為に、アオハルが費やしたのは五年と言う時間。


 アオハルにとって、自転車やガクランと同様にガクラン隊の象徴であり、その中でも彼を救った男から直接貰ったと言うこともあって最も思い入れのある代物だった。


 武器の名は、プルスター。


 彼の相棒であり、遺跡を破壊する為だけに造られたガクラン隊専用の武器だ。




 アオハルが狙いを正確に定めている間に、リアルもまたパンプキンを発進させ、撫子の元へと駆け出した。


 彼女もまた、再び起こった地震に対する動揺など欠片も示していない。それは遺跡に捉えられた撫子も同様だった。彼女はただ黙って助けられるのを待っている。


 揺れは更に激しさを増し、リアルと撫子の間にある地面に、一つ、二つと亀裂が走る。


 まるでアオハルがしようとしていることを理解し、それを邪魔するかのように遺跡が二つ、二人の前に立ち塞がろうと亀裂を突き破り、一気に持ち上がった。


「馬鹿が! そんな物で俺を、俺とコイツを止められると思うなよ! コイツは俺があの人から、俺のスターから受け取ったもんだ。そして俺は今、あの人になった! 本物の男に。本物の男がスターが、好きな女達を救えねえ筈がねえ!」

 誰にも聞えないからこそ言えた、本音だった。


 昨日初めて出会った少女のことをアオハルは、好きになっていた。彼女の言葉を借りるなら、そうなることが運命であったかの様に。


 その言葉と共にアオハルは体重を掛けながら足を後ろに移動し、腕の力だけでは無く全身の瞬発力によってゴムを引き伸ばす。


 ハイヒューマンの身体能力を持ってしても容易に引くことの出来ないゴムを引けるようになるまでに二年。狙った通りの場所に弾を当てられるようになるまで三年。


 合わせて五年間、彼が過ごした時間は無駄では無かった。


 途中で諦めなかったからこそ、今彼は本物のガクラン隊になる資格を手に入れた。


 その五年間があったからこそ。アオハルは今、撫子を救うことが出来る。


「この俺に貫けねぇもんは、存在しねぇ!!」

 アオハルの全てを詰め込み、全てを掛けた一撃は、空気を裂き、進む障害となる物を全て貫きながら前へ前へと貫き進む。


 必殺の一撃となったそれは、アオハルの前に立ち塞がった二つの遺跡を貫通し、その奥にある撫子を捉えた遺跡をも貫いた。


 正確に撫子の足を押さえつけていた瓦礫だけを貫く。その横のコアには一切触れることなく。


 自由になった瞬間、撫子は拘束の解けた足で遺跡を蹴って下へと跳んだ。


 彼女自身の加速と重力によって下へ下へと速度を増しがら落ちて行く撫子。


 落ちながら、彼女は首だけ振り返り遺跡を仰ぎ見た。



パリン。



(今の音は……まさか、あの一撃で?)

 聞き慣れた音が撫子の耳を打った。その音は、コアを貫いた時に聞える音。


「どこ見てんのよ!」

 障害となった二つの遺跡を擦り抜け、撫子の真下まで移動したリアルは、後ろを向いたままの撫子に鋭く声を掛けながらドアを開き、そこから身を乗り出して手を伸ばした。


「リアル!」

 顔を戻すと、同じように手を伸ばす撫子。


「名前で呼ぶな。撫子!」

 二人の手が繋がった瞬間、リアルは撫子の身体を引っ張り、同時に撫子は空中で体勢を変えて、パンプキンの中に転がり込んだ。


 その刹那の後。


 青い閃光が二人の背後で輝いた。


 その後に起こるのは、全てを破壊する爆発。この位置では、パンプキンも巻き込まれるのは明白だった。


「この位置では……」


「アタシのパンプキンを信じなさい! アタシはコイツをアオハルと同じくらい信じているんだから」

 撫子の言葉を遮って宣言するリアル。


 パンプキンのドアが締まった瞬間、コアの破壊によって起きた爆発でパンプキンは宙を舞い、空中で二転三転しながら地面に叩きつけられ、そのまま数回転がった末、逆さまになって、やっと停止した。


 アオハルはたった一発の金属球で、遺跡を三つ貫きその上で、奥にそびえ立つ、一番初めに現れた、アオハルが一度は負けた遺跡のコアまでも破壊してみせた。


 そのことにより引き起こされた爆発は撫子を捉えた遺跡と、新たに生えた二つの遺跡、三つの遺跡のコアも破壊し、合計で遺跡四つ分の破壊力となった大爆発は町を一気に飲み込んだ。


 閃光と共に引き起こされた爆風が、遺跡を粉々にし、その余波で町中の建物はなぎ倒れた。




 夜の闇を完全に消し去った青の閃光が消えた後、そこに残ったのは見渡す限りの瓦礫、完全に死んだ町の景色だった。


 プシューと空気の抜ける音共に、反対になったパンプキンのドアが開き、中から撫子とリアルが顔を出した。


 二人には怪我一つ無く、またあれだけ近くで爆発に巻き込まれたパンプキンの車体も汚れているだけで、傷は殆ど無かった。


「だから言ったでしょ。アタシのパンプキンは、アオハルと同じくらい信用出来る、世界最高の技術で造られた道楽作品なんだから」

 パンプキンの身体に手を触れながら、リアルは撫子に不敵に笑いかけた。


「まったく、大した性能ですね。貴女には勿体ないくらい……」

 感嘆の息を吐いてから、撫子はハッと気がついたように周囲を見渡した。


 ここが爆発の中心地である為、瓦礫すらも存在してせずに円状にえぐれた地面があるだけだ。

 そこにアオハルの姿は、無い。


「アオハルくんは!? あの爆発では、彼も巻き込まれて――」


「心配ないわよ。アオハルなら」


「何故? 彼は殆ど丸腰で」


「理由なんて必要ないわ。アオハルだから、大丈夫なの」

 それは信じていると言うよりは、確信を持った言葉だった。


 リアルは何の疑いも無く、そう確信していた。そんな彼女の言葉に、撫子は何度か瞬きを繰り返してから、表情を緩ませる。


「彼だから大丈夫、流石です。いいでしょう、認めましょう。リアル、貴女もまた私の運命の人であると」


「え? ちょ、ちょっと。アタシにそんな趣味は……」

 真顔で告げなから握手を求め、手を差し出す撫子に、リアルは貞操の危機を感じ狼狽えながらジリジリと身体を下げた。

 そんなリアルに、撫子はフッと唇を持ち上げ挑発的に笑うと、高らかに宣言した。


「貴女こそ。私の運命のライバルに相応しい相手です!」

 その宣言に、後ろに下がりかけたリアルは、足を止め、


「っ! 上等じゃない!」

 力強く言いながら、撫子の手を取ると、リアルもまた唇を持ち上げて笑う。


 瓦礫すらない爆心地で互いを認め合う少女達。


「お前ら。取りあえず俺を捜せよ」

 硬い握手を交わす少女達の背後から声が聞えた。


 聞き覚えのある、ややハスキーな少年の声に、二人は全く同時に振り返った。


 二人が立っている位置より大分離れた場所。爆心地であるこの場所から飛ばされた瓦礫が積み重なっていたその場所にアオハルは立っていた。


 怪我を負ったのか、腕を押さえている。


 ガクランを模して造られた黒い服はボロボロになり、もはや服と言うよりは、布を身体に纏っている状態でしかなかった。


 髪の毛には遺跡の欠片だろうか細かな破片が幾つも散らばり、顔はススと砂埃によって黒く汚れている。


 そんな状態でも、彼は手に握った武器、プルスターだけは手放していなかった。


 フラフラとした足取りで、瓦礫を乗り越え、何も無くなった地面を踏んで、二人の元へと近づいてくるアオハルを、撫子もリアルも笑顔で出迎えた。


「ほら、やっぱり生きてた」


「アオハルくん、無事で何よりです」


「お前ら軽すぎ。もうちょっとで本当に死ぬところだったんだぜ。あんなデカイ爆発起きるんなら言ってくれよ。滅茶苦茶長く空飛んだよ」


「遺跡四つ分のコアの爆発ですからね。仕方ないでしょう」


「生きてたんだから、気にしない気にしない」


「お前らが無傷だったんなら良いけどよ」


「……それ」


「ん?」

 撫子が指さしたのは、アオハルの手に握られたプルスターと呼ばれる武器。


「それは手離さなかったのですね」


「離せるかよ。これは俺の身体の一部みたいなもんだ」


「アタシのパンプキンみたいなもんね!」


「そう――そうですね」


「撫子」

 彼女の武器、七草は恐らく爆発で巻き込まれ、破壊されたか、そうでなくてもこの町の何処かに飛ばされてしまっただろう。


 瓦礫の山の中から、それを見つけるのは不可能と言って良い。


「構いませんよ。私は自分の武器にそれほど思い入れがある訳ではありませんし。そもそもあれは量産品ですから本部に戻ればまた貰えるでしょう。それより君がそれを持っているその武器の方が、私は気になる。それを君に渡した人物を、多分私も知っていますから」


「それって……」


「昼間私が話したでしょう。恐怖に負けて逃げ出した私をガクラン隊の一員として鍛え上げてくれた人。その方が、使っていた武器がそれと同じ物なのですよ。その武器と同じ物を使っているガクラン隊員は殆どいません。ですから不思議に思って、何故そんな扱いの難しいもの使ってるのですかと、尋ねたことがありました」


「その人はなんて?」

 思い返すように目を瞑り、僅かに口の端を持ち上げて笑い、撫子はその男になりきった口調で言う。


「だから格好いいんじゃねえか。ですって」


「――ハッ。その通りだ。今時誰も使わねぇからこそ、扱いが難しいからこそ。格好いいんだよ」


「彼が言っていた意味が、アオハルくんを見てやっと分かりました。確かに君は格好いい」


「撫子――あの人は、今」

 ずっと知りたかった自分を救ってくれた男の行方。


 けれど撫子は静かに首を振った。


「今も旅を続けています。世界中にある遺跡を壊して、人を救って誰かを生かしている」


「そっか。そうか……」


「きっと、会えますよ。旅を続けて行けば、ガクラン隊として旅を続けていれば、必ず」


「そりゃあ、もしかして――」

 撫子の言葉に、アオハルは彼女を見つめる。


 彼の言葉に撫子は静かに頷き、腰に手を当てながら片手を持ち上げるとアオハルに手のひらを向けて、力強く告げた。


「ガクラン隊にようこそ。アオハル・三上くん」


「ッ――っしゃアァァァァアァァァァアアアアァアァア!」

 天まで届こうかと言う歓喜の声と共に、アオハルは両手を握り、空に突き出した。


「おめでとうって、言っといてあげるわよ。バカハル」


「これから、よろしくお願いしますね。アオハルくん」


「ああ! こうなりゃさっさと行こうぜ撫子。ガクラン隊の本部とか言うところによ」

 突き出した手を下ろし、そのままアオハルはプルスターを背中に仕舞い込むと、撫子を急かす様に手を差し出した。


 その光景を横目で見ながら、リアルは無言で目を伏せ俯いた。その表情はどことなく寂しげだ。


「何下向いてんだ」


「え?」


「顔上げろよリアル。お前も行こうぜ。どこまでも、一緒に」


「アオハル――うん!」

 溢れだした涙の滲んだ瞳を大きく閉じて、その涙を弾かせ、撫子とは逆に差し出されたもう片方の手をリアルは握りしめる。


「当然。私もですからね」

 対抗するように撫子もまた自分に差し出されたアオハルの手を握った。


「ああ! 当たり前だろ」

 左右両方の手で二人と手を繋いだアオハルは、前を見た。


 瓦礫とむき出しの地面だけとなったこの町を、見返した。


 結局、アオハルはこの町を救うことは出来なかった。人の命を救えても、町を救うことは、出来なかった。


 全てを救う完全無欠の正義の味方には、やはりほど遠い結果だ。だが、今の彼の進む道は、正義の味方ではない。


 両手に感じる大切な存在を掴んで決して離さないように力を込めて、彼は自分だけの道を一歩前に踏み出した。

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