現状確認
互いに決意を固めたところで、アオハルと撫子は恐らく二人同時に気がついた。
ここに遺跡が現れるとして、今から自分達は何をすべきなのだろう、と。
「……撫子」
「……アオハルくん」
そして同時にその答えを相手に求めようとして、その事にも同時に気がついた物だから、気まずさを覚え、二人は同時に顔を逸らして、うーん。と唸り声を上げながら考え始める。
「なんかこうさ。ガクラン隊にはマニュアル的なものはねーの?」
「無茶を言わないで下さい。私達は基本的に遺跡が現れてから、その情報が送られて来て、現場に向うのですから、今から遺跡が現れると言った自体に遭遇したことはありません。そう言う君こそ、彼女と組んで何度かこういう経験をしていたのでは無いですか?」
「それこそ無茶だ。俺がリアルと組んでから三回しか遺跡に遭遇してない。その全部が出て来た後だったんだ」
「では、そうですね。彼女はあとどれ位で現れるかは分からないのでしょう? だとすれば、この町の長に忠告しに行っても無駄でしょうし」
「……うーん。そうなんだよなあ。リアルの場合、動いているのが分かるだけでどれぐらい近づいているのかは分からないんだよなあ」
「ですが、それは妙ではありませんか? 彼女は自分と遺跡との距離が近ければ近い程、それこそ倒れるくらい強く遺跡の動きを感じるのでしょう? それならば遺跡が上昇すればする程、彼女と遺跡との距離は近づく訳ですから……そうか。今以上近づいたところで、彼女からすればもう自分の容量では受け止められないくらい不快感が強くなっているので意味が無いと言うことですか」
疑問を口にしながら途中で自分一人で納得している撫子を前に、アオハルは口元に手を当てたまま考え続け、撫子が語り終えると同時に、いやと前置きをしてから彼女の推論を否定した。
「それも俺はちょっと気になってたんだ。そもそもリアルは俺と出会った時も村にいた。つまり遺跡が現れる場所の真上にいた訳なんだけど、確かに最初、それを感知した時彼女は村の中で倒れたんだけど、その後、リアルは村人に遺跡が現れるって事を話して、しかも金銭の要求までしてるんだ。倒れるぐらい衰弱して、その上遺跡がもっと近づいて来ているはずなのに、そんなこと出来るか? 今まで大して疑問にも思わなかったから聞いたこと無かったけど、もしかしてリアルは一定以上近づき過ぎるとそれを感知出来ない、或いは自己防衛の為に感知しなくなるんじゃないのか?」
それなりに自信を持って話したアオハルの推論を、今度は撫子でも、アオハル自身でもなく、第三者が否定した。
「違うわ。慣れるのよ、人間の一番の武器は順応性だとか言ってた学者の言葉。本当のようね」
バン。と乱暴にドアを開けフラフラとした足取りでアオハルが借りた部屋に入ってきたのは、誰であろう。隣で気絶しているはずのリアルだった。
しかしその様子はお世辞にも回復したとは言えない。顔は蒼白で血の気を失い、足取りは千鳥足、呼吸も荒く、ここまで来ることでさえ相当の無理をしてる事が見て取れる。
「リアル!」
「デカイ声出さないでよ。馬鹿」
頭を押さえながら言うリアルの声に、力は無い。
普段、彼女が口にする『馬鹿』の声量を100とするのなら、今の『馬鹿』は大体30程の声量しかない。
それだけリアルは消耗しているようだ。
ふらついた足取りで部屋の中に入ったリアルは、また大きな音を立てながらドアを閉め、ベッド向って歩き出した。
必要以上に強くドアを開け閉めしているのは、自分がどのくらい消耗しているのか分からず、細かな力配分が出来ていないからだ。
最後の一歩はもうベッドに身体を投げ出すようにバランスを崩しながら、倒れ込みんで移動して来たリアルにアオハルは慌てて近寄り、起こせと言う彼女の言葉に従って身体を起こし、その状態で両肩を抱くように左右から押さえ、リアルの身体を支えた。
「大丈夫なのか? やっぱり寝ていた方が良いんじゃ」
「横になるとまだ眠くなる程度には、疲れてんのよ。いいからそのままアタシを支えてなさい」
さっきよりも少しだけ大きな声で言って、リアルはフゥと思い切り息を吐いて呼吸を整えると、アオハルを見て、その後忌々しそうに撫子に目を向けた。
「それで。もう話して貰えるのですか? 病人を酷使するようで申し訳ありませんが、いつ遺跡が現れるか分からない以上、私達にはもう時間がないのです」
「……撫子」
咎める様に鋭く口を開いたアオハルを止めるように、撫子は手を持ち上げると自分の肩に添えられたアオハルの手を掴み、そのままギュッと力を込めた。
当然の様にそこに込められている力もまた弱々しい。
「いいわ。この電波女の言うことも当たってる。私には遺跡が動いている感覚は分かるし、それがどのくらい離れているかも、何となく分かるけれど、どれぐらいの時間で現れるか、それは分からない」
「どういう理屈だ?」
「簡単に、言えば。私の力で遺跡との距離は分かっても深さは分からないの。遺跡に近づけば近づく程気分は悪くなるけど、足を止めて一カ所に留まり続けても私が感じる気分の悪さは同じ。私の力で分かるのは移動し始めた遺跡との水平距離だけよ。だから、今すぐに遺跡が現れても不思議じゃない。一人で寝てる方が危険よ」
それが回復もしていない状態で無理をしてリアルがここに来た理由なのだろう。そうアオハルは想像したが敢えて言いはしなかった。
言えば確実に彼女はそれを否定するだろうし、そうなればリアルが全てを語り終えるのが遅くなる。時間を掛ければそれだけ危険に近づくのだから。
「余計に急がなきゃならないって事か。リアルは何かアイディアは無いか? どうにか遺跡が現れることをこの町の住人に信じさせるような、そんなアイディアは」
この時、アオハルはそれほど期待して聞いた訳ではなかった。
自分より遙かに頭が良く、特に金を稼ぐことに関しては恐らく遺伝なのだろう、様々なアイディアを即座に思いつくリアルであるが、それは普段の体調での話だ。
アオハルも旅をしていて体調が悪くなることが有るが、そんな時はどんなに自分に言い聞かせても、やはり頭はいつものようには働かないものだ。
その上、本人はそれを自覚せずこれが良いと思ってしまうものだから体調不良の時、人は妙な行動を取ってしまうものだ。
だが、そんなアオハルの想像をリアルは不敵な笑みと共にあっさりと乗り越えた。
「一つ。思いついたわ。電波女、ちょっと聞きたいんだけど」
「運命女と言って下さいな妄想お嬢ちゃん。それで、なんですか?」
「この町の町長はみんなに慕われてる?」
町長? なんてアオハルと撫子はほぼ同時に、首を横に傾げた。
もう何度も撫子がその仕草をしているところを見た。多分彼女の癖なのだろう。今回の場合、アオハルにも自然とそれが移り、同じ動きをしただけなのだが、それがリアルは気に入らなかったらしく、ノータイムでアオハルの手の上に置いていた自分の手を動かし、彼の手の甲に爪を立てると一気に引っ掻いた。
「痛てっ」
「何シンクロしてんのよ!」
「運命のなせる技ですね」
「何よ、運命って!?」
「いえ、こちらの話です。忘れて良いですよ」
「忘れられる訳無いでしょ!」
「気にしなくて良いですよ?」
「気にならない訳無いでしょ!」
時間と共にやはり身体が順応していっているのか、それとも単に怒りでだるさを忘れただけなのか、大きな声で怒鳴り散らすリアルをニヤニヤと笑って見つめてつつ、口を開いた。
「ライバル宣言は、後に回すとして……そうですね。この町の町長は、他のコミュニティーに比べて随分と尊敬を集めているタイプなのは間違いないでしょうね」
「そうなのか?」
「ええ。私も色々な町や村を訪れて、偶には長居することもあるので、人間観察は趣味の一つですけれど、この町は少し特別。こんなにも周囲と交流を持っている町なんてほとんど無いでしょう?」
「それは、そうね。アタシもこんな騒がしい町は見た覚えないわ」
「俺も無いな」
この町でガラクタを売り買いする為だけに出来たあの行列を思い出す。
方々の町や村から訪れたのであろう人々の姿は、確かに他の町では見られない光景だった。