見送るお嬢様と囚われの姫君
その時撫子は、拾った木の棒で作った杖に身体を預けながらフラフラとした足取りで、もう遺跡の目の前まで辿り着いていた。
後はコアを破壊するだけだ。
木の棒を地面に投げ捨てると、脇に挟んだ七草を手に取る。
いつもと同じようにその大きな銃身を片手で持ち上げ、トリガーを握りながら銃口を遺跡へと向ける。
コアの位置を正確に見定めながら撫子は足の怪我を庇ったおかげで、荒くなった呼吸を押さえ、僅かに照準のブレる腕をもう片方の手で押さえつけた。
足に負った怪我のせいで思った以上に踏ん張りが利かず、そうしなければ正確に狙いが定まらなかった。
そんな状態でもどうにか見定めた遺跡のコアに照準を合わせ、指に力を込めてトリガーを引こうとする。
(アオハルくんは、私を怒るでしょうか)
怒るだろうな。と心の中に浮かんだ疑問に自ら答えを出した。
「でも」
それでも撫子は遺跡を破壊しなければならない。それは、もはや自分の為だけでは無い。
何かを急かす様に忙しなく脈動するコアを外側から見つめながら、ギリ。と歯を食いしばり、トリガーが引き絞られて行く。
もうほんの刹那程、力を入れていれば、銃口から金属球は発射され、遺跡は彼女の手によって破壊されていただろう。
周囲全ての建物と彼女自身をも巻き込んで。
けれどここでも、彼女の言葉を借りるならば恐らくは運命の悪戯。アオハルが言うのなら、劇的なタイミングで。それは起こった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴコ
日に二度もその音を聞いたのは、流石に彼女も初めてだった。
同時に地面が揺れ、とっさに踏ん張ろうとした足も、痛みによって力が入りきらず、彼女は大きくバランスを崩して、その場に倒れ込んだ。
前回とは違って、七草だけは手離さないように手に力を込める。
即座にもう一度、倒れ込んだまま銃口を持ち上げると碌に照準も合わさずに、躊躇うこと無くトリガーを引いた。
続け様に三発。
一発の威力があまり高く無い分、連射出来るのが七草の特徴だ。それに加え、照準を合わせることで狙った通りの場所に弾を打ち出せると言う特徴もあるが今回の場合、狙いを付けられ無いまま撃ったことが災いした。
続け様に三発飛んで行く金属球はいとも簡単に遺跡の外壁を破壊し、風穴を開けたが、その弾がコアを捉えることは無く、今度は内壁を突き破ると反対側から遙か彼方へと飛んで行った。
「チィッ」
弾は後四発。もう一度キチンと狙いを付ければ問題ない。
片目を瞑り、七草の先端に付いた照準を、遺跡のコアに合わせて移動させる。しかし、その狙いが定まる前に、再び地面が大きく揺れた。
それまでも微弱だった揺れが一気に強くなり、彼女はそれに気がついた。
地面が揺れている、それだけではない。下から上に突き上がってくる何かに押され地面が膨らんで来ていた。
この場合、その何かとは言うまでも無く。
ビキッ。
足下の地面に亀裂が入る音と共に、その奥から現れたそれは彼女の身体を持ち上げながら、尚上昇を続けた。
「アオハル、くん」
何故。
彼女がその名前をここで口にしたのか、それは分からない。
誰にも聞かれることの無かった呟きと共に、彼女の声は消え、その姿もまた遺跡に飲み込まれて見えなくなった――
弾丸が三つ、突き抜ける様に空を裂いて飛んで行くのが見えた。
アオハルも何度となく使って来たそれ。その金属球が何であるかなど、今更言うまでもなく彼は知っている。
「あっちだ!」
「遅かった? って、爆発しないじゃん」
「この揺れだ。外れたんだろ」
「ふふん。あの女、実は大したことないんじゃないの? 三発も撃って全部外れなんて」
意地悪そうに顔を歪めるリアル。その憎まれ口とは裏腹に顔色は悪いままだ。
「あの怪我じゃしょうがねぇよ。さっさとあの抜け駆け娘を回収しないとな」
「所で、アオハル」
「何だよ」
「また別の遺跡が現れそうだけど、それはどうするつもりなの?」
「言っただろ、立ち向かうんだよ。方法なんかそん時考えりゃいい」
「吹っ切れた貴方って、後先の考え無さが半端じゃないよね」
「やめろよ。それじゃ俺が単細胞の馬鹿みたいじゃねぇか」
「他にどんな意味で捉えられるのか。聞いてみたいわ」
そんなことを言い合っている間に、パンプキンを遺跡の裏手側に停車させ、アオハルはドアの開閉ボタンを押しながらリアルを振り返る。
「ここにいろ。俺が撫子を連れてくる」
「アオハル!」
身体が出られるだけドアが開くと同時に、飛び出して行ったアオハルの背中を、リアルが呼び止める。
「あん?」
感情のまま、遺跡に向って飛び出しかけた足を止め、後ろを向くアオハルに、リアルは手を前に突き出して飛び切り魅力的な笑顔で告げた。
「行って来い。そして、勝って来いアオハル」
有り触れた言葉。
その言葉に込められた万感の思いをアオハルは全て受け止め、力強く頷いた。
「行って来る! そしてぶっ壊して来るぜリアル」
踏み出した足で地面を蹴って次の足を前へ、その足で再び地面を踏み、更に強く蹴って反対の足を前に。
その動作を繰り返しながら、アオハルの身体は加速する。
ゼロから一気にトップスピードまで駆け上がったアオハルは、遺跡の脇を通り過ぎ、崩れかけた町役場の前に到着した。
撫子を捜すと言う目的もあるが、それと同時にこの遺跡に立ち向かうのなら、それはあの時と同じ、町役場の窓から見えたあの場所を正面と定めて、立ち向かうのだと決めていた。
真正面から打ち砕くのだと。決めていた。
だから四方どこから見ても海草と藻に包まれて違いの見えない遺跡の、アオハルが自ら勝手に正面と決めたその場所に。
もう少し正確に言えば遺跡の正面と、まだかろうじて倒壊していない町役場との間に、いつの間にかもう一つ、裏側からでは見えなかった、最初の遺跡よりも少し小さな遺跡が邪魔をするように立ち塞がっていた事実に、アオハルは何だが水を差されたような気がして不愉快になり、その直後。
遺跡の上部、元々脆かったのか、それとも彼女自身が破壊したのか、遺跡の天井にあたる部分に亀裂が走り、そうして出来た隙間に挟まった割れた広場の地面とタイル。そして、明らかに気を失っている様子の撫子が、まるで十字架を描くように両手を広げた状態で動けなくなっている光景を見て、思わず頭に手をやった。
「なんて時に、なんて位置で、なんて格好で、なんて素敵な寝顔で、助けを待つお姫様役やってるんだお前は」
遺跡に立ち向かう理由がまた一つ増えたな。と口の中で呟いて、アオハルはポケットの中に入れたままにしていた金属球を幾つか取り出すと、スウッと息を吸い込み、
「撫子ォォオオォォォ!」
叫びと言うよりは咆吼に近い、大きな声でアオハルは彼女に声を掛けた。
助け出そうにも、助けられるお姫様が眠り姫状態では、話にならない。
寝ている間に助け出す。それではちっとも劇的では無い。
「ん。う、ぅん?」
ぼんやりと目を開け、撫子は辺りを一度見渡してから、やっと下にいるアオハルに気がつき、ぼんやりとした表情のままアオハルを見た。