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彼にはそれが理解出来ない

 地震は治まったが、いつ倒壊してもおかしくない町役場から、三人は無事に脱出した。


 上手い具合に階段と出口までの通路が塞がれておらず、無駄な時間を取られなかったことも大きかった。


「無事だったか!」

 開いたままになっていたドアをくぐり、外に出ると。遺跡が現れた広場の端に立っていた町長が三人に駆け寄って来た。


「あ。逃げ出したオッサンだ」


「仕方有るまい。この町の為にもまだ死ぬ訳にはいかんのでな」

 ちくりと皮肉を口にしたリアルに、町長は悠然と髭を撫でながら答えた。


 だがそう言って髭を撫でる手には多くの傷があり、出て行く時には綺麗なままだった服も所々噛まれたように裂けてボロボロになっていた。


「もしかして。出口まで瓦礫が無かったのは……」


「そんなことより! 早く町の外へ出よう。医者も外におる」

 アオハルに肩を借りたまま足を引きずっていた撫子の言葉を遮って、町長は先んじて歩き出した。


「流石町長ってか?」

 男の照れ隠しはどうかと思うが、例え相手が誰であろうとこの町にいる限り、絶対に守るという心意気は、確かに町の長としての大きな器を示していた。


「……後は、あれですね」

 動く方の足を使ってその場でジャンプし、身体を半身後ろに向かせることによって撫子は彼らの後ろに悠然とそびえる遺跡を見た。


 アオハルは振り向かない。


 見れば撫子を救うために奮い立たせた心が折れてしまいそうで怖かったのだ。


 そう。


 アオハルは、恐怖していた。遺跡に対して恐怖していた。あの日からずっと、薄い憎悪の幕で覆い隠して生きてきた。


 恐怖が膨らむと同時にその上に張られた憎悪の幕も大きく膨れて行く。それを彼は憎悪を増していると勘違いして、勘違いした振りをして、自分を誤魔化して生きてきた。


 実際には膨れれば膨れる程、憎悪の幕は薄くなり、ほんの小さな事で破れてしまうほどに弱くなっていたと言うのに。


 そして今日、この場で。


 あの日からずっと彼を騙し続けてきた憎悪の幕は破れ、後には遺跡に対する恐怖だけが残っていた。


 彼は遺跡に恐怖していた。


 昔も、今も。


 ずっと。




 町の外に出た四人を待っていたのは、歓喜と憎悪だった。


 町にとって重要な存在である町長が生きて戻った事に対する歓喜。そしてその町長を監禁し、命の危険を引き起こしたアオハル達に対する憎悪。


 更に悪いことに、彼らはこの騒動をアオハル達が起こしたものだと勘違いしているらしく、住民達は暴動が起きかねない程の狂気を膨らませていた。


 三人は多数の住人達に取り囲まれる。


 それは昨日、アオハルとリアルがあの村で村人達に囲まれている時と似たような状況だ。現在は撫子がいる分頭数は多いが、状況は昨日より遙かに悪いと言えた。


 怪我をしている撫子。戦う意志すら持っていないアオハル。もとより戦う手段のないリアル。


 僅かな切っ掛けで爆発しそうなその空気を変えたのは、やはりと言うべきか、他の住人達にもみくちゃにされながら生還を喜ばれていた町長の一声だった。


「彼らに手を出すな!」

 彼もまた消耗しているだろうに、張り上げられた声には力があった。


 その力に押されるように、三人を取り囲む輪に動揺が生まれ、それは一気に広がって行く。


 何故と言う声が大きくなる中、町長は村人をかき分け、三人の前まて来ると彼らを庇うように矢面に立つと、住人達に向け更に強い口調で告げた。


「あれを見てみろ。この騒ぎは爆弾などでは無い。あの遺跡によるものだ。そして彼らはその遺跡の脅威から我々を助け出すために、一芝居打ったのだ」

 動揺が更に広がり、住人は三人と背後に建つ見慣れぬ巨大な影とを交互に見比べた。


「彼らはガクラン隊。遺跡の破壊を生業にしている者達だ。彼らならばきっと、あれを壊してくれる。我々の生活を守ってくれるだろう」

 もう狂気は完全晴れていた。


 今からどうすれば良いんだと問うように、住人達は視線で町長に意見を仰ぐ。


「彼女の手当を。そして彼らの休める場所を用意してくれ」

 その一言で町人達は一気に動き出した。


 撫子を安静に出来る場所まで移動させ、この町に在住している老医師が手際よく怪我の消毒を施すと、そのまま裂傷となっていた足を縫合し、清潔な包帯を巻いて行く。


 誰かが持ち出したのか、それとも緊急用の倉庫でもあったのか、住人達から少し離れた場所に大きなテントが張られ、撫子の治療が一段落付くのを見届けてから、アオハルとリアルの二人はテントに移動した。


 やがて治療を終え麻酔によって眠ったままの撫子もテントに連れてこられ、三人はテントの中で一夜を過ごすこととなった。


 つい先ほどまで暴動の矛先になりかけていたとは思えない好待遇だが、それは町長の人徳と人望、そして何よりアオハル達があの遺跡を破壊してくれるのだ、と言う住民の期待の現れであることは明白だった。


 その歓迎の最中も、アオハルは何も語らず、何も応えず、遺跡を見もせずに、ただ黙ってテントの中で時間を過ごした。


「んっ――ぅん」


「撫子。起きたか?」


「ここは……そうでしたね、私は」


「無理すんなよ」

 ベッドから起き上がろうとする撫子に声を掛けるアオハル。


 今テントの中にいるのは彼ら二人だけだった。リアルは住人に無理を言って用意させたシャワーを浴びに出かけていた。


 あれほど図々しく住人に命令出来る出来る彼女の不遜さには、呆れるよりも感心してしまうくらいだったが、彼女にとっては数日ぶりのシャワーだ。ゆっくり堪能してくることだろう。


 その話をすると、撫子は彼女らしいですねと力ない声で笑うが、直ぐに顔をしかめた。


 麻酔の切れた足が痛むのだろう。


 掛け布団の中に仕舞われている撫子の足に目を向けてアオハルは言う。


「撫子……ゴメンな」


「何を謝るんですか」


「その怪我は俺のせいだ。俺が――」

 言葉を切る。続く言葉はとても言いにくいものだった。


 しかし認めない訳にも行かない。認めなくては。と彼は自分に言い聞かせ、震えた声で続きを口にした。


「お前の言うとおりだ。俺は……俺は。遺跡に恐怖していた」


「……」

 身体を起こして撫子は黙ったままアオハルを見つめている。


「遺跡を壊すんだ。一つ残らず。俺の世界を壊したあれを全て破壊してやる。そう思い続けて、毎日毎日馬鹿みたいに身体を鍛えて、こんな格好してお前達を、ガクラン隊を追い掛け続けた。でも俺は、結局何も変わっちゃいなかった。あの日、目の前で友達や妹を失っても、ビビって動けなかったガキの頃と何も変わっちゃいなかった。怖いモノを怖いままにしてここまで来ちまった」

 浮かんでくる涙をアオハルは止められなかった。


 テントの中は暗いが、暗闇の中にずっといて目の慣れた彼女なら見えているだろう。だが撫子は何も言わない。


 ただ無言でアオハルを見つめたままだ。


「俺は、俺にはガクラン隊に入る資格なんて、無い」

 ついにその言葉を口にした。


 いざ断言してしまうとその事実は肩に身体にのし掛かり、アオハルの身を重くさせた。


 それだけを夢見て、それだけを目標に生きてきた彼にとって、それは今までの自分自身を殺したと言っても過言ではない言葉だった。


「言ったでしょう? 資格なんて必要ありません。ただ、私が君を入れたくなかったのは、君が私にとって大切な人だからですよ」


「俺が大切な人? ハッ」

 自嘲と共にアオハルは撫子を見た。


 同じように暗闇の中にいたアオハルの目にも、撫子の姿はハッキリと見えている。


 彼女はゆっくりと頷いて見せた。


「私にとって、遺跡を壊すことこそが全て。ですが、そんな私があの時。あの瞬間だけは、遺跡のことを忘れていました。君を、アオハルくんを助けることだけを、ううん。考えたのでは無く、考える前に身体が動いていた、ただ君を助けたいと。そんなの初めてなんですよ? 君は私が遺跡よりも優先した最初の人。そしてきっと最後の人」


「撫子。俺は」

 何かを言おうとした。まだちゃんと言葉には成っていない何かを。それは昨日の夜に、あの星空の下でリアルに言おうとしたことと同じモノだったように思える。


 今度もまた、彼は最後までそれを言うことは出来ず、今度はリアルでは無く撫子にそれを止められた。


「でも。今度はそうはいきません。今度は確実に、必ずあれを、あの遺跡のコアを破壊する」

 鋭くなった声と共に撫子は首を回し、斜め上の辺りを見た。テントの壁によって遮られているがその先には遺跡がある。眠ったままここに運び込まれたと言うのに、遺跡の位置を正確に掴んでいる撫子にアオハルは震えた声で言った。


「なんで……なんで! 壊さなきゃいけないんだ?」

 今までの自分を否定するかのようなその質問に、撫子は慌てるでもなく顔をアオハルに戻す。


「あの村でだってそうだ。なにもコアを破壊する必要は無いだろう? コアを取り出して、遺跡だけを壊せばいい! 一発で壊せば簡単に遺跡は粉々になるかも知れない。でもそのせいで、あの村は、俺の村は……」

 俺達の村を返してくれ。


 そう言っていた村人の言葉を思い出し、同時に自分がかつて住んでいた村のことも思い出した。


 そう、思い出したのだ。


 ずっと忘れていたことを。あの村でアオハルの命を救ってくれたガクラン隊の男はけれど、同時に彼の村に止めを刺したのだ。


 あの武器を使って、一撃の下で遺跡を破壊したその余波によって彼の村は完全に殺された。


 昨日見た村の遺跡よりも大きく、何より数が多かった。一つの遺跡を壊しただけでもあれだけの被害を及ぼしたのだ。それより大きな遺跡を多数破壊したことにより発生した力は完全に村を消滅させた。


 何もなくなったその後で、あの男はアオハルに自分が使っていた武器を手渡したのだ。


「いつか、それを使えるようになったら、俺のしたことの意味が理解出来たら、お前も新しい人生を始められるさ」

 彼はそう言っていた。それは、こういう事だったのだろうか。


 遺跡に恐怖していたことを認め、憧れ続けていたガクラン隊のやり方を目の当たりにしたアオハルが感じているのは嫌悪と怒りだ。


 彼らは遺跡の存在を憎むあまり、それ以外を全てないがしろにしている。自分の為に、自分の復讐のために一つの村を消すことさえ厭わない。


 それがガクラン隊のやり方なのだ。


 それを知って初めてアオハルは遺跡を恨み恐怖し続ける人生を捨て、新しい人生を歩める。あの男はそう言いたかったのでは無いだろうか。


 決してガクラン隊に入れと行っていた訳ではなく。


「それが。私の使命で、復讐だからです」


「俺には、分からない」


「それで良いんですよ。分からなければ、分からないままで良いと私はそう思います」

 優しく労るような彼女の言葉に、アオハルはベッドから起き上がった。


 これ以上一緒にいたくなかった。つい今し方まで抱いていた撫子に対する気持ちが霧散してしまいそうで、同時に彼女を憎んでしまいそうで。


 アオハルはテントの入り口から外に出た。


「私は、必ず遺跡を壊します。それが私の運命ですから――」

 最後の言葉がアオハルの背中に重く響いた。


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