7話:粘り強く何度も繰り返すことが成功の鍵です
「「ギャアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」」
人気もなくなった夜のローゼン邸の庭の片隅。突然の声に俺とレインは思わず抱き合って絶叫してしまった。苦節十八年、ここまで生きてきて良かったです...もう思い残すことは......あるわ!!まだまだ人生始まったばかりだわ!俺は今にも飛び出してきそうな心臓をなんとか鎮めて肩で息をする。落ち着け。俺はこんな事で死ぬタマではないはずだ...
「いやっハッハッハ!中々面白い反応をしますね。忍び寄った甲斐がありましたよ!」
「フリッツさん!いきなり何ですか!というか何で分かったんですか!!」
腹を抱えて笑っていらっしゃるフリッツさんへ、やっとこさ絞り出したツッコミをぶつける俺だが、対するフリッツさんは平然としたものだ。
「ここは私が毎日の生活と修行をする場。文字通り庭ですよ?気配の違いで侵入者程度はわかります」
いい終えるとちょっとしたドヤ顔を披露してくれた。
何すか?この人本当に人間ですか。闘技やってると庭の気配くらい常時解るものなの?
「さて、先程の貴方のお話の続きですが......」
2日連続で行き場のない感情の高ぶりに肩を震わせる俺と今だに驚いた姿勢でフリーズ......あ、白目向いてる...レインを無視し、フリッツさんは強引に話を始めようとする。だが心の整理が出来ていないこちらはたまったものではない。
「ちょ、ちょっと待ってください!状況の説明と相棒を復活させる時間をください!」
俺はフリッツさんを両手で制し、レインを揺すって起こしにかかる。うあぁ、故郷の村で死んだお婆さんと会いました、などと臨死体験をしたらしいレインだが、かの有名な川は超えなかったらしい。良かったね。
そんな俺達のやり取りもフリッツさんは実に面白そうに見物していた。この人に対するイライラゲージが振り切れそうだ....!!
フリッツさんの提案で場所を薮の裏から蔵の前へと移し、俺たちとフリッツさんは話を再開することにした。蔵の前に移る際にフリッツさんは元々そうするつもりだったのか、警備兵たちは帰らせ俺たちとフリッツさんで警備を交代する形となった。ん?俺たちを見つけなければ一人で警備するつもりだったのだろうか。
「あのーフリッツさん。我々はこっそり事件を解決してやろうと勝手に忍び込んだ訳ですが、どうして我々を追い出さないのか説明していただけますか?」
静寂を破りおずおずと、だが聞きたいことをはっきりと俺は述べた。フリッツさんは「ええ、いいですよ」と軽く受け答えて微笑んでいる。
「何から話しましょうかね。簡単に言ってしまえば貴方達を追い出さない理由としては、これから恐らく魔物との戦闘になるので頭数を確保しておきたかった、というのが第一なのですが、貴方はそもそもなぜ私が貴方と同じ結論に至ったのかということをききたいのでしょう?」
そうだ。まさにその通り。フリッツさんが持っていったオイシイ所は俺の考えとほとんど同じだった。それが不思議でならない。我ながら荒唐無稽な結論だとは薄々思っていたが、同じことを考える人が居たとは予想だにしていなかった。
「私が魔物説に至った訳は昼に行った蔵の片付けによるところが大きいですね。私はそこで興味深い物を発見しました」
なんだと思います?とこちらの反応を伺いつつフリッツさんは続ける。
「それは黒い硬質の破片でした。詳しく見てみると、それは微弱ながら魔力を帯びていました。そう、モンスターの一部だったのです。その見つけた破片がこちらなのですが......」
フリッツさんは懐を探って黒いカケラのようなものを取り出した。俺には魔力は良く分からないが、不自然なまでに硬質で怪しげな光沢を放っているのは分かる。おそらく並大抵のものではないのだろう。
「この破片に気づいた時、すぐにこの事件の原因に気が付きました。それがさっきお話した通りです」
なるほど残留品と言うやつか。俺たちは蔵の中なんて調べることもできなかったがフリッツさんは違っただろうからな。
俺が納得していると今度はフリッツさんが俺たちに質問をしてきた。
「よろしいですか?私も聞きたいことは全く同じですが、なぜ貴方も私と同じ結論に至ったのでしょうか」
そうか。フリッツさんからしたら俺たちが手掛かりもなしに魔物説に行き当たる方が不思議なのか。
ん?だとしたら庭に出た時点では俺たちの存在など予想もできないはず。それにも関わらず俺たちに気づいて背後をとってみせたということは......剣闘士というのは存外勇者なんてメじゃない存在なのかもしれない......ま、まぁ、それは置いといて今は正直に話すべきだろう。
「私がこの推理をした根拠は昨夜の不自然な虫騒動です。こんな管理された庭にあんなに大量の虫が湧くはずがありません。ですがあれが蔵の魔物に驚いて出てきたというのなら理屈は通ります。更に言うと、先ほど話していた私の経験から、犯人が人である確率は低いともおもっていましたしね」
俺は推理を至極簡潔に述べる。俺の推理の根拠は実体験だからな。随分と簡単な推理だった。
「管理された庭、ですか。お褒めに預かり光栄ですよ」
フリッツさんは俺の言葉に少しばかりの社交辞令を述べ、微笑を浮かべた。そして、では...と切り出して、
「改めてお頼みします。我が社の蔵を荒らす魔物退治の依頼。受けていただけますか?」
「ええ、もちろんですよ。今回ばかりでなくなんでもご依頼くださいよ?」
「ハハッそれは気が早すぎますね。まずは今回の件を片付けてからでしょう?」
依頼は成立。少しがっついてしまった感じもするがジョークってことで良いだろう。それより何より、俺はこれで大手を振ってこの蔵を守れるってわけだ。
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新たにフリッツさんから依頼を受け、俺達は恐らく魔物が潜むであろう蔵の中でその出現を待つことになった。フリッツさんの手によって鍵が開けられ、男二人の力で重い扉をあける。中は今朝まで散乱していた棚や商品が脇に纏められ、中央に割と広めな空間が出来ていた。大商会の蔵らしく広さはかなりなようで奥を見ようとしても闇が広がるばかりだ。本当にナニかが出てきそうな雰囲気だな。
俺達はその広めな空間の真ん中に向かって進み、それぞれが外側を向いて三角形を作って陣取った。亜空間に巣を張る魔物の場合は、壁を背にしていると運が悪ければ巣穴から現れた魔物に後ろの壁からガブリといかれる危険性があるためのこの配置だ。
さて、あとは魔物の出現を待つだけなのだが、沈黙が続くな......決戦前の重い気持ちがさらに重くなる。
「時に千金屋さん。なぜ貴方達を追い出さないのかという話の続きをしたいのですが」
なまじ相手の正体がわからないためにいつもより気を張っていた俺は一瞬体が強ばったが、突然のフリッツさんの声になんとかハイと返事をして見せた。この人は動作が一々心臓に悪い...
「今朝、一流の仕事についてお話しましたよね。実はあの話には続きがあります。貴方を追い出さないのも、貴方を探して実は庭を一回りしたのもその続きに理由があります」
フリッツさんは一呼吸おいて、先々代が残した言葉だそうですが、と前置きをして話し出す。
「『一流はミスをしない。ミスをするのは二流か三流の仕事である。しかし、二流と三流の差はそのミスを取り返す意志があるかどうかだ。三流の心持ちではいつまでも一流になることは叶わない』だそうです。どうやら貴方は私が期待した通りの二流のようですね。私も一流には程遠い身です。試すような真似をして申し訳ありませんでしたが、これからゼノンの商業地区の仲間として協力していきましょうね。歓迎します」
言い終えるとフリッツさんは黙って警戒態勢に戻ってしまった。...本当にこの人は考えの読めない人だ。
思えば俺達は客引きばかりに時間を費やしていて、商業地区の方々には軽く挨拶をしただけになってしまっていた。フリッツさんたちローゼン商会も含め、この仕事を終えたらもう一度挨拶回りに行かなければな。
と、俺がそんなことを考え始めた時だった。
「師匠!何か、います...!」
レインの警告が響き、俺とフリッツさんは同時に戦闘態勢に入る。レインはどうやら今回は魔法主体でいくらしく、背後から冷たい氷属性の魔力も湧き上がる。
「換金!風魔法、旋風防壁」
カサ...カサカサ...という音があたりに満ち始め、俺が警戒のために周囲を囲む形で風属性の初級防御魔法を展開させると、レインが黒装束の懐から取り出した簡易照明の魔道具らしきものを頭上に投げた。風属性魔法の特色から透明である防御壁を通して、ついにソイツらの姿が俺たちの目に映る。
「これは...予想はしていましたが大きいですね」
「師匠!敵は典型的な害魔虫、ジャイアントペストです!」
「ってか、コイツら...」
俺達は三者三様に現れた敵に対してリアクションをとるが、俺以外の二人は案外冷静だ。俺はというと何か、こう、心の奥からどうしても湧き上がってくる言葉があった。それは自然と喉まで登っていき、意識するまでもなく俺の口から放たれた。
「ただの巨大なGじゃん!!!」
俺達三人を取り囲むようにひしめくゴキたちの群れを前に、2日目3R目の俺の害虫駆除が始まろうとしていた。
あらすじにもありますが、個人的な都合から恐らく来年3月まで少々お待ちを〜