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それは高過ぎる1%

「あお、はるくん?」

 舌足らずな子供のように甘ったるい口調で名を呼び、撫子は自分の頭に手を置いた。そうしてから初めて今の状態に気がついたようだ。


 一度大きく目を見開くと自分の足下とその下、地面から遙かに高い位置に自分の身体を確かめるように見る。


「色々と言いたいことはあるけど、今は後回しだ。まったく随分と面白い位置にいるよ。ま、救われ役としては上出来だよ撫子。そこから抜け出せるか?」


「……少し待って下さい」

 彼女を挟むように左右に積まれた瓦礫の上に両手を載せ、手に力を入れてそこから抜け出そうとするが、彼女の身体は持ち上がらず、同時に撫子は顔を苦痛に歪めた。


「痛っ、ごめんなさい。どうもまた足が挟まっているようです。前のように怪我はしていないと思うのですが、綺麗に挟まっていて抜けません」


「撫子の足には瓦礫を集める作用でもあるのか?」


「それが遺跡だったらそれでも良いですけど。これは少し困りましたね――」

 ハァと大きくため息を吐き、彼女は同時に頭を下げた。


「どの辺だ。俺がぶっ壊して……」

 背中に手を回し、腰に差した武器を取ろうとする。アオハル。


「そうして頂けると有り難いです。七草も何処かに行ってしまったようですし」

 しっかりと握っていたはずの武器、七草は手の中から消えていた。


「右足首の辺り、そこにある瓦礫が、横から押すようにして足を圧迫しているようです」


「オーケー。右足首ね」

 撫子の説明を聞いたアオハルは、目を凝らして彼女の足首に注目する。


 幾つも折り重なるように積まれた瓦礫に隠れてはいるが、撫子の足の長さと形状は大体覚えている。どの辺りに足首があるのか見極めることは簡単だった。


 あそこだな。


 当たりを付けたアオハルは改めて背中の武器を握りしめ、それを取り出そうとした瞬間、彼は突然妙な感覚に襲われた。


 何かが感じ取れる。


 目で見えている訳では無い、そもそも目で見える位置では無い筈なのだ。


 撫子が言う右足首のその直ぐ右脇。その辺りに何かぼんやりと何かがあるような気がする。


 そこに何かが息づいている。脈動のようなものすら感じ取れた。


「撫子……」


「あら、なんでしょうか。運命の人」


「お前の右足首の、ちょっと右側辺りに何かあるのが見えるか? 多分、真横って言うよりは斜め奥辺りだと思うんだが」


「奥?」

 アオハルに言われた位置を見ようと、撫子が首を後ろに捻った。


 そこに目を向けた彼女が一気に青ざめる。


「アオハルくん、これが見えるのですか?」

 震えた声で、撫子は問う。


 黙ったままアオハルは頷いた。


 肯定するアオハルを見て、撫子は唇を噛み締め、目を閉じながら小さな声で呟いた。


「これが、遺跡のコア。です」


「コア……これが? 俺が見えているコイツが? 俺がコイツを見えている……」

 それはガクラン隊にしか出来ないこと。どんなに身体を鍛えても、格好を真似ても、武器を使えるようになっても決して、アオハルに出来なかったことだ。


 撫子がアオハルに言った彼をガクラン隊に入れたくない理由の一つ。


 ならばアオハルは今、その理由の一つを消したことになる。


 そのことに喜びがないと言えば嘘になる。だが、それよりもアオハルが安堵した理由は一つ。


「危なかったな。気づかなかったらお前を殺していた」

 伸ばした指先がぶれることなく撫子に向けられ、彼は明るく嬉しそうに笑顔を見せた。


「ギリギリを射貫く。動くんじゃねえぞ」


「アオハルくん! 待って下さい!」


「あん?」

 切羽詰まった撫子の呼びかけに、アオハルは怪訝に眉を持ち上げた。


「君がコアを見えるならば、私のことよりも後ろの、あの遺跡のコアを貫いて、あれを破壊して下さい!」


「何言ってんだ! そんなことしたらお前が」

 遺跡のコアを貫いた時に起こる爆発の規模は、小さいものでも村を一つ壊滅させる程だ、そもそも彼女の背後にある遺跡のコアを貫いて爆発を起こせば、そのまま彼女を捉えている遺跡のコアをも破壊し、そうなれば撫子の命を奪うだろう。


「良いから聞いて下さい! あの遺跡は今、呼んでいるのです」


「呼んでいる?」


「近くに沈んでいる他の遺跡を、ここに呼び寄せている。稀にそうした遺跡があるんです。私の下にあるこの遺跡もそう。ううん、これだけではありません。もっとたくさんの遺跡がここに上がって来ようとしています。そして、近隣全ての遺跡を呼び終えた後、コアは臨界点に達し、どのみち爆発するでしょう。そうなればそれまでに上がって来た全ての遺跡を巻き込む爆発が起きて、この町だけではなく、その周囲に至るまで全てを砂塵に返す。だから! 他の遺跡が現れる前に、私を犠牲にしたとしても、あれを破壊して下さい。君は正義の味方になるのでしょう」


「撫子……お前」

 この町に来る前にアオハル達が立ち寄った村。撫子が遺跡を破壊したことによって全てを失った村。


 だが、本当にそうだろうか。


 彼らは本当に全てを失ったのだろうか。


 いや、違う。


 全てではない。彼らはみな、生きていた。


「格好付けやがって」

 建物を住む場所を、村を失っても、命だけは残った。


 あの遺跡は現れてから随分と時間が経っていたと村人は言っていた。それはつまり、あの遺跡もまた、他の遺跡を呼ぶ遺跡だったと言うことではないだろうか。それに気づいたから撫子は即座に遺跡を破壊した。そうしなければ、遺跡は他の遺跡を呼び、彼らを更なる危険に晒していた。


 あれ以上時間を置いて、全ての遺跡を呼んだ後に爆発したのなら、建物や村と言わず、住民の命すらも失い、それこそ本当の意味で全てを失っていただろう。


 だからこそ彼女は村人の制止も聞かず、遺跡を破壊したのでは無いか。


 自らを嫌われ者にすることで、怒りを自分に向けることになると分かっていながらその道を選んだ。


 アオハルはその事を理解し、改めて顔を持ち上げ、背中のそれを握りしめた。


「いいか。動くなよ」


「アオハルくん! 私の話を聞いて下さい。私なら大丈夫、私はこれでもガクラン隊の者です。ガクランの防護性能なら喩え爆発に巻き込まれても、八割方生き残れる。ですからあの遺跡を先に――」


「ウルセェよ! 正義の味方なんかやめだ、くだらねぇ。決めた、今決めたぜ。俺は正義の味方なんてもんは目指さねぇ。俺が目指すのは星、ほら良く言うだろ輝くスパースターって奴だ。やりたいことは全部やって自分の意志で輝いて、欲しい物みんな手に入れる。遺跡を壊す我が儘なガクラン隊員だ! 八割方生き残れるだ? ふざけんな! お前が、撫子が死ぬ可能性なんて1%あっても高過ぎんだよ!」


「……君は、ですから。まだガクラン隊員ではないでしょう」

 困ったように眉を下げる撫子は、言ってもう無駄だと悟ったのかも知れない。そっと息を漏らした。


「いいです、分かりました。君を信じます。ですからアオハルくん。私の運命の星よ。私を――救って下さい」


「言われるまでもねぇ。俺がお前を救うって決めたんだ。助け出すのがこの俺である以上、成功率なんて1%もあれば十分過ぎる」

 その言葉には力があった。ただの強がりではない、自分を信じている本物の力が。


「俺のやりたいことを全部やるって決めたんだ。リアルと一緒に旅を続けて、ガクラン隊に入って、遺跡を壊して、そして。ここでお前のことを救ってみせる。俺と、コイツの力で!」

 背中から取り出した武器を持ったまま、前方へと突き出す。それがこれの使い方だ。


 もう片方の空いた手には金属球を握り込んだまま。


「それは――そうですか、やはり君が私の運命の星。ですか」

 アオハルが手にした武器を目にした瞬間、撫子は元々大きな瞳を更に大きく見開いて驚愕を示し、そののちフッと表情を緩めて身体から力を抜くと、ゆっくりと目を伏せた。


「何勝手なこと言ってんのよ! そんな訳無いでしょ、この電波女!」

 瓦礫が彼方此方に散乱している地面を縫うようにパンプキンを走らせて移動してきたリアルがアオハルの隣にスライドする様に停車し、スピーカーから金切り声を発する。


「貴女もいたのですか妄想女。残念ですが、ここまで偶然が重なると言うことは間違いありません。これを人は運命と呼ぶのです。私とアオハルくんの指と指は間違いなく赤い糸で繋がっています」

 そんなリアルに対して撫子は瞑っていた目を片方だけ持ち上げると、やれやれ。とでも言いたげに首を振ってみせた。


「馬鹿言うな! 仮にそんなもんがあったとしても、ア、アアアオハルと繋がってるのはアアアアアタシなんだから!」


「リアル、何で来てんの? あんなに格好良く行って来いしといて」


「あらあら。これだけ露骨な好意でもスルーですか。これは私もしっかりとアプローチをしなくてはいけませんね」


「しなくて良い! 何となく嫌な予感がして来たの。悪い!?」


「いや、丁度良い。実は今呼ぼうと思ってた所だ、これが以心伝心って奴かね」


「ううう運命って奴じゃない!?」

 真っ赤に顔を染め上げ、どもりながら言うリアルを一瞥してからアオハルは一言。


「ま、それはともかく」


「またスルーされてますね。哀れな」


「うるさい!」


「手伝ってくれ。リアル」

 隣に止まったパンプキンに顔を近づけ、何事か声を掛けるアオハル。撫子の位置からでは、その声は聞き取れなかった。


「アオハル! それ本気? 誰か一人でもしくじったら……」


「俺はしくじらねぇ。そして俺はお前らを信用してる。お前らが俺を信用しているのと同じくらいにな」


「う、ぐ、うぅ~。そんなこと言われたら……断れないじゃん」


「それで私は何をすればいいのですか?」


「時間がねぇ。俺が撫子の足を押さえてるそいつを壊すから、後は俺達を信じてそのまま下に跳べ」


「分かりました。貴方と運命の星々を信じます」

 アオハルの要求に、撫子は疑問を口にすることもなく、間髪入れずに頷いた。


 そんな彼女にアオハルも力強く頷き返す。


「まったくもう、この馬鹿共は。電波女、アオハルが言うから仕方ないわ。アタシを信用しなさい」


「アオハルくんが言うのですから当然していますよ」

 撫子とリアルもまた、同時に頷き合った。


「安心しろよ、本物の男ってのは、女の前で失敗なんかしねぇもんさ」

 そう言ったアオハルの声を合図にしたかのように、再び地面が大きく揺れ始める。


 しかし、その事にアオハルは動じもせず、手に持った金属球を、前に突き出していたY字型をした武器の二股に分かれた上部同士を繋いだ黒い幅のあるゴムの中央に設置した。


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