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掌少短篇集

メルティング陶片の一連なり

That is not dead which can eternal lie・・・・・・

※文芸バトルイベント「かきあげ!」 http://kakiage.org/

 テーマ『ツボ』にての投稿した作品です。

 至って何時も通りに、何も変わらぬ事実として――淡い微睡みから目覚めて見ても、“堝”は“堝”の侭であった。

 奇異にして無量(グーゴルプレックス)なる星々の如く、全て何もかもが砕かれ散らばり、綯い交ぜと化した末、巨大な、余りにも巨大な一塊を不本意ながら成している、曰く言い難く、未だに不慣れなこの感覚――或いは超感覚――それでも尚、元々が何であったのか一目で見分ける事は可能で、例えばそう、一時の憩いに選んだ此処が、この場所が、かつては『シュガーターバン』の一店舗であり、利便性の御名の元、略奪と腐敗を逃れた幾つかの商品が未だ整然と、昔馴染みに陳列されている姿や、それらのパッケージに自前と刻まれている、幾何学的に意匠化された栄螺(サザエ)の文様が、如何にも綺羅びやかに光り輝いている様子を、周縁に認める事は出来て――朝食にはあの缶詰が良さそうだ、期限等知った事では無い――けれども、一度油断してしまえば、何処からとも無く押し寄せる精神の、神経の波動に寄って、全ての印象は旧き皮紙と墨の一色(セピア)に上塗りされてしまい、眼球と脳髄の間に、致命的な不和を迸らせる――誰が“堝”と呼んだかは知らぬが、何と厄介な夢だろう。現を犯し、孕ませ、おぞましき仔等を産み落した挙句、ほんの七十億人ばかりを発狂させた後も静まる事を知らない――偏頭痛の火種。

 それは今正しく燃え広がらんとする脅威であり、現実の、生々しく無視出来ない苦痛であり――両の手の九本の指を、無毛の頭蓋に這わせ、気脈に重ねて経穴を穿つ――所謂一つの轆轤廻し、緩やかな覚醒の後に欠かさず行っている禊の中で、ジョニーは、メグリム・ジョニーは、呻き声を上げた。油断――大槌で打ち据えられ、罅割れた骨の隙間から、何かが漏れ出、そして入り込もうとする様な不快な感触に身震いし、眉間に深い皺を寄せて、どうにかこうにか耐え忍ぶ――代わり、と言っては何だが、微笑みを零そう。胡座を組む脚の義足で無い方、その直ぐ側に転がっている栄養ドリンクの空き瓶(こいつには栄螺(サザエ)で無く、軌跡も愛らしい黄金の蜂が描かれている)へと映り込む様子は、果たして余り見応えのあるものでは無いけれど、まぁ笑いには違いない。昨今品薄の物珍しさ――ただそれは、かつて出回っていた代物とは趣を異にするものであり、やはり変容は免れ得ず――期限等知った事では無い、とは言え、――視覚を穢す色彩に、懐古と後悔の風味が滲み渡る。

 在りし日の光景がちらりと脳裏を――それが本当に裏かどうか自信は無いが――過るだけで、ジョニーは轆轤を止めてしまいそうになるものだ――油断であり、衝動は常に湧き上がるもの、とは言え、とは言え――こう考えてしまう。あの当時、一体誰が、世界のこんな変わり様を想像していただろうか、と。当時――体表の至る所に穿たれた秘孔を刺激する事で、人体自体を操作せしめ、引いては、肉の檻より魂を解き放つと学術的に認められ、瞬く間に巷間へと拡がった――嘲笑いは時を待たず真顔となり、貪欲な探索者の眼で周縁を伺う――その中にあって? 始めこそ、使用方法は昔ながらの碌でも無さだったが、鎖解かれ、瞳開かれた者達が、物件的には一坪足りとも有していない、夢の島の夢の国を築いた事で、三度目の大戦は有耶無耶となり――そうやって“水瓶座の時代”は訪れたのだ、霊なるをこそ尊ばれる、新たな世界、新たな秩序――尤も、その頃のジョニーと言えば、欠けたるを知らないお盛んな若人ジョナサン・メンフィス(十五歳)であり、ブラウン管を通して見出した、真の意味での夢想家の一人、淡く蔦打つ緑色の髪の女性を偶像に、期待と羨望を込めて自慰に耽っていたものだが――一年も掛からず、その誤りは正される事となる。日本人、そう言うものでは無いと教えてくれたのは、キリスト教徒で無しに日本人だった。起源こそ中国人だけれど、お家芸たる本物以上の贋物、模倣を以って体系化し、簡易化したのは、その隣国、その隣人であり――ジョニーにとって、それは二重の意味に於いて、だ。

 最早絶滅して久しい牛馬の肉を噛み締めつつ、何故か滅茶苦茶に冷えていたコカ・エーリアスを、二リットルペットボトルの侭に勢い良く流し込む――ゴクリゴクリと、忘れ去る様、消え去る様、と――だが、知っての通り、廻し中の食餌は、暫し悪陶酔(バッドトリップ)を招くものだ。大量生産された偶像顔の、美女群れ集う本棚の裏側、窓に、窓に映り込むのは、店舗の外の景色では無く、褐色に烟る昨日であり――洪水止みし雨後の欧羅巴に生い茂る、最古を嘯く遊離喫茶の群々の中からジョニーが発見し、いち早く常連となったのは、“純日本気取り風”なる盛って回った『茶壺(チャット)』の、派手に落ち着いた店構えで、そこには彼と同じ、恐れを知らぬ若者達が、居心地良さげに根付いていた。

 嗚呼、最早絶滅して久しい新人類よ――嘆かずとも、浮かべずともに、名と姿は眼前に現れ、瞬いた所で、いや増すばかり――肌の色を忘れたグリニング・ボビー、ミス・グロースとミセス・クライネの麗しきカップル、剣呑にして偉大なマン=スレイ・マン――そこでのジョナサン・メンフィスと言えば、メグリム・ジョニーに他ならず、持病を字名に組み入れるのが瀟洒な響きに思えたものだ、明日の我が身も知らないで――でも、だからこそ――エミコは、カマクラ・エミコは、興味を抱いてくれたじゃないか――その名が故郷に由来すると教えてくれ、その故郷がどんな場所か教えてくれ――二人で、誰にも邪魔されない二人きりで、轆轤の廻し方を互いに教え合ったじゃないか。

 心を込めて――愛を込めて――仲間からの、揶揄する様な祝福の内に――天地が引っ繰り返る、その刹那まで。

 その、刹那――何の前触れも有りもしない、あの時に。

 彼女の唇は、彼の眼の前で“堝”と化して――

 気付けばジョニーは倒れ伏し、未だ原型を保った侭の、恐らくは実際に色の染まった吐瀉物の中に顔を埋めている所だった――脂染みた悪臭が鼻を付き、更に嘔吐しそうになるのをどうにか堪え、ふらふらと立ち上がれば、生温いペットボトルの蒸留水を探り出して口元を濯ぎ、頭を振り振り、経穴を素早く打刻し、深呼吸にて動悸を収める――危うい所だった。衝動は常に、しかし毎度戻って来られるとは限らない。生き延びるには用心が必要だ。用心が。さもなければ――さもなければ、何だと言うのだろうか。

 ふと向けられる自問を敢えて無視し、ジョニーは再び胡座を組んだ。先程レジカウンターの横より失敬して来た遊戯王と万智牌のパックからカードを取り出し、タロットに見立てて並べ始める――結果は既に分かっており、これはただのごっこ遊び、気付け以外の何物でも無い。カードで無くとも、意味を見い出せられるなら、他の物でも構わないのだ。此処から出る切っ掛けを与えてくれるならば――進む道のその先に、何かがあると教えてくれるならば、何でも、だ。事と次第が起きて以来、それは自分自身で、己だけでしなくてはならない作業なのだから。

 そうして時が過ぎる事に殆ど数十分(時計は動いていないから、大体でしか言い表せない)、荷物を纏め、出立の準備を整えたジョニーは、一つ吐息を漏らしてから、自動ドアを手動で抉じ開けるや、意を決して外へと踏み出す。

 でんぐり返った空には、黄疸色の太陽か何かが、その千の触腕を蠢かし、乏しい餌食を求めている所だった――その周縁、星々の様に瞬くは、奇異にして無量(グーゴルプレックス)なる眼球、眼球、また眼球という何時もの光景で、思わず二の脚が止まり掛けるのも不変の、普遍の行いだけれど、立ち止まっている訳にも行かずと、どうにかこうにか歩き始める。卜占の結果に従って――つまりは一抹の希望に縋り付いて。それ以外の何が出来よう? さもなくば――さもなくば、だ。

 けれども、そんなジョニーを嘲笑うかの様に、視界は音を立てて揺らぎ、人気無く活気付く街の様相に彩りと造り込みを設けて、歌にある様な深淵へと引き摺り込もうと、井戸の口を覗かせる――これもまた、至って何時も通りに、何も変わらぬ現象だけれど、決して慣れる事は無い。

 歯を噛み締め、両耳を塞ぐ傍ら、轆轤を廻し、思念の均衡を保とうとする――祈る様に、願う様に。

 啓示宜しく、虚空に漂っているのは、凡そ二行の言葉だった――エミコが放った、最後の言葉。詩であるが、彼女の心の内を明かすものでは無く、寧ろそれこそ予言と、預言と呼んでもいいが、独創性がある訳でも無しに、模倣と称すにしても余りに稚拙な、異なる二者のそれを只々繋ぎ合わせただけの、奇怪で度し難い、故に意識して無視しなくてはならない、それは即ち、この様な代物であった。


 Takotsubo Ya Hakanaki Yume Wo Natsu No Tsuki,

 And with strange aeons even death may die.

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