扉の先に魔王の声が聞こえる
断崖絶壁の崖。
下を見ると暗く先が見えない。
落ちたら確実に命を失う。
その崖を背に魔王の城はある。
城は黒く塗りつぶされ、不安・恐怖・絶望感を漂わせている。
中には魔王の部下が大勢いる。
一歩は入れば生きて帰ることは出来ないだろう。
しかし、城の入り口前に一人の男が立っていた。
魔王を倒す。
その強い想い、・・・いや、信念。己が生きる意味、生まれた理由。
強い決意を秘めている。
男は勇者。
人々が平和に暮らせる世界にしてほしいと願いを叶える為やって来た。
勇者は扉に手を押し当てる。
ゆっくりと扉が開いていく。
この扉の先からは魔王の領域。
魔物が待ち構えている。
出待ちをされている可能性が高い。
入れるくらいの隙間が出来たら一気に飛び込んで待ち構えている魔物を倒す。
扉が開いていく。
・・・・・・ここだ!
勇者は開けた隙間に飛び込む。
上手く受身を取り体勢を崩す事無く剣を構える事が出来た。
だが、しかし
「・・・・・・いない・・・だと・・・」
魔王の城に侵入したのに魔物の姿が見当たらない。
「・・・・・・」
罠か?
勇者は周辺を見渡すが気配を感じない。
奥で待ち構えてるのか?
ゆっくりと自分の気配を消しながら奥へと進んでいく。
階段をを上り、廊下を進む。
勇者の足音だけが響く。
「・・・おかしい・・・」
入り口からもう結構歩いてきたのに、敵と一回も遭遇していない。
そういう魔法を使ってないのにな・・・。
しかし、途中で引き返す事はしたくない。
もしかしたらここから一気に来るかもしれないしな。
勇者は不気味に静まり返る城内を歩き始めた。
―――
――――――
―――――――――
大きな扉の前にたどり着いた。
ここまで敵との戦闘はゼロ。
「・・・一体何があったんだ・・・」
不気味に包まれている空間を切り払うかのように剣を抜き構える。
息を大きく吸いいつものように魔王への決め台詞を言おうとした時、
『――――――』
扉の奥から声がした。
誰かがこの中に居るのか?
いつもは魔王しかいないはずのその部屋から別の誰かの声がした。
勇者は気になり扉に耳を当てようとすると、
「お、勇者じゃないか」
後ろから魔物の声がした。
「今日はどうしたんだ?」
勇者は魔物の方へと振り向いた。
魔物はラフな格好で武器も持っていなかった。
「・・・・・・」
「どうしたんだ?勇者」
「いや、そっちこそどうしたんだそのかっこう?」
「どうしたって、今日は休みだからこのかっこうなんだけど・・・」
休みと言う言葉を聞いて驚いた。
「え?休み?」
「そうだぞ」
「・・・俺何も聞いてないんだけど」
「え?それ本当か?」
「・・・ああ」
「・・・ちょっと聞いてくるから待っててくれ」
魔物は勇者に待つように言うと扉をノックして奥に入っていった。
静かな空間の中、微かに聞こえてくる声
『お取り込み中すみません』
『あら、どうしました?』
『勇者が来てますよ』
『え?勇者様が?今日はお休みの筈・・・あ』
『どうかしました?』
暫くすると魔物が出てきた。
そしてナルカさんも。
「すみません勇者様」
ナルカさんは勇者に頭を下げた。
「私としたことが勇者様に伝えることを忘れておりました」
珍しいなナルカさんが忘れるなんて、
「いや、いいですよ。それより何か重要な用件があったんですね。忘れるのも仕方ないですよ」
「・・・・・・いえ、実は・・・」
ナルカは恥ずかしそうにしていた。
「どうしたんです?」
「いえ・・・その・・・」
「あ~・・・えっとだな」
ナルカと魔物が言いにくそうな表情をしていると、
『・・・グス・・・ヒック・・・ヒック・・・』
「・・・・・・・」
奥からすすり泣く声がしていた。
『ウ・・・ヒック・・・ゴメン・・・な、さい・・・』
・・・・・・この声は魔王だ。
「・・・えっと、もしかして・・・」
勇者は恐る恐る尋ねてみると、
「・・・・・・勇者様が思っている通りです」
ナルカは恥ずかしそうに応えた。
「もしかして、昨日からずっと・・・」
「・・・・・・ハイ」
・・・うわぁ。
まさかまだ続いていたのか・・・。
ナルカさんを怒らせると怖いな・・・。
「本当に申し訳ありません。次からは気をつけますので」
『・・・ヒック・・・』
「あ、はい。・・・まぁ何と言いますか、あまり魔王を怒らないでやって下さい。士気の低下した魔王と戦うのは勇者として気が引けるので・・・」
「・・・はい。肝に銘じておきます」
「じゃあ今日は帰りますので、魔王が元気になったら呼んで下さい」
「はい。畏まりました。今日は申し訳ございません」
「いえいえ。それじゃあ俺はこれで」
勇者は魔王の城を後にした。