歌手スメラギ・ヤシャ
ここに載っている歌詞は作者自身で考えた物です。
あらかじめご了承下さい。
空が澄み切ったある春の日、東京はとあるコンサート劇場。今日はここでデビューしてから3年目の歌手がコンサートを行う。その歌手はスメラギ・ヤシャこと本名、皇ユキ。わずか15歳にして、今まで出してきたCDも同じ活動期間の歌手に比べると売り上げもよく、ヒットチャートにも一曲載ったことがある。そんな彼の人気を表すように会場は既に若い女の子たちが埋め尽くしていた。どうやら彼は若い女の子たちに人気らしい。
熱気が包み込んだ会場に詰めかけた彼女たちは今か今かと固唾を呑んでステージを見守っている。手にはペンライト。もう待ちきれない、彼女たちがそう思った時――色鮮やかなライトに煌々と照らされたステージに、衣装に身を包んだヤシャが現れた。彼の衣装はまさに王子そのもの。白いスカーフを首に巻き、後ろの裾にスリットが入った金で縁取られた白のコートに白いズボン。それに加え、白い膝までのブーツに白手袋を身に着けている。白ずくめの衣裳に彼の紅い髪がよく映えていた。
彼がステージに着いた所で司会者が曲の紹介を始める。
「本日はコンサートにお越しいただきましてありがとうございます。本日最初の曲は『君がくれたもの』。これはスメラギ・ヤシャのデビュー曲です。ではどうぞ!」
前奏が始まるとヤシャは少し俯いて目を閉じ、左手を胸元に当てた。前奏が終わるのと同時に顔を上げて目を開き、左手を客席の方に伸ばす。マイクを口元に運び、伸びやかな歌声をそこに吹き込む。
「君が僕の背中を押してくれた
君はいつも僕のそばにいたね
そのおかげで僕はここに立っている
金色の光が僕たちを包み込み
僕たちに力を与えてくれた
君が僕にくれた宝物忘れない
君は金色の光から飛び出し
僕に手を差し出した
でもその手は僕に届かない
それでも君は諦めずに
僕に教えてくれた信じる気持ち
君が僕にくれた宝物忘れない……」
その歌はヤシャがある人に宛てた歌だった。その歌を聴いた客の中に、スメラギ・ヤシャのファンである美桜もいた。美桜はその歌が一番好きで暇さえあれば聴いている。この歌は何故かはわからないが聴いているだけでどこか心に来るものがある。それが気に入っているのかもしれない。
その後も2枚目のシングル『恋華雪』、3枚目シングル『Phantom Dungeon』を披露していく。段々と会場が盛り上がるのを感じたヤシャは口角が上がるのを感じた。
コンサートが一段落ついた頃、恒例の観客5人を交えたトークタイムが始まった。このトークタイムはヤシャの提案から始まったらしい。
「今日は何にしようかな……。ふふっ、誰が当たるんだろうね?」
ヤシャが楽しそうに笑いながら、今日ステージに上がることが出来る観客の番号を紙に書いていく。そう、スメラギ・ヤシャのコンサートは観客が入場する時に番号札が渡されるのだ。その渡された番号札の中から、ヤシャがランダムに選んだ番号札を持つ5人がステージに上がれる仕組みになっている。ヤシャから渡された紙を司会者が読み上げる。
「本日、ステージに上がれるのは8番、35番、245番、872番、1045番の番号札をお持ちのお客様です。この番号札をお持ちの方は速やかにステージまでお越し下さい」
番号札の発表を聞いた瞬間、美桜は思わず自分の番号札を見た。そこにはしっかりと「1045」と書かれている。彼のライブを聴きに来て以来、初めてのことだ。
美桜は飛び上がりそうになる気持ちを抑えながら、他の選ばれた観客と一緒にステージに上がった。ステージは思っていたよりも眩しくて、全ての観客を見渡せる。ここでヤシャはいつも歌っていると思うと急に緊張し出した。
「ようこそ、ステージへ!」
満面の笑顔でヤシャが言うと、美桜はドギマギしてしまった。目の前に大好きな歌手スメラギ・ヤシャがいる。ちょっと目が合っただけでも頬が火照って気づかれそうだ。美桜は彼が自分と同じ15歳だとは思えなかった。彼はステージに立っているせいか、大人びて見えるがちょっと見方を変えれば弟のようにも見える。
「じゃあ、8番から順に名前を言ってもらおっか。俺は知っての通り、スメラギ・ヤシャ。宜しくね」
「僕は今泉蓮。宜しく」
まだ中学生にしか見えない、黒髪の少年がまっすぐヤシャを見て名乗った。彼のその瞳にヤシャはちょっとだけ感心したのか、目を少し見開く。
「私は天宮茜。……宜しくね」
彼に続き、茶髪の髪の長い高校生ぐらいの少女も名乗る。彼女は少し恥ずかしそうにはにかんだ。
「あたしは一之瀬麗香。宜しく」
彼女を一瞥したいかにもお嬢様といった感じのする、青がかった黒髪をきれいにまとめた大学生ぐらいの女性も名乗る。何か不満でもあるのか、少し眉を寄せてつんと澄まし顔をしていた。
「僕は平由美。宜しくね!」
ボーイッシュな格好をした、高校生ぐらいのこげ茶色のショートヘアの少女は麗香に苦笑しながら名乗る。そのまま視線をすぐ隣の美桜に向け、にっこりと微笑みかけた。その笑みに美桜はマイクを近づける。
「私は雪野美桜。よ、宜しくお願いします!」
美桜は緊張のあまり、どうにかなってしまいそうだった。ヤシャはそれに気づき、ゆっくりと彼女に近づいてくる。美桜の心臓は早鐘を打ちだした。
「大丈夫。そんなに緊張しないで、ね?」
ヤシャが優しい光を紅い瞳に浮かべ、柔らかく微笑みながら優しく頭を撫でてくれる。そのおかげか美桜の緊張も徐々に解けていった。ヤシャは黒い前髪に一瞬触れた後、腰まである赤い三つ編みを揺らしながら、観客の方を向いた。
「さぁ、トークタイムの始まりだよ!」
ヤシャが告げると観客たちが黄色い歓声を上げた。自分が呼ばれなくとも、彼女たちは彼が自分たちの前で話してくれることが嬉しいらしい。
「今日のトークテーマは『好きな食べ物』だよ。どんな食べ物が出て来るんだろうね?」
ヤシャは楽しそうに微笑む。その笑顔だけで美桜は満足だった。美桜が満足げにその場に突っ立っていると、誰かに腕を引っ張られる。慌てて腕を引っ張っている人物を見ると由美だった。彼女はウィンクをすると、美桜を番号が書かれたカードが下がっている椅子まで連れて行ってくれる。
どうやら満足感に浸ってぼーっとしていた美桜に気づき、周りに笑われる前に連れて行こうとしてくれたらしい。その優しさに美桜は思わず胸が熱くなった。初対面の相手に優しく出来るなんて、私も見習おうと美桜はガッツポーズをして心に決める。それに気づいたのか、由美は苦笑を浮かべていた。
美桜が席に座ると、司会者がそれぞれにマイクを配った。全員にマイクが行き渡ったことを確認すると、ヤシャは口を開く。
「じゃあ、俺から好きな食べ物を発表するね。俺は玉子豆腐が好きなんだ。あの出汁が効いた味が堪らないんだよね」
言いながらヤシャは幸せそうな顔をしていた。本当に好きなのだろう。恐らく彼に玉子豆腐を差し出せば、すぐに飛びついて来るだろう。それを伺わせるかのように、彼はブログでも玉子豆腐について語っていた。
「蓮くんは何が好き?」
「僕はオムライスが好き」
「おっ、卵同士だ!」
ヤシャは連の答えを聞いた瞬間、嬉しそうに瞳を輝かせた。もしかしたら、彼は卵関係ならなんでも好きなんじゃないかと美桜は考えた。その中でも特に好きなのが玉子豆腐なのかもしれない。その後もヤシャは一人ずつ好きな食べ物を聞いて行った。その度にその食べ物の話をしていった。その間、ヤシャは生き生きとしていた。彼に聞かれた面々も幸せそうな顔をしていた。
「蓮くんはオムライス。茜ちゃんはパフェで、麗香さんはフランス料理。由美ちゃんはハンバーグ。美桜ちゃんはクリームコロッケ……。色々出たなぁ……」
ヤシャは1人ずつ食べ物の名前を挙げていく。どれもおいしそうだとヤシャは内心思っていた。今晩の料理に作って貰おうかなどと、自分が仕事中であることも忘れて考えていた。それを感じ取った由美は、隣の美桜の肩をつつくと小声で言った。
「ねぇ。ヤシャくん、上の空だよ? 何か話しかけたら?」
「えっ、私が?」
美桜は思わず聞き返してしまった。由美は悪戯っぽい笑みを浮かべ頷いた。
「僕より君の方が適任だよ」
由美は頑張ってとウィンクをすると、隣の麗香に話しかけた。彼女に1人、役目を言い渡された美桜はどうしようか一瞬迷った。だが、迷っている暇はないだろう。今は少しでも多くヤシャと話したかった。美桜は勇気を振り絞ってヤシャに話しかけた。
「あの、ヤシャ君。玉子豆腐にどんな思い出があるんですか?」
美桜は彼の答えを今か今かと待っていた。聞かれたヤシャは少しの間、思い出すように腕を組むと口を開いた。
「うーん……思い出かぁ。あっ、そう言えば友達がお土産に玉子豆腐を持って来たことがあるよ。もう嬉しくって嬉しくって、思わず飛び付いちゃった」
「そうなんですか。いいお友達なんですね。私も会ってみたいです」
美桜はその日一番の笑みを浮かべていた。自分の友達と同じような友人が彼にいると知って、なんだか嬉しくなったのだ。
とある摩訶不思議な珠を護る少年たち。
彼らに課せられたのは悪しき者たちから珠を護ること。
果たして彼らは無事に珠を護り抜けるのか――
と言う話の外伝です。本編未公開