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オーダー通りだけど思っていた方法となんか違う

作者: ももた

散々っぱら日常的に口にしているカタコトの単語が、己を表す言葉だと認識するのはいつ頃からなのだろうか。

ちゃんとお仕事してますか? と疑問に思うくらい在宅時間が多い家族大好きクール系眼鏡美男子のお父様さまに、天然アイシャドウと右目下の泣きぼくろが壮絶に色っぽいくせに所作が大和撫子という卑怯属性のお母さま。全体的に派手気味な両親からわりと良い遺伝子をチョイスして生まれてきた自分は、そりゃもう幼い時分から周囲にでろっでろに猫かわいがりされておりまして。

可愛いれーちゃんと呼ばれれば即座に振り向いたし、大好きなれいちゃんと言われればちっこい紅葉手をぶんぶん振ってアピールしたし、私の天使のれーかと叫ばれぎゅっと抱きしめられれば、無邪気にきゃっきゃと笑った。

こうすればオヤツが豪華になるって学んだからな! ……うん、我ながらちょっとあざといかなとは思う。ちびっちゃくても、女子のマセ度あなどるまじということで。

こうして思い返してみると、『れーか』というのが自分を指しているのだということは、わりと早い時期から理解してたんじゃないかなと思う。

ただし、自分の名前が正しくは『れいか』だと。もっと詳細かつ具体的に表記すらならば、

習字の時間が恨めしくなるような常用漢字の限界に挑戦しかけた『明櫻院麗華めいおういんれいか』 だと知った時に、はれ? っと気がついた。


(なんか、悪役ぽっくね? )


――と。


甘やかされることを当然とする幼い思考の自分と、


(何だこの作り物めいた冗談みたいな境遇は)


と、どこか冷めた目で見ている自分が多重人格気味に存在して、私はいったいなんなのだと軽く混乱していた時期もあった。

それも、自分には役割が与えられているんじゃないかと気がついてしまえば、びっくりするくらい何もかもが腑に落ちた。

父親譲りのシャープな顔立ちに、キツイ印象をあたえるやや切れ長の瞳。

母親譲りの翠の黒髪に、鮮やかな紅を刷いたような艶美な唇。

生まれついた家は旧華族系の流れを汲むとかとかいう由緒正しき家柄に加えて、『さぁ宇宙空間で茶の湯無双』というよくわからないコピーとともに成長しまくった節操なし大企業『MEIO』グループの総本家。

全力で完璧なこってこてのお嬢様である。隙がなさすぎて癒し系の欠片すら見当たらない、ツンツン系お嬢様なんである。

しかも名前が麗華ですよ、『れいか』。

悪役もしくは好敵手の代表名と言っては過言ではないくらいに、古今東西、ありとあらゆる物語のなかで敵役の座を築き上げてきた『れいか』。

これで悪役に配属されていないはずがない。

先人たちが身をもって精神を研磨してすり減ってポッキリいっちゃったであろうその名を命名されたとあっては、ここいらで覚悟を決めなければならないと悟ったのだ。

自分の中にある、前の生の記憶を取り戻そう、と。

そのためには、私のことを良く理解し、力を貸してくれる人材が必要不可欠だ……と。


「だから、和泉。よろしく頼む」

「ああ、よくわからないけれど、とりあえず。麗華、君はいますぐ全世界の――いや、全次元の『れいか』さんに謝れ」


あれ、ここまで黙って聞いといて、突っ込むところはところはそこですか。

思っていた反応と違うぞと不満気味に相手の顔を見上げたらば、口の端をくいっと上げて笑みを作った幼馴染みさまが、ひたりと私を見つめておられます。


(こええええぇ、目が笑ってねぇええええええーっ)


びくりと顔が引きつりかけたが、表情筋にエールを送りまくって何とか踏ん張る。

私とてお嬢様としての意地がある、プライドがある。たとえ一方的に『なんか自分転生してたっぽいんだよね。しかも前世で覚えがあるゲームか小説か漫画の悪役みたいな? ちょっと死亡フラグとかあったら嫌だから、脳内バンクから情報を引っ張りだすの協力してくんない』という電波な話に付き合わせた己に非があろうとも、身分のある者がそうそう使用人の前で謝罪など……ん? 今この場に他に誰かいたっけ?

あ、ここ私の部屋だった。


「なんか、すまん!」


物騒な笑顔を装備した幼馴染みしかいないと気がついたので颯爽と高らかに詫びを入れたらば、軽く肩をすくめられました。

その、あからさまに残念な子を見るまなざしやめてくんないかな。そりゃもう幼児の頃からの付き合いだから憐憫込みの冷凍光線もいまさらだけどさ、一応地味に傷つくんだぞ。

幼馴染みは謝罪の勢いで思わず床に座り込んだ私の腕を取り、何事もなかったかのようにその場に立たせてとってもお綺麗なご尊顔を合わせてきた。


「だいたい、なんだって悪役だとか突拍子もないことを言いはじめたんだ。昔っから頭の回転だけは早いと思ってたけれどな、まさかネジがすっとんで行っていたとは知らなかったよ。君の容姿はさすが明櫻のおじさんおばさんの血を引くだけあって清楚で可憐だと思うし、性格だって少し面白すぎるところはあるけど概ね素直で可愛い。まぁ、自分の生まれに出来過ぎ感があるっていうのはわからないでもないけどな。でも、違和感なんてそれくらいのものだろう?」


いや、あのですね、幼馴染みさま。

私が悪役だと確信した一番の原因はお前だ、お前。

彼の父親は明櫻院とは違うベクトルでワールドワイドに手を広げる巨大世界ブランド『HOJO』の総帥だし、母親は現首相の愛娘であり古くは初代首相の腹心でもあったという政界と仲良しこよしなお家柄なんである。

そんな地位、金、権力もトップレベルの家に生まれたのだから、甘やかされ放題の何様俺様なおぼっちゃまになったとて仕方がないはずなのに、顔と頭まで良いってどういうこったい。


「君に言われたくはない」


昔から子供っぽくなかったよなと、美形パワーで微笑まれて一瞬くらっとしてしましたが、筋金入りの根暗魂をかけてぐっと踏みとどまる。ここはきっりと言わせてもらおう。

私は、前世補正こみの養殖状態でコレなのだ。天然素材でいろいろ突き抜けちゃってるお前のほうが数十万倍おかしいと。

想像してみてほしい、ようやく幼稚園に入れるかどうかという年頃の男の子が、両親の思惑込みの顔合わせではじめてあった女の子に対して、


「ほんとに、美しいひとだね。きみに最初に会えたのがぼくで良かった」


などと言いやがりますか普通。

同い年のお友達に会わせるよと笑顔の両親に拉致連行された私は、


(お坊ちゃんの子守など謹んでご遠慮申し上げる)


とかのんきに考えておりましたが、そんなもろもろがふっとびましたよ。

ぽっかーんですよ。

アホ面晒して固まりまくった脳内に、天からの光とばかりに間違えようがない結論が降臨されたのです。


(こいつ、攻略対象者だっ!)


家柄、資産、外見、性格、学力、どれをとっても超優良物件なスーパー児童『蓬条和泉ほうじょういずみ』様は、ストーリー内イチオシの攻略キャラなのだと思い知らされた記念すべき瞬間でございました。

その時点で、保身に走って全力で距離をとっておけば良かったのだと今は後悔しております、はい。

しかしこの蓬条さんちの和泉くんは、強引なようでいて押し付けがましくないし、自分の意見ははっきり言うくせに相手の心情を汲むのがうまいし、なにより思考回路がこどもっぽくなく会話のキレも良く、同じ年頃の子からちょっと浮いてた自分としては、一緒にいるのがとてつもなく楽だったのだ。

しかも異国人だった曾祖母の先祖返りとかで、短めに整えられた髪はゆるいウェーブのかかった髪は光に当たると真っ白に輝くプラチナブロンドで、肌は抜けるように白いし涼やかな瞳もよくよく見ると深いサファイアブルーなんである。

一歩間違うと女顔とか言われそうなのに、ちゃんと男の子らしさを感じられる精悍さもあったりとか、みてる分にはすっごいお得物件なんだよなー。くそう、ナチュラルに存在意義に補正がかかるなんて、現実突き抜けたファンタジー万歳な美形ってほんとずるい。

お互いの家に気軽に遊びにいけるのも、お互い以外には使わない口調でくだらない会話ができるのも、思う存分好みの顔を堪能できるのも幼馴染み特権だからまぁいっかーと流していた自分がほんとに悪かった。

めでたくお互いが十歳となりました暁に、両家公認『両親間での高度な政治的交渉による許嫁』ポジションをゲットしちゃったんでございますよ。

いやいやいやいや、ちょっとまって、皆の者落ち着いて。ここまで持ち上げられるともう落ちるしか選択肢がないよねーっていう、お約束悪役ワールドを完成させなくていいじゃないか、神様の馬鹿やろう。


「俺は嬉しかったんだが、麗華は喜んでくれなかったんだな」

「ほほほ、和泉さまったらご冗談を。私ごときが和泉さまの伴侶になど、幼き頃から見知った間柄などという程度の存在で、許されるはずがないではありませんか」

「あのな、言っておくけれど、『HOJO』を『MEIO』に替えただけで君も全く同じ条件だから。あと、気持ち悪いから俺の前でキャラ作るな」


俺様というより、頼れる兄貴風のカリスマを遺憾なく発揮してくださる爽やかイケメンな美少年が、私の額を軽く握った拳でコツンと叩きます。

お前には気を許してるんだぞアピールとも取られる行動に、女の子ならばきゅんとしてしまうシチュエーションなのだろうが、そんなことより我が身の行く末に目眩を覚えましたわよこんちくしょう。

将来没落仮決定の悪役相手にまでフラグをたてまくる、ハイスペック十歳児など恐怖でしかないわ。


「それで?」


はて。それで、とは。なんだ。

疑問がそのまま顔に出ていたのか、相手は仕方ないなとばかりに息をついて、ついでにふっと声を出して笑った。

ああ、やっぱこの顔すきだなー。

みているだけなら眼福であるので、せめて背景モブだったらよかったんだけどなぁ。

いつのまにやら婚約者だもんな、だめか、とほほ。


「君の話しを俺なりに整理してみたんだけどな。今の世が君にとって転生後だったとして、前世とやらを思い出したとして、たわ言に沿ってゲームやら小説やらの世界だったとして、お望み通りの悪役キャラだったとして。さて君は、どうするつもりだったんだ?」


幼馴染み兼新米婚約者よ、いちいち言葉にトゲがあるのは気のせいなのか。

まぁ、頭がオカシイと思われても仕方がないとは私だってわかっているんだ。だがしかし、幼児にあるまじき思考回路と言い、深窓のお嬢様が知るはずもない『悪役』とか『攻略対象者』とか単語が浮かんできたことといい、自分には前の生があったとしか思えない。

そんでもって、常につきまとう違和感が、今の世界が『物語である』と告げているように思てならないのだ。転生したら実は乙女ゲームの世界だったというのはわりとメジャーな展開だからな。


「その知識はどこから仕入れた?」

「お父様のタブレットをお勉強名義で持ちだしてぐるぐる先生に聞いた」

「なんていうか、麗華らしいというか。その行動力は認める」


まて、あからさまなため息つくなそこ。

年食ったらてっぺんから禿げろとささやかな呪いを込めて、じっと見つめ返したらばふいっと顔をそらされました。やった、勝った。

さて、私としては作られた世界での、作られた役割だというなら、せめてそのストーリを知りたい。

物語かもしれないけれど、私たちは今ここで生きている。ここは自分にとっては紛れもない現実なのだ。その事実を踏まえた上で、私は自分の役目をすべて受け入れたいと願っている。

手に入れた情報を駆使して、速攻で表舞台から降りて、そっと好みの顔を物色するくらいの余生を送りたいのであるよ。

だから――できればヒロインちゃん、ダメージの少ないスピーディさで相手を攻略してくれんものだろうか、と。あと死亡フラグなしだとありがたいんだけども、その辺もさっぱりわからないからな。

うん、やっぱり手持ちのカードが少なすぎる。

今後の人生をなんとなく乗り切るためにも、私はもうちょっと精査された記憶が欲しいのだよ。


「だからな、和泉に頼みたいのはそこなんだ。こー、三日くらい熱でうなされるようなショックを、私に与えてみてはくれないだろうか」

「はぁ?」


伊達に幼い頃から両親の目をかいくぐり、知育アプリをこなす間にぐるぐる先生で検索かけまくっていたわけではないのだよ。

頭を打ったとか、水で溺れたとか、木から落ちたとか、熱出して寝込んだとか、とにかくちょっと強烈なショックを受けた時に前世を思い出すってのがセオリーらしい。

だからわざわざ応接室ほぼキッズルームとか書室(ほぼ勉強部屋)ではなく、私室へ招いたのだ。ここならば使用人の目がとどかない。事故は人知れぬところで起こらねばならんからな。


「肉体的か精神的かは任せるが、そこそこのを希望する。大丈夫、和泉にならできる!」

「なるほどな、そういう信頼か……わかった、協力しよう」


にっと不敵に口角を上げた相手からトンと肩を押されて、たたらを踏んで。目を丸くしている間に体はゆれて、とすんと横のソファーに倒れこんでしまった。

くっ、これは肉体的ダメージのほうか。

贅沢を言えた義理ではないが、痛いのは嫌だなぁ……と呟きかけたものの、私は最後まで望みを口にすることはできなかった。

言えなかった。

倒れこんだ自分に覆いかぶさってきた相手へ一言告げておこうと顔を上げた瞬間、唇に押し付けられた熱に、声ごと、飲み込まれてしまったから。


「なっ……ちょっ……くるし……っ」


やめろという静止の言葉は、繰り返し落とされる熱にすべて散らされる。

離れることを許さないとばかりに吐息ももろとも封じられ、苦しくて苦しくて。

何度も重ねられる熱い唇から少しでも逃れたいと、何度も相手の背を叩いたけれどびくともしない。息を止めたままではまずい死んでしまうと、なんとか唇をずらして夢中で開けた口の隙間から、もっと熱いものがにゅるりと差し込まれ、こじ開けられる。


「――んんんんーっ!」


絡められて、なぞられて、吸われて、舐られて。

じんとした痺れが舌の先から喉の奥に染み出して甘い疼きになり、背筋を伝って身体中を侵してゆく。

絶え間なく与えられる熱以外に何も考えられなくなって。

――ちくり、と首元に痛みがはしって、首筋に湿った熱が這うのを感じて。


(……いずみ?)


常になく艶めいたサファイヤブルーの瞳が自分を捉えているのだと思ったのを最後に、意識が、遠く、ぼやけて、消えた。




うん、できる幼馴染みはすごいね。確かにオーダー通り、順調に三日間引きこもりましたでございますよ。

一日目はあまりの展開に情報処理しきれず、頭が沸騰してマジな知恵熱でうなされ。

二日目はさて気分を切り替えるかと着替えようとしたら、鏡に映った自分の姿に思わず頭突きをかましてしまい昏倒し。

三日目は二日目に気がついた事案により、まだ気分が優れないのと白い顔で両親に申告したらば、麗華ちゃんの体が第一です当然ですとあっさり学園お休みの許可がでた。


「倒れたって聞いたんだが」


などど見舞いと称して押しかけてきた実行犯がいけしゃーしゃーと申しており。

どの面下げてぬかしやがるかと、顔面に蹴りを入れなかっただけ褒めていただきたい。深窓のお嬢さまにそんな脚力ないけどね、気持ちの問題ですよ。


「どうした、気分が悪いのか?」


私が怒りで震えているとわかっていてなお、心配そうな顔を作ってきやがる相手がほんとに憎たらしい。声が笑ってんだよこんちくしょう。


「いや、悪い。麗華が二日以上寝こむなんてほんとにめずらしいから、心配になったのはほんとなんだ」


はっはっは、そうだろうとも。やたら頑強な麗華さんは、風邪を引いても一日で完治させるからな。

今日は完全に仮病だが、やむにやまれぬ事情がある。

十歳といえば、ちょっと背伸びをしたいお年ごろではあるが、おつきあいといったらまだまだほっぺにちゅうだよね程度の認識しかない。そんな良家ご息女が通う由緒ただしすぎる学園に、いかがわしいことありました痕などつけて通えるかぼけぇ!

ふんっと鼻息あらく睨みつけた私の様子など意に介する様子もなく。

むしろ心底楽しげにふっと笑んで、私にだけ聞こえるようにそっと耳元に声を落とした。


――この世界では、十四歳で結婚できるんだよ。


こわい、こいつ怖いよ!

十歳でベロチューを知ってるとかありえないよどういう生き方してんだよマジで、興味はあるけど実地では知りたくないよ。

ヤツの気配が消えるまで、私は布団をひっかぶってガタガタと震えまくっていた。


(接吻から既成事実までの階段数少なすぎるだろう! 倫理どこいった帰ってこい!!)


悪役界のモラリストは君の復帰を強く望む。




結局、わが身の純潔(ごく一部)と引き換えに手に入れた(たぶん)前世の記憶は、たった一言だけだった。

だが、やはり自分は異なる世界で生を全うし、この世界に新たに生を受けたのだと確信できる。

死してなお、強く、激しく刻まれたその言葉。



児童ポ、ダメ、絶対。








それからは、素晴らしい建設ラッシュと爆破解体の嵐だった。


まずは、十二歳の中等部入学時のことから語らねばならないだろうか。

ちなみにこの世界では、四歳〜六歳が幼等部、七歳〜十一歳が初等部、十二〜十四歳が中等部、十五歳〜十七歳が高等部となっております。説明しておけと私の魂の中の誰かが叫んでいるので一応ね。

さて、入学式といえばイベントの宝庫である。

ゲームだろうが漫画だろうが小説だろうが、とにかくシナリオがある世界ならば、ヒロインが降臨するのは中等部か高等部の入学式に違いないと確信していた。

私と幼馴染みが通う学園は初中高一貫校のため、ホシは外部生であろうと睨んでいる。

ならばちょっと早めに家を出て校門前でヒロインと幼馴染みの出会いを見張らねば! と息巻いていたのに、興奮してちょっと寝過ごしてしまい、結局いつも通りすちゃっと家の前で待機していた蓬条家の車に乗り込んだ。


「すみません、お世話になります」

「いつものことだろ?」


ですよねー。ほんと、何してんだ私は。

さすがに学園内に乗り付けるわけにはいかないので、ちょっと離れたところで降りて歩いて行くのが普通である。


(そのための停車スペースも道路脇に用意されているんだから、さすが金持ち学校はスケールが違うね)


なんてしみじみしながらのんびり周囲をみていたら、門に向かってダッシュで駆け寄ってきたゆるふわ髪の女の子と幼馴染みと衝撃的出会い(物理)をうっかり見逃してしまいました。


「麗華、ちょっとこの子を頼めるかな」

「ほい?」


はっ、しまった。気を抜いてたから変な声を返してしまったではないか。

目を向けると、幼馴染み……の横にどどーんと生えてる立派な街路樹に結構な勢いでぶつかったらしい女の子が、頭を抱えながら見事な尻もちをついている。


「見たところ怪我はなさそうだけどな、念のため保健室に連れていってくれないか」


いやそこさ、お前さんが颯爽と手をとり腰とりで何故か誰もいない保健室に連れ込むシーンでしょうが。なんならお姫様抱っこでもいいぞ。かなり恥ずかしいけどな。


「はぁ、私でよろしいのでしょうか。和泉さんが気にかけてらっしゃるのではないのですか」

「手を貸すならば、女性の方が良いだろう?」


なるほど、ごもっとも。

初対面の相手にいきなり異性の過剰接触はふつーに不審者だわな。


「承知いたしましたわ。では、和泉さんは代わりに迷い子を拾ってきてきただけますかしら」

「迷い子?」


実は隣の高等部にむかって、いかにも外部生らしき男の子が歩いていくのがみえたんだよ。中等部と高等部は間違いやすいからな、あのままじゃ迷子になるんじゃないかなーってちょっと気になって目で追いかけてしまったもんで、貴重な出会いイベントを見逃したのだ。

見かけた男の子のことを告げると、わかった完璧な布陣で対処しておくとイイ笑顔でおっしゃられました。

いや、そっちじゃないよと声かけてあげるだけでいいんだからな。なんなんだその無駄なやる気は。

わけわからん奴だと思いながら、雛鳥のように可憐な女子を保健室へ連れて行くと案の定、保険医は不在でございました。うん、やっぱりね。

ごめんねー攻略対象じゃなくってと内心で平謝りしつつ、彼女を椅子に座らせてちょっと失礼と声をかけてやわらかな感触の手をとった。ふむ、目に見える場所に流血はなし、手首をひねったりもしてないな。制服もちょっと汚れた程度だし、軽く払っておけば入学式に参列するには十分だろう。


「あの……」

「はい?」


されるがままだった女の子からまさかの声かけ事案に驚き、語尾が裏返ってしまいそうになったのはここだけの秘密だ。

顔を上げると思ったよりも相手のが近くて二度びっくり。至近距離でまじまじと顔を見合わせることになってしまい、私は思わず息を飲んだ。


(うっわ超カワイイなこの子。お持ち帰りしたーい!)


美人系じゃないけど、もうたまらんって抱きしめたくなるようなふわっとした癒し系の可愛さだ。瞳が激突の痛みのためか、わずかにうるんでいいて、そこがまた身悶えするほど愛らしい。

そう、私は美しいものと可愛いものにとことん弱いんだ。もう絶対このヒロインちゃん(推定)のことを全力で応援しちゃうぞ。


「あの、わ、私、一ノ瀬万葉いちのせかずはといいます! お、お、お名前聞かせていただいても、いいでしょうか……?」

「あら、私? 私は明櫻院麗華と申しますわ」


かずはたんていうのかー。名前も可愛いなーなんて内心でニヤけていた私を律するがごとく、彼女に伸ばしていた右手をぎゅっと両手で握りしめてきた。


「わ、私に、貴女のお名前を呼ばせていただく栄誉を授けてください!」

「はい?」


どうしよう。

ふわふわウェーブのやわらかい栗色の髪にぱっちりお目々の好みどストライクの美少女かずはたんは、中世騎士だった。

本気と書いてマジと読むといいたくなるような鬼気迫る勢いに、私は若干引き圧倒されそうになっていたが、きゅっと唇と噛み締め気持ちを奮い立たせる。天下微敵のお嬢様たる明櫻院麗華の誇りにかけて、ここで折れれば悪役予定の名が廃る。


「あら、同じ新入生ですもの。お好きにお呼びになって結構よ」

「……っ! 麗華様っ!感激です!  わたし、わたし、麗華さまを一生大切にお守りいたしますから!!」

「ぐえっ」


感極まって腕を広げて迫ってきた相手を避ける余裕もなく、ぎゅむーっと力いっぱい抱きつかれ、顔が縦長に変形してしてしまった。ツリ目君なのが悪役ポイントなのに、タレ目で形状記憶されたらどうしてくれるんだ。

抱っこコアラをひっぺがして顔を揉み揉みほぐしている間に入場のアナウンスが流れて、慌ててコアラの首根っこをを掴んで式会場に移動して。

開始一分前に滑り込んだところでほっと一息し、新入生代表の挨拶が案の定キラキラ補正のかかった幼馴染みさまだと確認して、


(そこはテンプレ外さないのなー)


と妙に感心していたら、あっという間に時間が過ぎていた。

重大な問題に気がついたのは、式が終わり当然のようにお迎えに来ていた蓬条家の車に幼馴染みとともに乗り込み家路について、入学式に行けなかったとやたらまとわりついてくる父親を軽く窘めつつ夕食を美味しく平らげて、お風呂でほっと一息ついた後であった。


「あれ? 和泉ルートのフラグ、折れちゃった?」


自身のつぶやきに唖然とする。なんてこったい、ちょっぱやでヒロインに攻略してもらおう計画が水の泡に!……い、いや。まだいける、大丈夫、終わりじゃない。まだまだ挽回可能だ、ドラマはツーアウトからだぜ大将。

天然素材変態だけど他人の前では完璧王子と、見た目はゆるふわ不思議美少女万葉たんのツーショットを実現するために頑張れ私。


――こうして、我ながらしらじらしいセルフ声援とともに、フラグ建築&解体物語の幕が上がったのだ。




さて、嬉し恥ずかし背伸び時の中等部学園生活において、女子の視線ホイホイたるフェロモンたれ流し和泉さまが、注目を浴びないはずがない。

当然一挙一動で黄色い悲鳴があがり、行く先々で身目麗しいきらびやかな女の子がたちが狩人の目で待ち構えていたわけですが。


「あの、蓬条さまはどちらの部活動にーー」

「すまないな、生徒会入りが決定しているのでその他の活動はできないんだ。あ、麗華も役員だから」

(なぬ!?)

ぱりーん。


とか。


「蓬条さま、ぜひともわたくしたちとランチをご一緒に……」

「申し訳ないが、家の方針で専属の者が作った食事しか口にすることはできないんだ。学園の許可はとってあるし、雑務もあるので生徒会室で食べることにするよ。あ、麗華の分もあるから」

(はう!?)

ばきっ。


とか。


「あの、蓬条さまっ! 本日のダンス演習のパートナーをーー」

「うーん、俺がやってるのは競技用だから、ちょっと合わせるのは難しいんじゃないかと思う。あ、麗華。コーチに復習しておけと言われたから付き合ってくれ」

(おうふっ)

ちゅどーん。


とか……なにが悲しゅうて人さまの淡い恋心が木っ端微塵になる様を真横で見届け続けなければならんのかと。

そっと心で手を合わせ南無阿弥陀仏と呟き旗供養をしている間に、あっちゅーまに一年が過ぎておりました。

うん、悪役活動している隙なんてなかったね! 麗華さまの存在意義ってなんだろうな!

私が深刻なアイデンティティーに苦悩している間に、女たらしならぬ人たらし能力を遺憾無く発揮したフラグ建築士は、老若男女を心を盗んで手玉にとりまくった挙句、二学年生にして生徒会長の座にすっぽりとおさまりやがりました。

頼む、ヤツにこれ以上の権力を与えるな。とっくに人外の領域なのにこれ以上は神になってしまうよ、魔神だよ……あれ、似合うな。

てか、授業中も含めてほぼ全ての時間を魔神さまと過ごしている気がするのは気のせいですかね?


「気のせいじゃないですね。麗華さまへの邪な波動を防ぐ盾になってもらわなければならないので、必要悪として仕方がないとわたしの左手に言い聞かせているんですけど。なお、本日は学長、副会長とのプレミーティーングが押しているとのことで、あと五分ほどで蓬条会長が迎えにいらっしゃいますよ。麗華さまはお支度してくださいね、鞄はわたしがお持ちしましたから」


おかしい、私の押しかけ親友はいつの間にあやつの秘書にポジション変更したのだろうか。

ファーストネーム呼び捨てを納得させられた手腕を思い返すと納得もできるのだが。

だってお嬢さまらしく「一ノ瀬さん」って淑やかに呼んだら、ふふっと微笑みながら人差し指でくいっとアゴを持ち上げられて、


「か・ず・は」


ため息をつくように壮絶に色っぽく熱っぽく耳元へ吹き込こまれた。

逆らってはならぬ! と全身で産声をあげた鳥肌さんが叫んでおられたので素直に従いました。ヒロインこわい。

あと意味ありげに左手の甲をさするのをやめようか。そこに邪竜はいません、眠ってなんかいません。

闇属性こわい。


「ま、今は秘書ではなく書記ですけどね。蓬条さまをみは……スケジュール管理のお手伝いをするには、このくらいの立ち位置がちょうど良いんです。でもそうですね。ゆくゆくはそちらの道を検討してみてもいいかも。認めるのは悔しいんですけど、蓬条さまサイドに付いた方が確実に麗華さまの全てを知ることができますもんね」


立ち位置って言っちゃったよこの子、どこに向かっているの。ヒロイン道がさめざめと泣いてるから戻って、早く。


「もちろん、マイエンジェル麗華さまの幸せのみを考えています」


……うん、れーかさんのことを思うのならばさっさとヤツを刈り取ってくれないかなって。もう十分収穫期だとおもうんだよね、だめかな、だめか。稲作から狩猟へシフトするまでまたねばならんのか……高等部までなげーよ。


「私は万葉自身の幸せを大事にして欲しいと願っているのだけれど」

「ああ、なんて優しい……全智全能の女神麗華さまのためならば、たとえ火の中水の中森の中。この万葉、生徒会に入り込むためだけに学力を維持し、どこなりとも付きまとい続けると誓います」


付きまとうんかい。

しかもそのためだけに定期考査で次席を確保してたんかい! その余計な努力を外見から溢れ出る女子力に使ってあげてくれよ、周囲の男の子泣いてるよ。癒し系美少女好きの私も男泣きするよ。

なお、不適当と判断される単語は全スルーとさせていただきます。背筋がぞわぞわするからね。あと、私は人間だ。


「本当なら、麗華さまの隣に男存在など忌々しい限りなんですけど、いまのところ蓬条さま以上に効果のある虫除けがないですもんね。それでも無粋な視線をよこす身の程知らずの不埒者どもがおりますから……まぁ、見つけ次第即刻処分しちゃうけど」


うふふふふふと微笑む親友はそりゃもう陽だまりで寛ぐ子猫のように愛らしく、しかしその背景はドス黒い何かに染め上げられておりました。

彼女は開けてはいけないを心の扉をすぱーんと全開にしてしまったらしい。

うん、その扉ちゃんと閉めておいてくれるかな。万が一にも後に続かれると困るから。

ちなみに今更だけれど、扉の向こう側の親友はまさかのツンクールでした。


(ゆるふわ天使な外見でクール系とはニッチ層に切り込んだな! 私に対してはデレデレドロドロだけどな!)


親友の絆を強引に結ばれた感が強いけれど、おかげさまで『蓬条さまの婚約者バリア』がちょっとだけ崩せたのは思わぬ収穫だった。

せっかくの学生生活なんだから、周囲からちょっとだけ浮いてる孤高のお嬢さまだって他者との交流を深めるべきだろう。端的にいうと、ともだちほしい。

女友達はそこそこできたけど男友達は壊滅的なんだぞ、わーい……泣いていいかな。


「やだ。麗華さまの涙とか、ぞくぞくしちゃうのは何故なの。どうしよう、また新たなる扉を開いてしまいそう」

「いやもう開けなくていいよ、その扉閉めて。鍵かけて。もしくは向こうに行ったまま卒業まで帰ってこなくていいから」

「麗華さまったら、口調が乱れてますよ? でもそんなちょっとゆるい感じの麗華さまもお心を許されてるってのがビンビンきちゃってたまらないです。ああもう、麗華さまが可愛すぎてキュン死しちゃいそう」

「はっ、しまった油断した。不覚!」

「何を遊んでるんだお前たちは……。ほら、書記に会計。仕事が詰まってるんだ、行くぞ」


あきれた声とともに、長い指先でおでこをツンとつつかれました。

あらやだ、幼馴染みさまったら、ほんとに五分でやってきたよ。第一秘書万葉のサーチ能力すごいな。

ちなみに会計とは、定期・実力・抜き打ちのあらゆるテストにて数学トップのわたくしめのことでございます。


「今回もだめか。くっ、どうしても数学だけは麗華を抜けない」


学年末考査では私を抑えられなかった通年首位独走の魔王が悔しげに何か申しておりましたが、


(きこえねーなぁ)


にやーり。

転生補正なめんなよと、口の端だけくいっとあげてイジワル笑顔でほくそ笑む私です。

ほーほっほっほ、数字は裏切らないから大好きなのさ。まぁ、全体では50位前後という微妙なラインだし、こんな時でしか練習成果を発揮できないってのも悲しいけどさ。

なんの練習かって? 中学デビューのために鏡の前で特訓した悪役笑いですよ。くいっと唇の端っこだけを角度をつけて上げるのがなかなかに難しく、休日も自主練したところをバッチリ幼馴染みに目撃されてしまい泡を食ったこともあったっけ。

両手で顔を覆って、おもいっきり俯かれたからな。そんなに見苦しかったのかとちょっと自信を失いかけたが、目標は高いほど己が磨かれるのだと思い直して更に集中レッスンをして嘲笑を磨き上げた自分を褒めてあげたい。

いやそんなことよりテストといえば定番のあれだよアレ、不動の一位が外部受験生のヒロインに抜かれてまさかの二位になり、何者だそいつはと興味を抱くところからはじまるリリカル学園ラブストーリーが勃発するかと期待していたんだが。


「俺が抜かれるとかありえないだろ。最高の教育を受け、それを吸収し活用することにこそ学業には意味があるんだ。君も直感に頼って答えを出すんじゃなくって、もっと道筋をたてて考えて結論に至ることが必要だと常々……」


ええい、正論を言うでないよ。

掲示板から生徒会室に移動するまでの間も無駄にすることなく、理路整然とだらだら続くお小言に、途中から意識が遠くなってきた。とんだロジカル学園ラグストーリーだぜ。


「こら麗華、目を開けたまま寝るなよ。襲うぞ」

「品行方正で誉高い生徒会長が学園内風紀を自ら乱すのはどうかと思いますわ。親の決めた婚約者といえど法の効力から逃れる術はありえないと判断しますので、性犯罪現行犯にて警備に引き渡しますわね。短いお付き合いありがとうざいました、さようなら、悪しからずぅーひゃはははっ! にゃにひょすりゅっ」


ほっぺをつまみながら脇腹をくすぐるという、体罰とセクハラを同時にこなす高等技術をやらかしてくれた相手は、実に楽しげにキラッキラな笑顔を振りまいてくださっております。


(だから目が笑ってないんだってば!)


サファイアの瞳から発せられる冷ややかな視線が、ダイヤモンドダストになって突き刺さる。氷の粒がおひさまにあたって、わぁきれい、なんてボケてる場合じゃない。美形が凄むと空気が凍ってほんとこわいんだよ!


「君の笑顔が見たいんだ」

「うーひょーつーきーっ、うひゃっ、うしゃしゃしゃしゃーっ! たしゅけてかじゅはぁあああーーぁんっ」

「ごめんなさい麗華さま。わたしにも命を惜しむという心が残されていたみたいなんです。あと、憧れの方があられもない声をあげて弄ばれているさまを見せつけられるだなんて、正直ご褒美すぎて吐血しちゃいそうです」


透き通るような瑞々しい頬をほんのり赤らめた美少女が、ほっそりとした右手を私たちに向けて……サムズアップ。

(グッジョブじゃねえーーっ! うらぎりものおぉーーーーーーーっ!!)


ギブアップコールも虚しく、幼馴染みさまがご満悦されるまで、くすぐり地獄という苦行は続けられたのだ。

冗談も命がけだぜ、ぜえはあ。

精魂尽き果ててぐったり机に突っ伏している己とは対照的に、スッキリ爽やかオーラを放っておられますよ。

今は無理だが進学してちゃんとした本編がはじまったら、ぜーったいヒロインにのし付けて贈り届けてさしあげる! と魔神送還の誓いを新たにする私の顔の前に、ぴらりと数枚の用紙が差し出された。


「目が覚めて現実を認識したなら早目に同意書を書いとけよ。行くつもりなんだろ? 」


なんじゃらほいと紙面の文字にてーっと目を滑らせてみれば、体験学習へ参加するか否かとある。


「こっ、これは。中等部最高学年にのみに許されるという至高のイベントではありませんか」


私の両目がギラリと底光る。

実はこの学園の中等部、文化祭やらスポーツ大会やら修学旅行といった、異性間革新的交流ができそうな浮ついた行事がほとんどない。

代わりにダンスや作法のお時間などといったちょっと特殊な授業があるが、基本良家のご子息ご令嬢ばかりなもんで、初等部あたりから同レベルのパートナーで固定されちまっている。うっかり事故狙いのソフトタッチとか、びびっと電流が走る運命の出会いなどあろうはずがないのでござる。

その辺りの事情もあって、


(こりゃ本編は高等部だな)


と確信し、魔神とその第一秘書との多忙で喧しい日常をそれなりにまったり楽しんでいたのだ。が、この体験学習だけは気合レベルが俄然違ってくる。

三学年進級直後に行われる体験学習とは、言葉通り農家さんへお邪魔して実際にお仕事を体験しましょうねという社会科授業の一環である。

初等部でこなしてそうな内容であるが、そもそも生っぽいものに触れる機会が少ない層なので、良い刺激になると保護者学生本人ともに好評なんである。

だが、所詮は金持ちお上品学園のやること。畑なり田んぼなり牛なり鶏なりとその時によって体験メニューは変わるけれど、場所はリゾート地に絶対固定なので、お膳立て感は半端ない。ファーマー魂に火をつけるには程遠いナチュラル風味だが、それでいいのだ。思春期の学生にとって大切なのは、『男女混合グループ学習』と『お泊りアリ』という二点のみなのだから。


(ボーイフレンドゲットの確変きたこれ)


恋人欲しいだなんて誇大妄想は抱かない。せめて幼馴染み以外の異性と三行以上会話がしてみたい。業務連絡で終止する、HOJOグループ傘下の今北産業勢力を今こそ駆逐するのだ。

俄然やる気の出た私は、ボールペンをひっつかみ意気揚々とサインする。

めいお(がりっ)ういんれ(ずびょっ)い(ごりっ)カッ!(びりびりびりびり)


「ああっ、何故、どうしてこんなことになってしまったの……酷いわ」


見るも無残な姿に成り果てた物体を手に、私は途方にくれる。

無数の引っかき傷と切り傷、先端が丸みを帯びた細長いもので無理やりつけられたとしか思えない裂傷。ひどすぎる、形を無理やり歪められてしまったソレは、もはや本来の役割を果たすことなどできないだろう。


「あー……、相変わらず君は自分の名前書くの苦手なんだな。勢いつけて力任せに書くからだ。どうせ、これだから画数の多い漢字は嫌だとか自分の思うように動かないペンに実刑を言い渡すとか、見当違いの方向に拗ねてるだろう」


ぎくっ。他人事のように嘆きながら、内心でボールペン相手に激しく意義申し立てをしていたちょっぴりセンシティブな乙女心を暴くんじゃない。


「麗華、ほら」


頭脳明晰才色兼備、できる男の代名詞蓬条和泉は気遣いも完璧でございました。そんなことだろうと思ったよと当たり前のように差し出されたのは、真新しい用紙でございましたとさ。

ううっ、世話を焼かれることに慣れてきている自分が怖い。そんでもって、手を貸してくれるたびに本気で嬉しそう目を合わせて笑いかけてくるから実に反応に困る。どうせもう一年もすれば、互いの関係を表す言葉が変わっているだろうに、と。

だからこそ、いまここで、あえて言わせてもらおう。


(お前は私のおかんか)





そして中等部三回目の春になり、滞り無く進級を果たした私は、つつがなく気合を入れて体験旅行へと参戦した。

結論からいうと――ほんとにつつがなかった。


「め、め、明櫻院さん。ほ、蓬条会長が体験授業内容について精査したいとのことで探しておられましたっ」

「明櫻院さん大変ですね。役員は模範演習をやられるのだとか、蓬条さまが体験授業の前にミーティングしたいと待ってらっしゃいましたよ」

「体験後のレポートまで今日中にまとめなきゃなんて、生徒会って本当に忙しいんだな。あ、和泉さまが内容の読み合わせをしたいから、麗華さまを呼んできてくれっていわれたぞ」


どこにいようと的確に会長サマのご指示が自分に届き、聞いてしまった以上は無視するわけにもゆかず実務と雑務に追われまくり、新たな出会いなど模索している隙間など全くもって綺麗さっぱりなかった。


(でーすーよーねーっ)


究極フラグクラッシャー和泉さまが、何もやらかさないわけないんだよ。いやむしろ何もなさすぎただけともいうけれどいやしかし。自分のフラグ粉砕するのは全くもって構わないが、私のなけなしの恋愛できるかも旗までサバ折りしなくてもえーやんけー。

結局いつもと同じメンバーと一緒っていうか朝から晩までとか、時間延長した分異性交流日照りが悪化してるじゃねぇか。


「麗華さまーぁ、おふろ、おふろっ、お風呂はいりましょーっ」

「れーかさまーっ、ボクがれーかさまを洗ってあげるね。ぜーんぶ、この手で、ねっ」

「麗華様の生まれたままの姿が見られるなんて……至福ですわね、クスクスぐふっ」


部屋で力尽きていたら愛依美あいみちゃんに腕を取られ、のどかくんが腰に抱きつき誉子ほまれこさまに髪を絡めとられました。

わたくしのおともだちは、クーデレデレ、天然、つるぺた、お色気をもれなくカバーしておりますわよ……カバーしすぎだろう。これどこの層向けなんですかと。

恍惚とした表情でこっちみんな。


「さすがわたしの麗華さま、溢れ出る至高の輝きに魅了されて血迷ってしまうのも仕方がないです。でも、麗華さま。麗華さまを最初に視姦するのはわたしですよ。この日のためにわたしコンタクトの度数を究極まで上げてきましたから〜」


万葉たん、あっちの扉閉めてっていったのにまだ全開にしたままだったんだね――って、全ての元凶はお前か。


(いいんだい、ささやかだけど、三行以上は言葉を交わすっていう目標は達成したんだい)


手をわきわきさせてにじり寄る変人四天王を躾しつつ、異界の扉教祖をくすぐりの刑に処しながら、一向に恋の花咲く気配がない己の無聊を慰めている間に、現実的には四度目の春が巡ってきておりました。

中等部卒業だよ、早かったなー。


「すみません、お世話になります」

「毎度毎回一言一句同じこと言ってて飽きないか?」

「あら和泉さま、挨拶は人としての嗜みですわよ。親しき中にも礼儀ありと申しますでしょう」

「良いこと言ってる風に聞こえるんだから不思議だ。ま、ドヤ顔も可愛いから別にいいけど、君の本音はパターンを変えるのがめんどくさいだけ、だよな」


うっさいわ。

ルーチンワークと化した登校時台詞集を上から順にこなしつつ、黒塗りの車を降りて慣れた道を進めば、一陣の風が私たちの横を通り抜けました。

どごんっ! となかなか結構な打撃音が辺りに響き渡ります。


「はぁう、痛いっ! 卒業式に遅れちゃいけないって走ったらあせりすぎて街路樹にとつげきしちゃっいましたわ(ちらっ)。どうしよう、怪我はないみたいなんですけど、一応保健室へ行くべきかしら(ちらっ。ちらっ)」

「そういえば、もちろん生徒会長さまは卒業生代表で挨拶をなさるのですよね?」

「ああ、もう会長じゃないけどな。きっちり締めるのも上に立つ者の役目だ、代表らしくせいぜい格好をつけてやるさ」

「ふふっ、そこで下手な謙遜などなさらない辺りがさすがですわ。時間まで暇ですし、格好つけリハーサルにお付き合いしてさしあげてもよろしいですわよ」

「あああっ、見事なまでのガン無視! 虫ケラを見るがごとき冷たく蔑む射るような眼差し! でもそんなつれない麗華さまも愛してる!」


説明ご苦労様な大きな独り言を盛大に無視して、いつも通りの歩調で校門へと足を進めるわたしと幼馴染の後を軽やかな足音が追いかけてきた。


「ところで蓬条さま、式にあたっていくつか工程の確認事項がございますので、少しお早めに足をお運びくださいとのことです」

「ああ、分かった」


粘着質小芝居から第一秘書モードになった親友がけろりとした体でするっと会話に入ってくるのも、もう日常茶飯事すぎて突っ込むのも面倒くさい。

しかし、あんだけド派手な音を立てていたのに、ノーダメージってのもすごいよ万葉さん。頭から突っ込んでたけど、ほんとに大丈夫なのかい?


「女神麗華の麗しき御姿を拝見し妄想で野球拳をするためならば、黄泉路より幾度なりとも戻ってまいりますもの」


白い頬にさっと朱を走らせて、恥ずかしそうにはにかみながら微笑んだ美少女は、完全に色々と手遅れだった。うん、知ってた。

自称親友を向こうの世界へ押し出して、答辞の言葉とやらの練習にちょびっとだけ付き合う。

ひゅーひゅーかっこいー、ヨッ大統領! と心でおざなりに合いの手を入れてる間に、ちょうど時間となりまして。

粛々と行われた式での答辞役は、もちろん我らがハイパースペック蓬条会長さまが、リハ以上に華麗に颯爽と格好よくきらびやかにこなしておられます。耳障りが良く少し軽めに感じられるテノールなのに、不思議と説得力があるのはやっぱり大企業の御曹司というずっしり重い看板背負ってるせいなのだろうかね。

フライングでちょこっとだけ聞いてたスピーチだって、練習なぞ必要ありませんでしたよってなくらいに、完璧に暗記されてましたし。

噛んだら悪役笑いしてやるぞと構えていたこの心の行き場は如何に。


(そういや、結局最後の定期考査で唯一勝ててた数学も抜かれちゃったんだよな)


ちぇっと舌打ちしつつも、わりと衝撃も少なく、追い越された事実をするりと受け止めていた。

とっても聞き分けが良くて我慢強くて面倒見が良いできたお子さまだった幼馴染みが、出来すぎ感ありすぎる自分の立場に甘んじることなく、ちゃんと地位に見合うようにと努力し続けているのを、私はちゃんと認めている。

佳境に入った別れの言葉にぼんやりと耳を傾けていると、壇上で綿ぼうしのような白い後ろ頭が視界に入る。


(あー、髪切るのさぼったな)


髪はつげの櫛を毎日最低百回通せとか、三日一度はスペシャルリンスケアしろだとか。人の身なりにはやたらとうるさいくせに、奴は自分のことに関してはズボラな一面があるのだ。

寝ぐせがあったら後でからかってやるのにと、じーっと綿毛観察をしている私の頬を、ふっと風が撫でていった。

窓が開いていたのだろうか、早咲きの桜が風に乗って舞い踊りうなじまで伸びた奴の髪の毛にひらりと降りた。

春という色をあつめてぎゅっとした淡い桜色と、絹糸のようにさらりと揺れる白い髪。緩やかな日差しがまるで天然のスポットライトのように差し込んで、彼の姿を幻想的に浮かび上がらせる。

幼馴染みが度を越した美形だってのは十分すぎるほどわかっていたのだけれど、特別な日の特上な演出で彩られたその人は、目に焼き付けておこうと思えるくらいにはやっぱりとてつもなく綺麗だった。

息をするのもためらわれるようなその静謐な空気に、心を奪われているのはもちろん一人二人ではではないだろう。ほうっと、思わず漏れてしまったであろうため息が、そこかしこから伝え聞こえてくる。

それはまるで一幅の絵画のようで。

儚くも美しい赤と白のコントラストに、すうーっと意識が吸い寄せられていた私は、自嘲気味にふっと息を落とした。

いまさら自分の行動を悔やんでも遅いのだと分かっている。でもだけどという否定の過程は己の信条にふさわしくはないと理解している。けれど、考えずにはいられないのだ。もうちょっと早く己の心の叫びに気がついて行動に起こせていたのなら、今の身を苛むような後悔はなかったのではないかと。


(ああ……今年の苺大福、食い損ねた)


ヤツの髪ってつきたてのモチみたいにやわらかんだよなーと、我ながら春らしい感慨に耽っている間に、卒業式は終わっていた。

よっしゃー、あとは本編に向けてちょっくら羽を伸ばすぞ―。

解放の喜びにひたり、うーんとのびをしながらどこの和菓子屋に寄り道するかを思索していたのはつい小一時間ほど前だったはずなのだが。


「さて明櫻院麗華さん、ここで問題です。私はいまどこで何をしているのでしょうか」

「俺の目の前に立っているな」

「過程をことごとく吹っ飛ばして見事な結果のみをありがとうございますそうじゃねぇよ」

「君はパニックになると地がでるところが可愛いよな。そのドレスすごく似合ってる。綺麗だよ、麗華。見惚れてしまって瞬きするのも惜しいくらいだ」

「あら、ありがとう。和泉さんもそのコート、とてもお似合いでしてよ」


にーっこりと笑って嫌味っぽく聞こえるように返してみたものの、「あ、もう立ち直ったのか。残念」と軽く返されて、なんだかいいように転がされているようでひっじょーに悔しい。

実際、お世辞でもなんでもなく本当に格好良いのだから、視線のやり場に困ってしまうし。

ウェストがきゅっとシェイプされ、すっと膝まで伸びる長い着丈が描くラインはとても重厚かつ格調高く、黒蝶貝のカフスがチラリとのぞくあたりがまた心憎いオシャレ感むんむんだ。

オートクチュールのフロックコートを、着こなしているどころか嫌味なく似合ってる中坊ってほんとどうなのかと……くぁーっ、銀髪青目の美少年がブラックスーツで颯爽登場とか眼福以外のナニモノでもないだろ! だから見事に外見は私の好みどストライクなんだよ、こっちこそ視姦してやるぞこんちくしょう。


「不思議だな、聞き慣れている言葉のはずなのに、君に言われるとすごく嬉しい」


開き直ってぎろりっと睨みつけてやったはずなのに、甘くとろけた青い瞳に見つめ返されて、一瞬意識が遠のいた。

なんというカウンターパンチ。


「けど、麗華のほうが数十倍……いや、俺とじゃ比べものにならないくらい似合ってる。デザイン画の時から君が袖を通した姿を想像はしてみたけれど、やっぱり実際この眼で見ると全然違うな。純白のウェディングドレスを纏った君は美しすぎて、儚すぎて、触れたら消えてしまうような気がして焦った」


少し筋張った男の手がベールからこぼれた私髪を一房すくい、すっと口元に運び軽く唇に触れる。

ひいいいいいーーーーっ!

お前だれだーーーーーーっ!!


「なっ、なっ、なんでっ。だからっ、どうして、正礼装してこんなところにいることになっているのかという質問にですね――」

「いまから教会で俺と君が式を挙げるからだろう。何か問題があったか?」

「問題しかないわっ! おかしいでしょう、倫理とか常識とか世間体とか順番とかが、いろいろとっ!」


そのお綺麗な目ん玉は飾りか節穴か。

どっからみても猜疑心丸出しイガグリ状態の私が、いまこの状況に納得していると本気で信じているわけないよな?

私の負の波動に気がついていないわけではないだろうに、奴はまったくもって余裕の体を崩さず。しれっとした顔で口を開く。


「この世界は十四で結婚可能だって言ったの覚えているよな? 倫理と常識はお互い誕生日を過ぎたことだし問題ない。幼児のころからの正式な婚約者なんだ、世間体なんていまさらだろ。あとは順番って言われてもな、もう籍は入れてることだし。麗華が恥ずかしがるだろうから披露宴はいまのところ考えていないけれど、君の花嫁姿だけはどうしても俺がみてみたかったんだ」

「あらそうですの。籍を入れてるなら仕方ないですわね――なんて言うわけないでございますのことよ。はぁっ? 全くもって預かり知らぬ話であるぞ、なにそれ偽造かっ!」

「してない。ちゃんと君自身が、自分の手で名前を書いたんだ」

「そんなもんにサインした覚えなど……あるわーっ!?」


嬉し恥ずかし初体験学習への参加同意書書き損じまくり事件の記憶が、稲妻のごとくどどーんと脳裏を貫いた。

保証人欄まであるなんてすげぇなぁとチラッとはおもったんだよ。までもぼんぼん学校だからなー、過保護じゃのう、くらいにしか感じなかったんだよ。

危機感皆無のあの時の自分、外堀埋められて絶体絶命な今の私に謝れ!


「さすが麗華、ちょっと警戒心が薄くて注意力は散漫でも記憶力は確かだな。あの時は計画上仕方なかったとはいえ、ほんとうは他の男がいる場所に君を泊まらせるなんて気が進まなかったんだ。接触者全てに手を打つのは苦労したけど、ドレス作りに必要なサイズが入手できたのは僥倖だったな」


そーいや、なんでこんなサイズぴったりなドレスが用意されてるのかなと疑問には思ったよ。他につっこみどころが多すぎて脇に押し出してたけれど、先刻放り込まれた控室で有無をいわさず制服をひっぺがしやがった誰かが、


「悔しいですけどこのきゅっと細身に絞られたウェストからまろやかな双丘をギリギリラインまで切り込みつつ、清楚ながらも艶めかしく散りばめられたダイヤモンドに金糸の刺繍で彩りを忘れないあたり見事すぎますわ。麗華さまを知り尽くしてるぞアピールがたまらないですね、爆ぜろ」

「ああん、このシミひとつないお肌ったら、離れがたいほどしっとり吸着すべすべのさわり心地ですぅ〜」

「やっぱりボクの感覚は正しかったね! 抱きついた時にすっごい良い感触したんだ〜」

「やはり湯殿での一瞬のあれは間違いではありませんでしたわ、細身のでいらっしゃるのに、こう、至高のマシュマロが……」


とかなんとかほざいておりましたね。

犯人はお前らか、変態四天王あとで絶対シメてやる。しかしそんな悪魔ランクアップしたばかりの異界の扉教徒どもより、目の前のラスボスだ。


(やだなー、絶対地雷だよなー)


自分から聞きたくなどはなかったが、爆発するとわかっていてもそこを踏まずして前には進めないようだ。気は全く進まないが、しぶしぶと幼馴染みさまのお綺麗なご尊顔を見上げて、ことりと首を傾げた。


「計画って、なんのことですの」

「……君に、あやまらなくてはならないことがたくさんある」

「へっ? 何すんだ和泉! ちょっ!?」


彼はおもむろに私の前に片膝をついて跪き、優雅な所作で目を剥いて固まる私の手をとった。


「さっきの、順番を間違えてるってのは痛い指摘だったな。確かに、俺は間違ってる。一番最初に、君に言うべき言葉があったんだから」


決して強い力で掴まれているわけではないのに、振り払うことができないのは何故なのか。

握りこまれた手の先から熱が灯り体中を駆け巡り、脳みそごと沸騰しそうになってくる。


「麗華、君を愛している。他の誰も君の代わりにはなりえないし、俺は君ただ一人だけを想っている。俺の奥さんになって欲しいんだ。だからーー」


れいか、と。

私の名を呼ぶ声が震えている。


「どうか、俺を選んでくれないか?」


呆然としている私にふっと小さく笑んで、彼はそっと私の手の甲にキスを落とした。


(頼む、教えてくれ。なにが起こったんだ。どうしてこうなったんだ。そして、ここは誰、私はどこ)


混乱がピークに達して状況把握を放棄した私は、相手の甘くとろけきった声にうながされるまま、こくりと頷いてしまっていた。

感極まった幼馴染みさまに手加減抜きの力で抱きつかれ、酸素欠乏でさらに意識が遠のいているところに時間ですよとお呼びがかかり新郎ごと回収されて。

白い大理石をぼんやりしたまま歩き、脊髄反射で宣誓を繰りかえし、神様の御前にて長すぎる誓いのキスを貪られたあたりで、ようやく思考と記憶回路が復旧してきた。


思い返せば四年前、婚約直後のあの時からヤツは言っていたではないか。

この世界では、十四歳で結婚できるんだよ――と。

……そう、この世界で『は』。


(お前が転生チートじゃねえかーっ!!)


ようやく一つの結論が脳裏に舞い降りたのは、りーんごーんと高らかな教会の鐘の音が、澄み渡る青空に鳴り響いた後だった。




己の立ち位置を変えて考えてみれば、なるほどと得心ゆく出来事が多々あった。

例えば、女生徒のバリエーションが異常に豊富だったり、どこの層向けか首を傾げるイベントが多発してたり、やたらテストで私を追い抜こうとムキになったり……つらつらと過ぎ去りし日々に思いを馳せているうちに、しっとりと夜の帳が降りていた。


  なぁ。

  もしかして。

  攻略キャラって、私か?


切れ切れの息の下で、なんとか浮かんだ疑問を口にしようと試みてみるものの、全て『あ行』と『は行』の夜間発声練習となって消えていった。









後日あらためて、お前は攻略対象者だったから私に執着したのかと問いただしたところ、本人様より至極あっさりとした解答がよせられました。

いわく、一目惚れに理由が必要か、と。


本人、無味乾燥テイストで言ったつもりでございましょうが、お耳がほんのり赤く色付いておられます。


(うっは、美形の恥じらいプライスレス)


柄にもなく、照れてやがりました。

許す。






終わり

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― 新着の感想 ―
[一言] すごく面白かったです!! 乙女ゲームの当て馬キャラだと思い込んでいた主人公自身が実は攻略対象だったとは、斬新なオチでした。 乙女ゲーの世界ではなく、ギャルゲーの世界だったんですね~。 美人…
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