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恐怖の味は深く、永く、後を引く

 彼は窓の前に立っていた。


 ただ茫然と、撫子のように武器を構える訳でも、リアルのように逃げる訳でもなく、ただ立ちつくしていた。


「アオハルくん!」

 開いた出口からリアルと町長を逃がしながら、撫子は叫ぶ。


 それでもアオハルは動かない。


 彼女は舌を叩いた後、揺れる地面の中をバランスを崩すこともなくアオハルの元まで駆け寄った。


「アオハル! 早く!」

 ドアの外からリアルが叫んでいる。


「この直ぐ近くです。真下かも知れません。早く逃げないと、建物が!」

 倒壊してしまう。


 アオハルの肩を掴みながら、そう続けようとして思わず撫子は言葉を飲み込んだ。


 言葉を飲んだ理由はアオハルの見ている先にあった。


 彼の背後に立ち、肩を強く掴んで振り返らせようと力を込めた撫子をものともせずに、アオハルが見続けていた窓の外側。


 先ほどまで町長を解放しろと住民が声色高々に叫びながら集まっていた広場。


 その中央に先ほどまでは無かった不自然な亀裂が走っていた。


「そこ!」

 今現在彼らがいる町役場ではなく、目の前の広場に遺跡が現れようとしている。それを窓から見て、気がついたからアオハルはこの場から動かなかったのだ。アオハルの行動をそう結論づけ、撫子はその武器、遺跡を破壊するために造られた金属球を打ち出すためだけに開発された、七草と呼ばれる銃型の武器を亀裂に合わせて構えた。


 彼女の肘先程もあろうかと言う、銃砲としてはかなりの大きさの武器だ。


 女性の細腕では本来、両手で持ってもまともに照準を合わせることなど出来ない筈だが、ハイヒューマンと並ぶ人類を超えし人種、純血種である撫子はこの激しい揺れの中でも微動だにすること無く、正確に銃口を亀裂に向けた。


 後は遺跡が上がって来るのを待つだけ。


 遺跡を破壊するための準備を終えた撫子はふと、隣に目をやった。


 自分より先にこの場にいて、あの遺跡に備えていたのであろうアオハルのことを、思い出した。


 そう。彼は偶然とは言え撫子よりも先に遺跡を発見した。それなのに彼は、ただ立っているだけだった。そして今も、ただ立っているだけ。


 茫然と遺跡を見つめているだけのアオハルの瞳を撫子は横から見て、気がついた。


「チィッ」

 それと同時に舌打ちをする。


 彼は先に遺跡に備えていた訳ではない。足を止め、遺跡を見つめながら怒りに震えていた訳でもない。


 彼の瞳は揺れていた。怯えていた。恐怖していた。


 その瞳に引きずられる様に、アオハルの身体もまた恐怖によって震えていたのだ。


「リアルッ!」

 もう外に逃げてしまっただろうか。


 そう思いながらも撫子はリアルの名を叫んだ。


 亀裂は広がり続け、やがて亀裂は広場に暗黒の穴を開けた。


 その奥底からは外を目指して高度を上げ続けている遺跡の音が地響きとして周囲に響き渡る。


 ガリガリと地面を削りながら立ち上る音。


「勝手に名前呼ぶんじゃないわよ!」

 開けたままになっていたドアの向こうから、揺れに足を取られたリアルが顔を出す。


 町長の姿が見えないことから彼はもう逃げ出したのかも知れない。だがそんなことを気にしている余裕は、この場の誰一人として持ち合わせていなかった。


「アオハルくんを連れて行って下さい! 今の彼は使い物になりません。過去の恐怖がフラッシュバックしている!」

 ドンと撫子はアオハルの胸を押した。


 先ほどまで地面に埋められた棒のように直立を維持していたアオハルの身体は、拍子抜けする程簡単に窓から離れ、後ろに下がった。


「あ、アオハル!?」

 ドア枠を掴んでいたリアルが手を離し、アオハルに近づこうとした瞬間、建物がぐらりと揺れる。今までにない大きな揺れ方だった。


 地面が斜めになったように感じる。脚に力を入れ、窓の外を見定めながら、撫子はそれを見た。


 ついにと言うべきか、いよいよと言うべきか、地面を突き破りながら現れた巨大な四角い塊。


 飾り気もなにもない正方形の物体が広場の地面に敷き詰められたタイルを、バラバラに剥がしながら、暗黒の穴蔵から外界に姿を見せた。


「大きい」

 思わず呟く。


 目算で一辺が10m近くある。面積なら100㎡。体積なら、どれ程になるのだろう。彼女はペロリと舌を唇に這わした。


 乾いた唇に水分がまぶされる。


 つい先日。この直ぐ近くの村で壊した遺跡はこの半分にも満たない小さな遺跡だった。それどころか、ここ最近撫子が壊した遺跡の中でもダントツに大きな獲物だ。


 コアの位置を正確に見定めようと撫子は目を見開き、上って来る遺跡を睨みつける。


 呼吸が荒くなっている。これは興奮によるものだ。と彼女は直ぐ理解した、そうした上で、彼女はそれを受け入れる。


 この世の遺跡は一つ残らず粉々にしてやる。


 今の彼女を形作る最も大きな理由であり、信念でもあるその言葉を彼女は口にしていた。


「ぶっ壊してやる」

 決意を込めた言葉は、普段とは全く違う随分と荒い口調となっていた。


 冷静に自らを押さえつけることで律し続けていた、彼女の内側にあるものが溢れ出る。


 彼女は更に姿を露わにし続ける遺跡を爛々と輝く瞳で睨み付け、ゆっくりと七草のトリガーに指をかけ、片手で狙いを定めながら遺跡のコアが窓から狙える位置まで上がって来るのを待った。


 彼女には、いや、ガクラン隊には、感覚としてコアの位置が分かる。憎くて憎くて仕方がないそれ。憎すぎて仕方がないからこそ、彼女達には遺跡の本質が見えている。


 どこをどうすればどう壊れるか。そこまで分かって初めて一人前だ。以前ガクラン隊のメンバーに言われた言葉を思い出した。


「分かっています。何もかも!」

 自分に言い聞かせるように吐き捨てて、彼女は乾いた唇を再び舌で濡らし、七草を構える。もう少しだ。もう少し遺跡が上昇すればコアが出て来る。遺跡の内部どころか、窓からは見えない部分さえ、今の彼女には手に取るように分かった。


 遺跡の上昇に伴ってコアの位置も上昇しているのが、分かる。


 もう少し、後、ほんの少しで。


 トリガーに賭けた人差し指に力が籠もる。後は、引き金を引くだけ。


「危ない!」


 さあ。

 とようやく窓から見える位置までコアが上昇し、それに向けて引き金を引こうとした瞬間。撫子の耳に甲高いを通り越して金切り声に近い、悲鳴のような声が届き、撫子はとっさにそちらに目を向けた。


 そこいたのはリアル。揺れる地面に足を取られてか、まだアオハルの元には辿り着けていないらしい。


 悲鳴を上げたのは彼女だろう。そして彼女の視線の先には――


 それを確認しようと撫子はリアルの目線を追う。


 彼女が立ってる居場所からやや上方。そこに反射に近い速度で視線を上げた撫子の目に、ヒビ割れた天井が映った。


 この地響きと、遺跡が現れた事による地盤変動によって得た運動エネルギーは彼女たちが居る町役場に伝わり、そのまま行き場を失ったエネルギーが破壊と言う形で天井まで移動したのだろう。


 問題はそこではない。


 天井が壊れると言うことは、危険なのはその下だ。


 リアルが危ないと叫ぶ程、彼女にとって重要な者。


 つまり、崩れかけた天井の下にいたのは。


「アオハルくん!」

 その名を呼びながら、撫子は飛び出した。


 茫然と立ちすくんだままの彼の身体を体当たりするように押しのける。


 押された瞬間、アオハルは我を取り戻したように目を見開き、真っ直ぐに撫子を見た。


 撫子を見た状態のまま彼の身体は、流されて行く。


 これで大丈夫。アオハルの安全を確保し安堵しつつ、彼女は不意に思う。何故自分は彼を助けたのだろうかと。


 倫理的な問題から言えば当然の話だ。


 遺跡を壊すことは別に緊急を要することでは無い。完全に姿を見せ、この地震が収まってから破壊しても問題は無い。だから遺跡の破壊より人の救助を優先するのはむしろ当たり前だ。


 だが実際に彼女を含むガクラン隊の隊員がこの場面に遭遇した時は、そんな倫理観など、存在しないに等しい。


 ガクラン隊とは遺跡を壊す者。遺跡に全てを奪われたが故に、遺跡を破壊することに全てを捧げる者達。


 それ故に、遺跡のない日常であればともかく、遺跡を前にした時、遺跡を見つけた時、彼女達の頭は全て、それを破壊することだけに占められる。


 それはもはや無意識に近い。無意識的に彼女たちは遺跡を壊さなければならないと言う脅迫概念に襲われる。だがそれも、今回のように突発的に現れた場合の話であり、例えば遺跡が現れたという情報を元に移動し、実際に遺跡に対面した時ならば、多少の高ぶりはあっても、問答無用で何も考えず破壊しようとまでは思わない。


 しかし今回は突発的に近い。


 来ると言うのは分かっていたとしても、いつ現れるか分からないような状態だった。その状態で突然自分の前に現れた遺跡。来ると分かっていたが故に僅かに理性が残りアオハルを連れて行くようにリアルに告げられたものの、それ以上は無理だった。


 怒りによって完全に我を忘れていた。ただ遺跡を破壊したかった。


 その筈なのに。


 彼女は、撫子は、アオハルを救うために遺跡から離れていた。


「まったく。どうしてでしょうか」

 もう頭に上っていた血は降りて、冷静な自分を取り戻していた。


 崩れた天井の一部が自身に向って落下して来るのが見えた。


 もう間に合わない。避けられない。


 それなのに撫子は、良かった。とそう思っていた。


 遺跡を壊せなかったことを残念に思うことも無く、ただアオハルを助けられて良かったと。彼を助けるために動けて良かったと。


 まったくもってガクラン隊らしからぬ事を考えて。


 彼女はそっと微笑んだ。


 瓦礫が彼女の身体に打ち当たるまで彼女はずっとそうしていた。


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