友達
次の日は普通に目が覚めた。
起き上がったまま、ボーっとしていると、壁からいつものドンッドンッという音が聞こえてきた。
「おはようございます。ララン。」
「おはよう。・・・クロメ。あなた扉を開けなかったわね。」
少し咎める口調でラランが言う。
「まあ。私は話が出来るからいいんだけどね。」
クロメはラランの言葉に少し微笑んで、得意げに言ってみる。
「実は扉を開けたんです。」
「え!うそ。」
「本当です。扉の前に居た二人に、内緒にしてくださいと。お願いしたのです。」
二人の騎士は約束を守ってくれたのだ。それが、こんなにも嬉しい。
「へえ。ふーん。まあクロメがそうしたいのなら。そうすればいいわ。まあね、人間のペースにあわせる必要もないものね。ただ、不便なのはクロメなんだからね。」
その言葉を聞いて、クロメは昨日、騎士二人には聞けなかった疑問を同じ精霊であるラランに質問する。
「傷を負っていた所を保護していただいたと聞いたのですが。私はもう回復しています。何か御礼をして、闇に帰ろうと思うのですが。御礼は何がいいでしょうか。」
「・・・。」
ラランからの返事はかえってこなかったが、クロメは続ける。
「出来れば、騒ぎにならずひっそりと帰りたいです。」
暫く間があり、ラランが重い口調で話し始めた。
「クロメ・・。ここは良い国よ。外に出たら、精霊を捕まえようと人間は必死になるわ。戦争も起きる。あなたは、保護をされたんじゃない。捕まったのよ。」
捕まった。
急に驚く事を聞いたので一瞬思考が停止する。
「捕まったといっても、酷い事をされるわけじゃないし、ちょっと見張りと煩いやつがついてくるだけよ。
・・・外に出ると、きっとまた傷を負うことになる。この国の人だって、全員が良い人で安全だとは言い切れないけど。良い人も頼りになる人も居る。私の他にも精霊だっているのよ。
ね、まだ帰りたいって思う?」
クロメは自分の考えを纏めようとして考え込む。
闇にどうしても帰りたいと思っているわけではない。ここにいる理由があるなら、ここが帰るべき場所であったのなら、別にそれでもいい。
ただ、捕まったという言葉と、よく分からない恐怖が体の奥にあるから、ラランの言葉に返事が出来ない。
「まあ、ゆっくり考えればいいと思うわ。今までずっと寝てたんだし。ただ、出て行くという結論を出した時は、私は全力で出て行くのを止めるわよ。クロメは忘れたかもしれないけど、一人で外に出たときの人間って恐ろしいんだから!」
まるで、体験したかのような言葉をラランは言う。いや、きっと体験をしたから出た言葉なのだろう。
クロメは一つ頷き。
「ありがとうございます。ラランがいてくれて良かった。」
「ふふふ。でしょう。私も、クロメが起きてくれて良かった。私ね・・友達が欲しかったのよ。」
ラランは恥ずかしそうに言う。
「他の精霊はねいっぱいいるんだけどね。この国で光は私一人なの。闇もあなただけ。一人ぼっち同士、仲良くしましょうね。」
クロメはほほ笑み、一つ頷く。
「はい。」
「よし。今日はもう寝るわ。クロメもお礼なんて考えなくて良いんだからね。」
クロメはしばし悩み、そして一つ頷く。
「そうですね。捕まったのに御礼をするのは少し違うかもしれません。」
「そうね。間抜けに見えるわ。」
「でも、約束を守ってくれて、楽しいお話を聞かせてくれた方にはお礼をしたいです。」
また話がしたいし、あの2人とはもっと仲良くなりたいから。
「クロメって変な子ね。うーん、お礼ねぇ・・・。
でもね、あなたが居るだけでこの国の人は十分だと思うのよ。皆言ってるわ。夜空が綺麗だって。良い夜だって。精霊がいる国は綺麗なのよ。力も強まるし。
でも、やっぱりお礼がしたいって言うのなら・・・。そうだ、歌うと誰でも喜ぶわよ。精霊の歌って、力が湧くし、綺麗だから良いんですって。」
歌。
記憶を探ると、それらしい曲をいくつか思い出す事が出来た。
歌うことは楽しそうだし、それで喜んでもらえるのなら、嬉しい。
「分かった。有難う、おやすみなさい。ララン」
「お休み。また明日。」
ベッドの上で、ボーっと考えてみる。
闇に帰るのもいいけど、ここにいればラランも居る。扉の前の二人の騎士とも、もっと話がしたい、聞いてみたい。捕まったという言葉も気になるけど、外はもっと恐ろしいらしい。
自分は何にも知らないのだ。もっといろんな人や物から情報を得て行動をしなければ。心の奥の恐怖が警告をする。二度と同じ過ちを犯すなと。もし、ここが安全でないと分かれば、ラランを説得して、ここから連れ出して一緒に逃げればいいのだ。
考えがまとまった後、歌の練習をすることにした。
頭の中で曲を歌ってみる。うん。ちゃんと覚えている。
ベッドのある部屋で練習をするとラランを起こすかもしれない。
そう考えたクロメは大きなシャンデリアと丸い机がある隣の部屋へ移動した。
あらためて部屋を見回すと塵が積もっているものの机も椅子もカーテンも、もちろんシャンデリアもどれも細部まで精巧に作られた可愛らしい品物だった。
クロメはカーテンに近づくと左右に開いてみる。すると、青・白・黄色・黒・紫・緑・赤、色とりどりのガラスがはめられた窓が現れた。よく見てみると、色がついた小さいガラスを配置して、絵にしているようだった。
黒い髪の女の人が夜空の中で笑っている。その女の人の周りには鳥や馬が集まって楽しそうだ。
そのガラス絵に少しの間見惚れていたが、取っ手を発見すると。外に押してみた。
すると、ギィッと音がした後、ゆっくりと窓が両側に開く。
真っ暗な空に様々な色の星が瞬いていた。
「きれい。」
銀の川が空に流れ、時々、星が右から左へ横切って消えていく。
キラキラ、キラキラ。
主張するほど、強烈なほどの輝きはないけれど。思わず見入ってしまうような、やさしい綺麗な輝きを持つ星達。
クロメは自然に歌い始めていた。
闇の精霊の歌を。
夜の空に挨拶を。
空に浮かぶ星に感謝を。
夜を生きる者、すべてに愛を伝える歌。
鳥の鳴き声や虫の鳴き声、夜に聞こえていたささやかな音がぴたりと静まり
小さく響く澄んだ歌声に皆、耳を傾けているようだ。
クロメは歌に熱中していて、上ばかり見ていて、気づくのに遅れてしまった。
どこかで、女の人の驚く声が聞こえたので。ふと目線を下に向けると、庭に灯していた松明が消え、黒いもやが広がり、草木を闇へと包もうとしていた。
自分を中心にもやが出ている様子だったので、急いで窓を閉め、カーテンを閉め。
ベッドに入り、自分を隠すように包んだ。