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拾遺集  作者: 桜場まこと
1/1

卯 月 【うづき】


「人とは、面白きものよのう」

「そんなもんかね」

 1人分の洗濯物をたたみながら、傍らに応える。

「我を見て、妖と呼ぶものあり、恐れ敬うものあり、また見えぬものあり」

 指折り数えて、この居候はにやりと笑う。

「ぬし殿のように驚きもせぬものあり」

「驚かなかったわけじゃないけどさ」

 新居の扉を開けて真正面に人魂が浮いていたら、大抵は驚くと思うが。

「我が人魂であろうとも人形(ひとがた)をとろうとも、こうやって住まわせておるではないか」

「開口一発、『家主殿か、よしなにの』と言ったのは、お前さんじゃないか」

「それで納得したのはぬし殿であろうに」

 無難な会社勤めを諦めて、安い賃貸に越したのがこの春のこと。

 うらびれた不動産屋の、破格に安い築28年モノを、更に値切って借りた挙げ句がこのていたらく。

「憑き物付き賃貸、なんて、看板にも契約書にも書いてなかったんだけどな」

 引っ越して、この変な居候と暮らしはじめてはや1週間。年寄りのような口調の突飛な会話にも、流石に慣れてきた。

「あの貸し主は我が見えんでのう。いままでの家主殿らが苦情を訴えても首をひねっておったよ。ぬし殿が何も言わぬで、安心しておるであろうの」

 擦り切れても変える金もない六畳一間の畳に、煤けた黄緑色の狩衣を着た居候が胡座をかいている。

 土地神、なのだと言う。

 一体何者だと聞いた返事がこれだったから、最初から悩むことを諦めたのだ。

「大昔は人であったようだがのう、忘れてしもうた」

「祟ったンで、慌てて祀られたクチじゃないか?」

 そうかもしれんのう、と笑って返すその顔は、5~6歳の子供に見える。立ち居振る舞いは年寄りじみているから、その落差がなんとも可笑しかった。

 最初は半信半疑だったが、壁やら床から出たり消えたりしているところを見ると、どうやら本物らしい。

 害もないから放っておいているが。

「バイト決まったからさ、明日から昼間はいなくなるけど、大人しくしてなよ。バツイチで子供でもいるんですかなんて言われたら、ちょっとたまんないから」

「ぬし殿のおらぬ時は寝ておるさ。ところで、ばいと、とやらは、なにになったのじゃ?」

「古本屋」

 一言で済ませた答えに、居候が声高く笑った。

「ぬし殿は書痴であるからの」

「阿呆、ただの本の虫だ」

 憮然と返したが、先方が納得したようには見えない。本の重みで床が抜けるからと言う理由で1階を選んだ人間が言うには、説得力のない反論だったから仕方がない。

「ま、店先で読み出さぬようにのう」

「よけいな世話だ」

 数少ない所帯道具の煎餅布団を敷いて、薄っぺらな毛布にもぐり込む。

 漆喰塗りの押し入れでしっけた敷布が、少し冷たかった。

「春でよかったな。金が貯まるまでに凍死する心配だけはない」

 思わず呟くと、壁のほうから鍋が煮えるような忍び笑いが聞こえてきた。

「早く寝ろ、この不良土地神」

「ぬし殿こそ、寝坊せぬようにの」

 窓の外で、勘違いしたのか寝ぼけたのか、うぐいすが一声啼いた。

 風の音がよく通る。


   明日も、晴れるらしい。



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